第9話

 五年生のとある冬の日、雪が降り積もった通学路を慎二と共に学校へ向かう。


「ついに、ついにきたぞ皇真!」


 朝からテンションの高い慎二が隣りで声を上げる。


「一週間前から毎日毎日聞いている。飽きないなお前も。」


「一年に一度のビッグイベントなんだぞ!男なら楽しみに決まってるだろ?」


 一週間も前から皇真の前で慎二はずっとこの調子である。

今日と言う日が楽しみで楽しみで仕方が無かった。

喧しいくらいテンションの高い慎二を鬱陶しく思いながらも二人は学校に辿り着く。


「いつまでそうしてるんだ?鐘が鳴るぞ?」


 自分の下駄箱の前で固まっている慎二に言う。

緊張した様子で下駄箱のつまみを掴んでおり、開けるのに時間を要している。


「ここから既に戦いは始まっているんだぞ!お前はどうして平然と開けられるんだ!そして当然の様に入っているのがムカつく!」


 慎二が皇真の手に持っている物を見て言う。

これは皇真の下駄箱の中に入れられていた、おそらくチョコレートの入った箱だ。

今日は学校中の男子がソワソワとしてしまう年に一度のイベント、バレンタインデーなのである。


「そう言われてもな。」


 皇真は姉妹と同じ様に親から譲り受けた遺伝子なのか容姿が良いので結構モテる。

毎年バレンタインデーはチョコレートを貰える勝ち組であり、男子達からは嫉妬の対象だ。

それでもチョコレートを貰えるのは素直に嬉しい。


「すーはーすーはー、よし、開けるぞ。」


「早くしてくれ。」


 意を決した慎二が下駄箱をガバッと開ける。

そこには上履きが二つ入っているだけだった。

慎二は無言でそれを取り出して履き替えて、下駄箱を閉じる。


「戦いはまだ始まったばかりだ!」


 そう言って拳を握り締めて教室に向かう。

やっと教室に向かえると皇真もその後に続いて歩き出す。


「皇真君!」


 突然声を掛けられたので立ち止まると一人の女生徒が近付いてくる。


「何か用か?」


「あ、あの、よかったらこれ!」


 女の子はそう言って綺麗に包装された小さな箱を皇真に差し出してくる。


「貰っていいのか?」


「うん。」


「ありがとうな。」


 皇真がお礼を言って受け取ると、女の子は照れを隠す様に振り向いて走っていく。

遠くでそれを見守っていた女の子達と合流してキャーキャー言っており、無事に渡せた事を一緒に喜んでくれている様だ。


「さて、教室に向かおうぜ。」


「…毎年毎年この日のお前が憎くてしょうがない。」


 慎二がチョコレートの入った箱を持つ皇真を見て言う。


「まあまあ、そう怒るな。本番は教室にいってからだろ?」


「…そうだな。お前に腹を立てても貰える訳でも無い。」


 なんとか慎二のヘイトを逸らす事が出来て二人は教室に向かう。

教室に入ると男子達の様子が普段と露骨に違っている。


 今日に限って身だしなみをしっかりと整えていたり、普段付けない様な香水を振り掛けていたり、女の子達に積極的に話し掛けたりとアピールが凄まじい。


 そして既にチョコレートを貰えている男子達は余裕があるのかそこまで露骨な態度は取っていないが、貰えていない男子達は必死である。

それだけ女の子からチョコレートを貰えるバレンタインデーと言うイベントは男にとって重要な日なのだ。


「どうだ成果は?」


 慎二が自分の席の引き出しの中を漁っている。

全て取り出して机をひっくり返して振っているが、残念ながら教科書くらいしか入っていない。


「ふっ、まだまだ俺は挫けないぜ。あっ!高橋さんおはよう!」


 慎二も他の男子達と同じ様にアピールタイムに突入する様だ。

挨拶をしながら女の子達に近付いていった。

付き合うのは面倒なので先に自分の席に着く。


 ランドセルから教科書を取り出して机の中に仕舞おうとすると何かにぶつかって入らない。

覗き込むと昨日までは無かった可愛らしい包装の箱が何個か入れられていた。


「これは慎二には見せられないな。」


 これ以上慎二の前でバレンタインデーの現実を突き付けてしまっては壊れてしまうかもしれない。

慎二が他の女子達にアピールしている隙に皇真は素早くランドセルの中に移していった。


 その後授業の合間の休憩時間を利用してアピールを続けた慎二だったが健闘むなしく成果が零のままお昼休みとなる。

机をくっ付けて二人で昼食を一緒に食べる。


「はぁ~、何で俺は貰えないんだ?」


 昼食を食べながら慎二が溜め息と共に口にする。

慎二は決して嫌われる様な見た目や性格では無い。

寧ろイケメンと言える部類であり、分け隔て無く全員に接するので印象は良い。


「がっつきすぎなんじゃないか?」


「…そう見えるか?」


「見えないと思ってるのか?貰いたいと顔に書いてあるぞ。」


 クラスのアピールに必死だった者達は殆どが撃沈していた。

あんなに必死に迫られたら女子達も引いてしまうだろう。


「そ、そんなにか。午後は少し大人しくしてみるか。」


「そうするといい。」


 これで幼馴染の醜態をこれ以上見なくて済む。

ちなみに昼休みの間に皇真は廊下に呼び出されて、何回かチョコを貰う事になり、慎二は羨ましそうな視線を送ってきていた。


 そんな目を向けられても皇真は何もしてやれない。

可哀想だとは思うが持っているチョコレートを渡すのは、皇真にチョコレートをくれた女の子に失礼だろう。


「皇真、ちょっといい?」


「ん?」


 声を掛けられた方を見ると廊下から姐月姉さんが手招きしていた。

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