第10話
容姿端麗スポーツ万能な姐月姉さんは、学校中で知らぬ者はいない程に有名な存在だ。
そんな姐月姉さんが五年生のクラスを尋ねてきたので、バレンタインデーと言う事もあり、クラスの男子達がもしかしてと期待してソワソワし始める。
「何か用?」
「私の友達がね。」
姐月姉さんの後ろには六年生の先輩の女の子がいる。
「皇真君、良かったらこれ受け取って。」
「先輩、ありがとうございます。」
先輩が差し出してきた可愛らしい袋を受け取る。
姐月姉さんと仲の良い友達なので何度か顔を合わせた事のある女の子だ。
「一人だと渡す勇気が無かったから、ありがとね姐月。ふぅ、歳下とは言え緊張するものね。」
先輩は無事に渡せた事に一安心と言った様子だ。
「うちの皇真はモテモテだからね。でも友達だからって渡さないわよ?」
そう言って姐月姉さんが首に手を回して密着してくる。
それにより腕に胸が当たっているのだが、本人は弟だからか特に気にしていない。
人前ではもう少し気にしてほしいと内心思った。
「ふふっ、気になる子にチョコをあげてみたいくらいの気持ちだから取ったりしないわよ。それにしても本当に仲が良いわね。」
「姉弟だからね。」
姉弟仲は全く悪く無い。
昔から何をするにも一緒だったからか、小さな喧嘩も滅多に起きる事は無いくらいだ。
皇真が子供ながらに対応が大人過ぎるのも関係しているかもしれない。
「姐月姉さんはチョコを誰かに渡したりしないの?」
「そう言えば誰にもあげてなかったわよね?」
「沢山作るのは面倒だしね。家に帰ってから皇真には作ってあげるわ。」
どうやら皇真だけは手作りのチョコレートを貰えるらしい。
「わお、皇真君は姉にもモテモテだね。」
「こんな美人のお姉ちゃんから貰えて嬉しいでしょ?」
「…。」
そう尋ねられて少し言葉に詰まる。
姐月姉さんの作るお菓子は普通に美味しいのだが、もう充分過ぎる程にチョコを貰ってしまっているので、食べるのが大変であり正直に言うと遠慮したい気持ちが少しだけある。
「私から貰えて嬉しいわよね?」
再度尋ねられたが笑顔なのに笑っていない感じがする。
そして首に回されている腕が若干締まっている気もする。
返答次第では痛い思いをしそうである。
「タ、タノシミダナー。」
「そうでしょう、そうでしょうとも。」
棒読み口調ではあったが、姐月姉さんは楽しみだと言う言葉を聞けて満足そうである。
張り切ってとんでもない量を作らないかだけが心配だ。
「皇真君も大変だね。」
先輩が憐れみながら呟く。
姐月姉さんの友達なので先輩も振り回される事は多いのかもしれない。
「それじゃあ私達は用も済んだし帰るとしますか。」
「そうね、受け取ってくれてありがとね皇真君。」
二人がそう言って立ち去ろうとする。
すると教室の中からこちらに走ってくる足音が聞こえる。
「そりゃないっすよ姐月さん!」
教室からそう言いながら出てきたのは慎二だ。
皇真の幼馴染なので姉妹達もそれなりに交流はある。
「な、何よ慎二。」
突然大声でそう言われて姐月姉さんが驚きながら尋ね返す。
「姐月さんが尋ねてきたら、もしかしてって期待するでしょう!男心を弄ぶなんて酷いっすよ!」
「知らないわよそんなの。勝手に勘違いしただけでしょ。」
姐月姉さんは付き添いできただけでそんな気は無いのだろう。
それでも実際に男子達が期待したのも事実だ。
「姐月さん、俺貰えるっす!」
「近いわよ。もう、仕方無いわね。これで満足しなさい。」
目の前まで近付いてきて圧を掛ける慎二を押し返して、姐月姉さんはポケットからチ◯ルチョコを出して渡す。
「マジっすか!ありがとうございます!お前らこれを見ろ!俺は勝ち組だ!」
慎二はそれを受け取るとお礼を言って嬉しそうに叫びながら教室に戻っていった。
そして男子達に自慢して袋叩きにあっている。
チ◯ルチョコ一個であっても、くれた人が姐月姉さんなので皆の中での価値は相当高いのだろう。
「あれって姐月が皆に貰いっぱなしになるからって用意したチ◯ルチョコよね?」
姐月姉さんは同性からも人気だ。
スポーツ万能なのでそのかっこいい姿に男女問わずモテる。
毎年バレンタインデーとなれば男子よりもチョコレートを貰っているタイプなのだ。
「うん、何個か余ったから後で食べようと思ってたの。」
「そうだったんだ。」
つまり余物と言う事になる。
慎二は受け取って嬉しそうだが、そこには恋愛感情と言ったものは一欠片も存在しない。
悲しい現実なのであえて伝える事でも無いだろう。
「それじゃあね皇真。」
今度こそ二人は自分達のクラスに戻った。
「皇真兄。」
「ん?」
呼ばれて後ろを振り返ると篠妹が何人かの女の子と一緒にいた。
「さすが皇真兄、モテモテ。」
皇真の手に持っている可愛らしい袋を見て言う。
「有り難い事にな。それでどうかしたのか?」
「先輩にチョコレートを渡したいって後輩は結構多い。」
歳上である先輩に憧れている女子達がチョコレートを渡しにきたらしい。
「篠妹も誰かに渡しにきたのか?」
「付き添い。」
篠妹が首を左右に振っている。
姐月姉さん同様に本命を渡した相手はいないらしい。
「皇真兄にもお客さん。」
「せ、先輩受け取って下さい。」
後輩の女の子の一人が皇真にチョコレートの入った箱を差し出す。
「ああ、わざわざありがとうな。」
皇真が受け取ると後輩の女の子は花が開いた様な笑顔を浮かべる。
「っ!篠妹ちゃん篠妹ちゃん!受け取ってもらっちゃった!」
「良かったね。」
「うん!付き添ってくれてありがとう!」
女の子が篠妹にお礼を言って喜んでいるのを見て、他の子達も次々と教室の中にいる皇真の同級生達を呼び出していく。
「し、篠妹ちゃん、やっほー。」
「慎二兄、ボロボロだね。」
教室の中から服装が乱れて疲れ切った表情をしている慎二が出てくる。
姐月姉さんから貰ったチ◯ルチョコを他の男子達に自慢した事で、リンチにされていたらしい。
後輩の女の子達がきた事で一時的に解放された様だ。
「今日はバレンタインデーらしいよ?」
「知ってる、はい。」
篠妹はポケットから取り出したブラック◯ンダーを慎二に差し出す。
「い、いいの!?」
「うん、慎二兄と会ったらチョコ欲しがると思ってたから。」
姐月姉さんと違って篠妹は事前に慎二用にチョコを用意していたらしい。
毎年の事なので慎二の扱いにも慣れてきていると思われるが、気の利いた妹である。
ブラック◯ンダーではあるが慎二は嬉しそうに受け取る。
「し、篠妹ちゃーん!」
篠妹の言葉に感極まった慎二が両腕を広げて抱きつこうとする。
すると篠妹は避ける様に皇真の背中に隠れた。
「慎二、教室から羨ましそうに見られてるぞ。」
「ん?おいおい、見てみろよお前ら!あの篠妹ちゃんから貰っちまったぜ!」
皇真が篠妹から興味を逸らす様に教室を指差して言うと、学ばない慎二は大声で煽りながら教室に入っていった。
先程の件から結果は見えているが自業自得なので関わらないでおく。
美人双子の姉を持つ篠妹も大人しそうな見た目が可愛い、守りたくなる存在と学年問わず人気がある。
そんな篠妹からチョコを貰いたいと思っている者は多いのだろう、慎二を射殺さんばかりに睨んでいる者までいる。
「皆の用は済んだから、帰るね皇真兄。家に帰ったらチョコ楽しみにしてて。」
「あ、ああ。楽しみにしてるよ。」
篠妹が友達を引き連れて自分の教室に戻っていくのを見送る。
自分の為にチョコを作ってくれるのは嬉しいがなるべく小さい物をお願いしたい。
「あら?皇ちゃん奇遇ですね。」
篠妹と入れ替わる様に姫月姉さんがやってくる。
「ここは五年生の教室の前だから奇遇じゃないと思うけど?」
六年生の教室は階が違うので偶然教室前で会う事はあまり無い。
何かしら用事が無ければ訪ねてこないだろう。
「そうとも言えますね。実は皇ちゃんに用があってきたんですよ。」
「俺に?」
「これです。」
姫月姉さんが手に持っていた紙袋を渡してくる。
「何これ?」
「中を見て下さい。」
「チョコ?」
紙袋の中には複数の箱が入れられている。
「はい、直接渡す勇気が無い方達から預かってきました。我が弟ながらモテモテ過ぎて困りものですね。」
姫月姉さんが頬に手を当てて困った様に言う。
「そ、そうだったんだ。ありがとね。」
皇真としても貰えるのは嬉しいが食べるのが大変なのでもう充分と言った気持ちだ。
それでも好意を無碍には出来無いので受け取りはする。
「こ、これはこれは姫月さん、奇遇ですね。」
「慎ちゃん、どうしたんですか?そんなにボロボロになって。」
教室から這いずりながら出てきた慎二を見て姫月姉さんが驚いた様に言う。
先程よりもボロボロになっており、クラスメイト達に手酷くやられた様だ。
「ふっ、これは名誉の負傷みたいなものです。」
立ち上がって格好を付ける様にして言う。
既に見た目で格好は付いていないのだが、雰囲気で押し通す様だ。
「そうなんですね。そう言えば慎ちゃんにも渡さないといけないですね。」
「も、もしかして!」
「はい、どうぞ。」
姫月姉さんはクラ◯キーを一枚取り出して慎二に渡す。
予め用意していた様だが、姉妹達から贈られたのは全て店売りのチョコばかりであった。
しかし本人が喜んでいるのなら問題は無いだろう。
「い、いいんですか!?」
「いつも皇ちゃんと仲良くしてくれているお礼です。これからも仲良くしてあげて下さいね。」
「はい!これからも仲良くします!おいお前ら!」
元気に返事をした慎二は三度目になっても学ばない様で、既に殺気を振り撒くクラスメイト達のいる教室に声高々に煽りながら入っていく。
拳を握ったり振りかぶったりしている者もいるので、午後は保健室にいる事になるかもしれない。
優しく綺麗な姫月姉さんは理想の先輩と後輩達にとても慕われており、学校中の者達から人気なのは言うまでも無い。
姐月姉さんと違って格好良いと言う感じでは無いが、お姉様と慕われて同棲にも好かれていたりする。
「皇ちゃん、私のは家で渡しますね。」
「う、うん。」
姫月姉さんからも貰う事が確定した。
見送ってやっと一段落したかと思えば、もう授業の時間となった。
午前中のラッシュがすごかったので、午後は特に何も起こらず授業を終えて帰る時間となる。
結果的に先輩後輩同級生からそれなりにチョコを貰う事になり、男子達からの嫉妬の籠った視線が痛かったが、慎二が隣りにいてくれたおかげでヘイトを分散出来た。
慎二が貰えたのは皇真の姉妹達からだけだったが、学校一の美人姉妹から貰えたと言うだけで男子達からの嫉妬は凄まじかった。
本人はそんな事はお構いなしに貰えたと言う事実に終始浮かれており、帰り道も常に上機嫌であった。
そんなご機嫌な慎二と別れて家に到着する。
「ただいま。」
玄関を開けると家の中から甘い匂いが漂ってくる。
「皇真ちゃん、おかえりなさい!」
キッチンから母親の声が聞こえてくる。
そして甘い匂いもキッチンの方から漂ってきている様だ。
キッチンに向かってみると母親の前には大きなホールケーキが置かれている。
これでもかとチョコレートでコーティングされており、見るだけで口の中が甘くなってくる。
そして皇真よりも先に帰った姉妹達が黙々とお菓子作りに励んでいる。
家に帰ったら渡すと学校で言っていたお菓子だろう。
「す、すごいね。」
「そうでしょう!皇真ちゃんとお父さんの為に張り切って作っちゃったわ!」
母親は笑顔を浮かべて言う。
自分達の為に作ってくれたのは嬉しいが、中々にボリューミーだと思った。
家族全員で分けるとしても食後のデザートに母親のケーキ一つあれば充分である。
だが現在姉妹達が作っているお菓子も自分の下へ追加されるのは必然だ。
そして学校で貰った大量のチョコレートもある。
日保ちする物なら問題無いが中には早めに食べないといけない物もあるかもしれない。
「これは暫く運動しまくらないといけないかもな。」
大量のチョコレートを食べて体型が大きく変わらない様に、日々の運動量を増やす事を決意する皇真だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます