第7話

 小学四年生の夏の終わり、今日は皇真の通っている小学校の運動会の日だ。

雲一つ無い快晴で絶好の運動会日和である。


 朝早くから様々な演目が行われており、皇真の出番が回ってきた。

同級生達と並んでの100m競走である。

四年生ともなると部活を始められる年なので、共に走る者の中にも所属している者は結構いる。


 野球部期待の新星、バスケ部の次期エース、サッカー部唯一の四年生レギュラー等と中々の肩書きを持つ者達だ。

どうやら皇真の周りには逸材が揃っている様だ。

そんな走者の中で部活に所属していない帰宅部は二人だけだ。

皇真もその内の一人である。


「皇真、絶対に負けないからな。」


 そう言ってくるのはもう一人の帰宅部であり、幼馴染でもある神街慎二だ。

皇真の事をライバルの様に見て気合い充分と言った様子である。


「お前に勝つ為に今日まで密かに走り回っていた俺の実力を見せてやるぜ。」


「そんな事をしていたのか。」


 皇真の慎二に対する印象は遊び回っているやんちゃな子供なので少し意外であった。


「ふっ、今更気付いても遅いからな。」


 皇真が特に鍛えていない様なので慎二はこの戦い勝てるぞと密かに意気込んでいた。


「皇真ちゃ~ん、頑張って~!」


「同級生に負けたら承知しないわよ!」


 走る準備をしているとそんな言葉が遠くから聞こえてくる。

そちらを見ると母親と姐月姉さんが手を振ったり上げたりしながら応援してきていた。

この年になるとさすがに恥ずかしい気持ちもあるが、せっかく二人が応援してくれているので小さく手を振っておく。


「くう~、お前って奴は!お前って奴は!」


 近くにいた慎二が皇真の肩を掴んで前後にぐわんぐわんと揺らしてくる。


「と、突然何をしてくるんだ。」


「あんな美人な母ちゃんと姉ちゃんに応援されるところを見せ付けやがって!」


 そう言って慎二は更に揺らしてくる。

どうやら美人な家族に応援されている皇真に嫉妬した様だ。


「そう言われても俺にとっては母さんと姉さんだぞ?」


「あんな若々しい母ちゃんが存在してたまるか!それに姐月さんみたいな可愛い姉ちゃんもいて羨まし過ぎる!」


 慎二の言葉に周りにいる同級生達が同意する様に頷いている。

さすがに四年生にもなると今までの授業参観や学校での行事等から家族の事を同級生にも知られている。


 母親はあの若々しい見た目なので歳の離れた姉と思われており母親だと知られた時には驚かれたし、学校一の美人姉妹が皇真の姉だと知られた時も驚かれたし、物静かな三年生で歳上からも人気だった可愛い女の子が皇真の妹だと知られた時も驚かれた。


 気付かれた時は周りの同級生達からの質問攻めが凄かった。

それどころか学年が違う者達からも紹介してくれとか姉妹について教えてほしいとか質問攻めにあって苦労したものだ。


「そろそろ揺らすの止めろって。」


「はぁはぁ、くっくっく。」


 揺らすのを止めた慎二が突然静かに笑い出す。


「とうとう壊れたか?」


「いや、逆に考えたんだ。舞台は整っているってな!」


 不敵な笑みを浮かべた慎二がそう言ってビシッと指差してくる。


「どう言う事だ?」


「応援している家族の前でお前を負かしてやる!皇真の敗北の舞台は整っている!」


 つまり格好悪いところを家族に見せてやると言っている様なものだ。


「最低な発言をしているのは分かってるか?」


「何とでも言えばいい。お前に屈辱を味合わせる為なら俺は悪魔になる。」


 そう言って慎二はスタート地点に向かっていった。

そして慎二の言葉に触発されたのか、心無しか他の同級生達のやる気も高まっている様に見える。

美人な家族を羨ましく思っている者は慎二以外にも多いのかもしれない。


 幼馴染なので皇真の家族については慎二は同級生達よりも昔から知っていた。

本格的にそう言った感情を見せ始めたのは最近だが、兄弟が兄しかいない慎二にとってはずっと羨ましいと思っていたのかもしれない。


「全くこいつら、私利私欲でやる気を出しやがって。」


 皇真は溜め息を吐きながらも同級生達と同じくスタートラインに立つ。


「位置に付いて、よーいドン!」


 スターターピストルの音を聞き、全員が一斉に走り出す。

元々運動神経の良い皇真は特に何もしていなくても足が速かった。

昔から同年代と比べても速い自覚はあった。


 しかし今回はそんな皇真よりも少し先を走る者がいる。

それは慎二である。

部活で活躍している同級生達を差し置いて、帰宅部がツートップ争いをしている。


「やるな。」


 皇真は慎二の背中を見て小さく呟く。

しかしせっかく家族が応援してくれているのだ、格好悪いところは見せたくない。

何より1位を取れなかったら姐月姉さんに色々言われそうで面倒だ。


 残り半分と言ったところで皇真はギアを上げる。

すると後ろの者達との距離は開き、慎二との距離が縮まって横並びになる。


 そしてゴール直前で皇真は慎二をギリギリ抜いてトップでゴールした。

本気で走ったのに慎二が思いの外くらい付いてきたので驚いた。


「はぁはぁ、ちくしょう。」


 慎二が荒い息を整えながら悔しがっている。

僅差で1位に届かず2位と言う結果だった。

上々の順位ではあるが打倒皇真を掲げていた慎二としては不満の残る結果だ。


「速くて驚いたぞ。」


「それを簡単に上回りやがって、速過ぎなんだよ。」


 皇真の言葉に慎二が不満を漏らしながら呟く。

それでもやり切ったと言う表情はしているので全力は出せたのだろう。


「また来年待ってるぞ。」


「今度は絶対に負かしてやるからな。」


「二人共お疲れ様。」


 慎二とそんなやり取りをしていると姫月姉さんが声を掛けながら近付いてきた。


「どちらも速くて驚いてしまいましたよ。はい、どうぞ。」


 姫月姉さんは両手に持っていた紙コップを手渡してくれる。

中には氷が浮かんだ冷えた水が入れられていた。

夏の終わりと言ってもまだまだ暑いので熱中症対策に水分補給は欠かせない。


「ありがとう姫月姉さん。」


「姫月さん、ありがとうございます!」


 紙コップを受け取って喉を潤す。

冷えた水が身体の熱を打ち消してくれるみたいで爽快だ。


「皇ちゃん、もう少ししたらお昼なので先に戻っていてね。私はお水を他の方にも配ってきます。」


 そう言って姫月姉さんは他の走り終わった者達の下へと向かった。

美人の姫月姉さんに紙コップを手渡されると言うだけで男子諸君はそれはそれは嬉しそうな表情を浮かべており、隣りにいる慎二の表情もとろけている。


「姫月さん、天使だ。」


「まあ、姫月姉さんは優しいからな。」


 他の人にも紙コップを配りにいっており、受け取った者が男女問わず見惚れている。

優しく誰にでも分け隔てなく接する性格なので男女学年問わず人気があるのだ。


「よし、姫月さんのおかげで元気出たし、午後は一緒に頑張ろうな皇真!」


「先程までの言動や行動でよくそんな事が言えるな。」


 皇真がジト目を向けて言うが慎二は全く気にしている様子は無い。


「午前の敵は午後の友だ。一緒のチームでリレーするんだから協力していこうぜ。」


「はぁ、分かった分かった。」


「なら力を蓄えておかないとな。飯だ飯!」


 慎二はそう言い残して自分のテントに走って向かった。

幼馴染で付き合いが長いので別に皇真も全く怒ってはいない。

それに精神年齢は大人なので子供のする事に一々腹を立てたりはしない。


 皇真も慎二と同じくそろそろ昼食の時間なのでテントに戻ろうとしたが、次の走者として並んでいるある人物を見て足を止める。

そこには我が妹、篠妹が立っていた。

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