1章 異世界
第1話
魔王討伐を掲げた勇者一行が今日魔王城に攻め込んできた。
個々が人間の中でも最高峰の実力を持つ勇者一行に魔王軍も奮闘したのだが残念ながら今し方勇者の聖剣が魔王の腹に突き刺さったところだ。
「ゴフッ。」
魔王が口から血の塊を吐き出す。
勇者に刺された聖剣による一撃は致命傷と言えるものだ。
もう魔王の命は長くなく、刻々と死に向かって進んでいる。
「…残念だ魔王。本当はお前ともこの先の未来を見たかった。」
魔王の腹に聖剣を突き刺している勇者が悲しそうに告げる。
自分で致命傷を与えておきながら何を言っているのかと思うかもしれないが、今回の事は勇者の意思では無く人間の総意による結果だった。
勇者としては魔族の長である魔王とも共存の道を進みたいと考えていた。
しかし魔王の持つ力は強大過ぎた。
個の力も凄まじいが魔王の持つスキルが非常に厄介であり、中には使用するとその力に影響されて魔族や魔物が凶暴な力を得てしまうものまであって、それが人間の間で問題視された。
魔族はまだしも魔物は世界中に存在している。
そんな世界中の魔物が魔王の力に影響を受けて凶暴化してしまえば、世界の破滅も一瞬であろう。
故に人族は魔王との共存はリスクが高いと判断し、討伐すると言う結論を出したのだ。
そしてその役目を勇者一行が担い、魔王城までやってきた。
厄介なスキルの類いも聖女の力によって一時的に封じられ、魔法や肉体による戦いによってなんとか勇者が勝ちをもぎ取れたのである。
「…勇者とは言え、お前も一人の人間だ。国の決定を覆す程の発言権は無いだろう。」
勇者は最後まで魔王と共存出来る様にと意見を述べていたが、結局聞き届けてはもらえなかった。
魔族を滅ぼしたりはしないが魔王だけは危険過ぎるので討伐以外の選択をさせてもらえなかったのである。
「…そうだな。俺にもっと力があれば…。」
魔王の言葉を受けて悔しそうな声を出す。
「ふっ、我を倒しておいて更に力を求めるとは強欲な勇者だな。」
魔王は聖剣で腹を刺されながらも、それを感じさせない笑みを浮かべている。
腹を刺されているので痛みは尋常では無い。
冗談を言うのも命懸けである。
「戦う力の事を言っているんじゃない。こんな時に茶化すな。」
もう直ぐ魔王の命は自分の手によって潰えるのだ。
勇者としては不本意ながらも自分から殺してしまう魔王の最後の言葉を一言一句聞き逃しはしないと思っているのに冗談を言っている場合では無い。
「最後まで我は我らしくありたいだけだ。それにお前が我との約束を守ってくれるのであれば、死を迎える事に後悔は無い。」
そう言う魔王の表情は実に清々しい。
本当にここで死ぬとしても後悔や未練は無い様子だ。
「ああ、約束は必ず守るさ。お前の代わりに俺が平和な全種族の共存の道を示してみせる。その中には当然魔族も含まれる。」
勇者は間近から魔王を真っ直ぐに見て宣言する。
その瞳に一切の偽りは無く、心の底からの言葉であると魔王にも伝わる。
事前に魔王と勇者はそんなやり取りをしていたのだ。
どちらが勝っても他の種族を害さず普通に過ごさせると。
「それならば言う事は無い。ならば最後に置き土産といくか。」
魔王は先程の火球で全て使い果たしたかに思われた魔力を手に集中させる。
それも膨大な魔力量だ、先程の火球をも上回っているだろう。
「なっ!?何をするつもりだ!」
魔王の膨大な魔力を間近で感じ取った勇者は警戒しながら声を出す。
後ろには仲間達も控えているので危険な行動をするのなら自分が食い止めなければいけない。
「慌てるな、お前達に害は無い。そして聖剣を動かすな、本当に直ぐに死ぬぞ?」
勇者が魔王の突然の行動に動揺した事により刺さっている聖剣が僅かに動く。
それだけで魔王には激痛が走り傷口が広がるのだ。
ずっと痛みを我慢しているだけでもキツイのにこれは本当に死ねる。
「リザレクション!」
魔王は膨大な魔力を使用して魔法を唱える。
その手からは膨大な魔力を糧として生み出された虹色に輝く光りのオーラが放たれる。
そのオーラが地に伏している魔王軍に降り注ぐ。
魔王軍の大半は激しい勇者一行との戦闘で重症者か死者かのどちらかになっている。
それなのに魔王から放たれたオーラを浴びると身体の傷や欠損部位が治っていき、次々と意識を取り戻して起き上がっていく。
「なっ!?」
その様子を見て勇者一行は絶望の表情を浮かべている。
せっかく死闘の果てに倒したのに全て魔王によって復活させられてしまった。
さすがにここから魔王軍を再び相手にする余力は無い。
「安心しろ、戦わせる為に使った訳では無い。」
魔王が勇者一行の考えている様な事にはならないと告げてやる。
その証拠に戦いで傷付いていた勇者一行も同じく外傷を治されていた。
しかし治療されたとしても戦いになれば魔力の尽きた自分達は数の暴力で簡単に殺されてしまうので魔王の言葉を信じて大人しくしているしかない。
「こ、こんな奇跡の力を扱う魔力を残していたなんて…。それを使えば俺の事だって…。」
そもそもそんな余力を魔王が残していた事が勇者としては予想外であった。
自分で口にした通り、リザレクションに使った魔力を戦闘に用いれば魔王が勝っていただろう。
「お前が我の代わりを成すのであればそれでいい。我は異種族には脅威と映るみたいだからな。」
例え勇者一行を倒したとしても戦いが終わる事は無いだろう。
魔王を恐れる者が世界には多過ぎるのだ。
魔王が共存を呼び掛けたとしても第二第三の勇者が送り込まれる事になる。
「ま、魔王様!?」
「そんな…。」
「我々は敗れたのか。」
起き上がった魔王軍の魔族達は目の前で起こっている現状を見て悲痛の表情を浮かべている。
自分達の主人である魔王が聖剣で腹を刺され夥しい程の血を流しているのだ。
「魔王軍よ、戦いの前に交わした約束を覚えているな?」
リザレクションの魔法によって復活した魔王軍に向けて魔王が言う。
その一言で皆が何を言われているのかを理解し涙を流す。
そして全員が片膝を付き首を垂れる。
「魔王様が敗北した場合、復讐行動の一切を禁じ勇者の下にて余生を謳歌しろ。これでございますね?」
執事風の魔族が首を垂れながら確認する。
その言葉を言いながらも頬を涙が濡らしている。
「なっ!?そんな約束をしていたのか!?」
勇者はその言葉を聞いて驚いている。
魔王を倒しても魔族に反発されるのは覚悟していた。
どうやって宥めるかと聖剣で刺した時からずっと頭にあったのだ。
「ふっ、お前達に厄介になる者を増やしてやった。せいぜい我の代わりに全員の面倒をしっかりと見るのだぞ。」
魔王は不敵な笑みを浮かべながら言う。
自分を殺した勇者へのちょっとした意趣返しと言ったところだ。
勇者一行と戦い殺された者もこの中には大勢いるので、せいぜい自分を殺した相手に迷惑を掛けて困らせてやってほしいと思う。
「とんでもない置き土産をしてくれたな。だがそれが魔王との約束だからな、任せてくれ。」
予定より多くの魔族が魔王の手によって増える事になったが、そのくらいの頼みは引き受けるつもりだ。
魔王を殺すと決めた時から何を言われても大抵の事は受け入れるつもりだったのだ。
「…これで安心して逝ける。配下達よ、魔王としてお前達と過ごした人生は実に愉快であったぞ。」
魔王が魔族達に向けて最後となる言葉を掛けると更に涙が流れ号泣している者が大半となる。
強面の偉丈夫も人の形をしていない異形の者も魔族屈指の美男美女でさえ等しく魔王の死を悲しみ涙を流した。
それでも魔王と交わした約束を破って勇者と戦おうとする者はいない。
復讐するなと敬愛する魔王に言われたので魔族はその言葉にこれからも従っていくのだ。
その代わりに魔王を殺された仕返しとして、憎しみや恨みを迷惑と言う形に変えて、沢山勇者達を困らせてやろうと誰もが思ってはいた。
「勇者一行よ、お前達との死闘も楽しかった。最後にお前達と戦えて我は満足だ。」
個として強過ぎる魔王と互角に渡り合える強者は少ない。
生きてきた長い時間の中でこれだけ満足出来る戦いを出来たのは随分と久しぶりであった。
「手加減されてなかったら立場は逆だったけどな。魔王、俺も楽しかったよ。ありがとう。来世は敵じゃ無く友達になれたらいいな。」
勇者は死に行く魔王を見て申し訳無さそうにしながら言う。
現実は自分で殺してしまったが別の未来も色々と思い浮かべていた。
その中には自分と魔王が楽し気に過ごす風景もあったのだ。
願わくば宿敵としてでは無く友として共に過ごす世界がきてほしいと勇者は思った。
「…友達か。悪くない響きだ。」
魔王は生まれてから魔族を率いる立場にあった。
皆が魔王である自分を慕って付いてくるのでそんな存在はいなかった。
来世では是非そんな存在が出来てほしいものだ。
「…そろそろだな。」
目が霞んできた。
目の前にいる勇者の顔もはっきりとは見えなくなってきた。
「魔王様に敬礼!」
魔王軍の誰かが声高々に口にする。
全員が立ち上がり魔王に向かって忠誠と敬意を持って見送りの敬礼をする。
皆顔を涙でくしゃくしゃにしているが最高の見送りである。
「…来世は…もう少しふつ…。」
その様子を見ながら魔王は満足気な表情を浮かべて目を閉じていく。
魔王としての生は脅威として排除されてしまったが自分なりに満足のいくものだったと言える。
なので次は違う人生を送ってみたいと思った。
来世がどんなふうになるかは分からないが思いを馳せて、魔王は眠る様に目を閉じた。
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