第3話 おだんご屋さんごっこ

 地面にお尻をつけると、パンツの中のアレを圧し潰してしまって大変なことになりそうなので、四つん這いのまま、山の遊具のトンネルの中でじっとしていた。


 すると、


「はい、けいたくん、おだんご」


 唐突に、俺の目の前から声がして、同時にかわいらしい手に乗った大きな形のいい泥だんごが差し出された。


「!」


 突然のことに、思わず声を上げそうになるのをどうにか堪え、俺は泥だんごを差し出してきた人物を窺った。


 いくつもの泥だんごを傍らにおいたその人物は、ゆずちゃんだった。彼女は俺と同じバラ組の女の子で、男子人気ナンバーワンのクラスのマドンナ的存在だ。


「なにしてるの?」


 こんな暗い場所で一人泥だんごをつくり、一体に何をしているのか、聞かずにはいられない。


「おだんごやさん」


 ゆずちゃんは何をわかりきったことを聞いているのだと言わんばかりに、端的に答え、


「こっちはさんしょくだんごで、あっちはみたらしだんごで、それでそっちはわらびモチね」


 ゆずちゃんが指し示すだんごは、どこをどう見てもみんな同じ泥だんごだった。それにわらびモチに至ってはもはやだんごじゃない気がする。


「ひとりでおだんやさんごっこしているの?」


「そうだよ」


「でも、なんでこんなばしょで、おだんごやさん?」


 こんな人目の付かない場所だと誰もやって来ないと思うのだが、


「ここは、かくれがてきめいてんなんだよ」


 ああ、だからこんな人目の付かない場所でやっているのか。


 それにしても、やっぱりゆずちゃん少しは変わっている。ゆずちゃんは確かにかわいいだのが、どこか夢見がちでメルヘンで独特な感性を持ち主なのだ。まあ、そんな独特な雰囲気がまたかわいくていいんだけれど。やっぱりかわいいは正義ってことだね。


 実を言うと、俺とゆずちゃんは将来を誓い合った仲だ。ある時、ゆずちゃんが「おおきくなったら、おほしさまのたくさんみえるおおきなおしろでいっしょにくらそうね」と言ってきたので、俺は快く了承した。みゆき先生といい、ゆずちゃんといい、全くモテる男はつらいぜっ!


 正直、星とか城とかには泥だんごくらい興味もないけれど、かわいい子と一緒に暮らせるだけそれは本当に幸せなことなんだと思う。俺のおかあさんもよく、韓流ドラマに出てくるイケメン俳優をみながら、「こんなイケメンと暮らせたら絶対に幸せだろうなー」とつぶやいているから、たぶんそうだ。


 まあ、そういうわけで、将来を誓い合った相手を蔑ろにするのは気が引けるので、このおだんごやさんごっこという名の茶番にも付き合ってあげることにする。


 俺たちはしばらくの間おだんごやさんごっこに興じていた。俺がお客さん役で、ゆずちゃんが店員さん役。暗く狭い空間に二人っきりでいるという事実だけなんだかドキドキする。


「さんしょくだんご4つに、みたらしだんご5つ、わらびモチ3つで、合計いちおくえんになります」


 おだんごを買うにしてはかなり破格の金額で、本当にそんな高いおだんご売ることができたとしたら、ゆずちゃんは相当な商売上手だろう。まあ、何を言ってもそこはたかがおままごとの一種なのだから、細かいことは気にしない。


 それよりも、俺はもう少し現実的なことに頭を働かせておくべきだったのだ。


「ねえねえ、けいたくん」


 ひとしきりおだんごやさんごっこをして、満足した様子のゆずちゃんが、ふと口を開いた。


「なにか、へんなにおいしない?」


「‼」


 全身に電気が走ったように、俺の体はビクッとなり、次いで石のように体が固まった。


 俺はゆずちゃんと二人っきりでのおだんごやさんごっこに夢中になっていたばかりに、自分が漏らしていたという現実をすっかり忘れていた。


 このトンネルは、俺たち園児が四つん這いでようやく入れるような狭い空間なのだ。当然、においも籠りやすくなる。今、このトンネル内には俺のお尻のパンツの中から発されている異臭が充満しているのだ。そう言われると、なにかにおう気がしないでもない。


——まずい! このままだと、ゆずちゃんに俺が漏らしたことを知られて幻滅されてしまう。そうなったら、将来一緒に暮らすという約束も破談になってしまう。それに今度からおままごとするときには、赤ちゃんの役かペットの役ばかりやらされることになる!——


 お母さん役のゆずちゃんにおしめを変えてもらうなんて絶対にいやだ! いや、待てよ。それはそれで、ありかもしれない。


「なんかね、けいたくんがきてからずっとにおうんだよね」


 ゆずちゃんの口から放たれる純朴な言葉が俺の心をえぐっていく。もしかして、ゆずちゃんはもう気が付いているのか!


「けいたくん、もしかして……」


 ゆずちゃんが決定的な一言を発しようとした、その直前、


「みんなー、お部屋に戻りましょー!」


 遠くからみゆき先生が叫ぶ声が聞こえてきた。どうやら外で遊ぶ時間は終わりらしい。


「ゆずちゃん、もどろ」


「うん」


 俺はゆずちゃんが口にしようとしていた言葉を遮って、教室に戻るように促した。ゆずちゃんも虚を突かれて言いたかったことを忘れたのか、どうにかゆずちゃんから死の宣告を受けることだけは避けられた。


 だが、油断はできない。これからはゆずちゃんの動向にも注意しないと。


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