第8話
せっかくゴール付近にいるので篠妹の走りを見てから一緒に戻る事にした。
スターターピストルの合図で篠妹含めた三年生達が走り出す。
篠妹の身体能力は可もなく不可もなくと言った感じなので、真ん中辺りを走れている。
本人なりに頑張ったが三位と惜しい結果であった。
そしてゴールした篠妹が皇真に気付いた様で小走りで近寄ってきて胸に顔をうずめる。
「疲れた。」
「お疲れさん、惜しかったな。」
「皆速い。」
篠妹を労う様に頭を撫でてやる。
三年生だからかまだまだ姉兄離れ出来ていないのでこう言った行動は多い。
「姫月姉さんが水を配ってたから貰ってきたらどうだ?」
皇真がそう言うと篠妹は顔を上げて自然な動作で皇真の手から紙コップを取って残りの水を飲み干す。
「ふぅ、生き返った。」
「生き返ったなら貰いにいかなくてもいいか。そろそろご飯だし戻ろう。」
「うん。」
篠妹を連れて母親と姐月姉さんが待つテントに戻る。
テントに戻ると二人が既に昼食の準備をしてくれていた。
「二人共お疲れ様。」
「お疲れ~。」
二人に迎えられて中に入って座る。
母親お手製の美味しそうなお弁当が並べられており腹が鳴る。
少しすると姫月姉さんも戻ってきて昼食タイムだ。
どれも美味しいのと育ち盛りの子供なので手が止まらず、用意されたお弁当が次々に無くなっていく。
「あらあら凄い食べっぷりね。」
「美味しいしお腹も空いてるからね。」
皇真を見て嬉しそうに呟いた母親にそう返す。
「そんなに食べたら午後のリレーに支障が出るわよ?」
「皇ちゃんの活躍楽しみにしているので、食べ過ぎて走れないなんて駄目ですよ。」
「ちょっと姫月、貴方も出るでしょ。しかも敵なのよ?それに皇真が速いのは知ってたけど慎二までそれなりに速かったんだから頑張りなさいよ?」
姐月姉さんが姫月姉さんに向けて言う。
午後のリレーとは運動会の目玉種目とも言える学年対抗リレーの事だ。
学年からそれぞれ選抜されたメンバーでリレーをして競い合うのだ。
当然学年ごとにハンデは用意されている。
毎年絶妙なハンデにより、全学年が良い勝負をするので観戦している者達も熱くなれる種目なのだ。
「皆頑張って。」
篠妹は三人に向けて言う。
姫月姉さんと姐月姉さんは五年生の代表メンバーで、皇真は四年生の代表メンバーに選ばれている。
しかも姐月姉さんと皇真はアンカーでもある。
「皆の活躍を篠妹ちゃんと見ているわね。」
母親も楽しみにしていたし頑張って走ろうと思いながらも弁当を食べる手は止まらず、少し食べ過ぎてしまった。
リレーまで時間もあるので他の種目で動いていれば問題無いだろう。
午後も様々な演目が行われていき、いよいよ最後の学年対抗リレーの時間となった。
各学年の出場選手達がグラウンドに散っていく。
学年毎にハンデがあるので走る人数、一人辺りの走る距離、スタート地点等はそれぞれバラバラだ。
アンカーだけは同じ距離を同じ場所から走る様になっている。
そして四年生のアンカーに選ばれている皇真はその場所に向かう。
皆学年は違うが速そうである。
「きたわね。」
その場所で待機していた姐月姉さんが言う。
五年生アンカーである姐月姉さんはアンカー六人の中で唯一の女性だ。
皇真と同じく部活に所属していないが身体能力で言えば学校で並ぶ者は殆どいないだろう。
部活に入らない理由も様々な部活を体験したいからと言う理由で助っ人で駆り出される事は非常に多い。
当然走る事に関しても姐月姉さんの実力は小学生から抜きん出ている。
陸上部の助っ人をした際には大会で小学生の全国レベルの成績を叩き出したと聞いた。
なのでこのアンカーも実力でもぎ取ったものなのだ。
アンカーと言うポジションで皇真と競えるのを楽しみにしていた。
「お手柔らかに。」
「皇真に手加減出来る訳無いでしょ。全力でいくから全力できなさいよね。」
「頑張るよ。」
手を抜いたりしたら後が怖い。
学年の皆も応援してくれているし全力を出し切るつもりだ。
そうこうしている内にリレーが始まる。
高学年程走る速度が速いがハンデのおかげで良いバランス調整となっている。
追い越し追い抜かれ、バトンの受け渡しで手間取ったり、バトンを落としてしまったりと色々あってそろそろアンカーの出番となる
「さあ、どの学年も素晴らしい走りを見せてくれていますがいよいよ大詰め!はたしてどの学年がトップを取るのでしょうか!」
実況をしている先輩の声が会場に響き渡る。
熱い戦いとなっているので実況も気合いが入るのだろう。
「ここで一年生のアンカーにバトンが渡りました!トップでラストスパートです!」
ハンデが大きい事から一年生のアンカーが最初に走り出した。
続いて二年生と三年生のアンカーに殆ど同時にバトンが渡る。
「いくわよ、皇真おっ先ー!」
姐月姉さんがそう言い残して走り出す。
そして走ってきた姫月姉さんからバトンを受け取り、既に走り出している下級生達の背中を追う。
「きたきたきました!学年対抗唯一の女性アンカー、五年生の天条さんです!」
実況の声に観戦席からの声援も大きくなる。
男性が多いので目立つし、そもそも自力が凄まじい姐月姉さんの走りは観ていて気持ちが良いだろう。
だがそれを観ている場合では無い。
皇真にバトンを渡そうと慎二が必死に走ってきているのだ。
六年生の先輩に徐々に距離を詰められているが見事な走りで近付いてきている。
後は任せたとばかりに最後の頑張りを見せて、慎二から確かにバトンを受け取る。
「四年生のアンカー、続いて六年生のアンカーにもバトンが渡りました!」
これで全てのアンカーにバトンが渡った事になる。
残りはアンカー達の走りを残すのみだ。
声援もヒートアップして、学年ごとに様々な場所から同級生達が応援してくれている。
慎二も息切れにより途切れ途切れだが応援の声が聞こえる。
「おーっと上級生達の追い上げが凄まじい!下級生達は逃げ切れるのか!」
最初に走り出した下級生達との距離を上級生達がどんどん詰めていく。
ハンデはあったがそれもアンカー戦で殆ど無くなってきている。
「天条姉弟が凄まじい互角の走りを見せています!追い掛けるのは六年陸上部の佐藤君!しかしその距離は全く縮まりません!」
走る事を主とした部活の先輩も前の二人に全く追い付けない事に内心驚いていた。
自分達よりも歳下の二人が自分と同等以上に走れるのは予想外であった。
「ここで二年生と三年生を上級生達が抜きました!」
順位が入れ替わりアンカー戦もいよいよ大詰めとなる。
トップを走る一年生の背中を追うのは少し先を走る姐月姉さんだ。
既に皇真は全力で走っているのだが全く距離が縮まらない。
上級生達は全くの互角と言った感じだ。
走る皇真の耳には同級生達の必死の声援が届いているので勝って共に喜びあいたいと言う気持ちが強まっていき、少しずつ姐月姉さんとの距離が縮んできた。
徐々に背中が近付いてきて、もう少しで手を伸ばせば触れられそうな距離までくる。
「ゴール!」
姐月姉さんの背中を追って距離を詰める事だけに集中していた皇真は実況の声で我にかえる。
その直後皇真は丁度ゴールを越えた。
集中し過ぎていて周りが見えていなかったが終始姐月姉さんの背中は前にあったので一位で無いのは確かだ。
後は一年生を抜けたのか、六年生に抜かれたのかだ。
最低でも四位と言ったところだろう。
「はぁはぁ、皇真、私の勝ちね。」
珍しく姐月姉さんが息を乱している。
スポーツ万能な姐月姉さんがこんなに肩で息をしているところは見た事が無い。
それだけ全力で走ったと言う事だ。
「残念だけど、リベンジは来年、果たすとするよ。」
喋って気付いたが自分も大きく息を乱していた。
これも滅多に無い事なので、やはり姐月姉さんの身体能力は凄まじいと改めて思う。
「待ってるわ。ふぅ、でもお互い表彰台だったし良かったわね。」
そう言う姐月姉さんと皇真の下に順位の書かれた旗を持った係の者がやってくる。
姐月姉さんは二と書かれた旗、皇真は三と書かれた旗を貰う。
どうやら一年生は抜けず、六年生に抜かれもしなかったみたいだ。
一の旗を貰った一年生の子がはしゃいでいて、四の旗を貰った六年生の先輩が悔しそうな顔をしていた。
その後表彰が終わってクラスの皆と合流して労われたり褒められたりと三位でも皆が喜んでくれたので皇真も頑張った甲斐があり嬉しかった。
皆で一つの事に真剣に向き合って一喜一憂する運動会は小学四年生の良い思い出となった。
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