私を殺してフェアリーダイヤにキスをして

第22話(全年齢シーンのみ)

　藍苺の街に着いたのは、日が沈む少し前のことだった。

「過激派潜入の通報があったため、現在街への通行に検問を敷いています。ご協力をお願いします」

「お疲れ様です。自分はこういうものです」

「おお！騎士様でしたか、これは失礼。どうぞお通りください」

　ティーニャが見せた勲章のおかげで、名簿を持った役人も疑うことなく俺たちの乗る馬車を通してくれた。

　あの名簿、もしかして過激派の全員分の名前が？だとしたら辺境伯に偽名を書いてもらったのは大正解だった。

「ありがとうございます。大変だと思いますが頑張ってください」

　そうしてまた動き出した馬車は街を囲う門を潜る。

　豊沃の平野の中心地、藍苺の街。

　西の国境に近いこともあって様々な国の人や物が集まるこの街は異国情緒溢れる交易都市であり、国の穀倉地帯でもあり、産業活性化についての研究も進む学術都市でもある。

　まぁ要するに、この国の要ってわけだ。

「随分と愛想振り撒くじゃん、嫉妬させたいの？」

「まさか、当たり前のことを言っただけです」

　冗談のようにそう言ったけど、内心は嫉妬よりも凶悪な劣情で狂いそうだった。

　昨晩危うく一線を越えそうになってティーニャにあんなことを……ティーニャの身体を汚してしまった俺は、早くティーニャに触れたくて堪らなかったのだ。

「わぁ、立派な街ですね」

　目を輝かせて外を覗くティーニャの背後から同じ景色を眺める。

　都と違い整備された水道に揺れの少ない舗装、知恵の祝福を受けたという公爵家の手腕で発展してきたこの街は、この国の最先端が全て結集していた。

「おい！昨日の肉はなんだ！えげつない匂いだったぞ！」

「外国のお義母さんへのプレゼント？なら生の桃はやめといたほうがいいよ。コンポートにしときな」

　外から聞こえる様々な声に耳を傾けながら馬車の揺れに身を任せる。

　真っ白な壁で統一された街並みを眺めてやがて馬車は街の中心部に入っていった。

「到着です、こちらのホテルでよろしかったですか？」

「完璧だよ、ありがとう」

　御者の声に扉を開ける。

　車寄せに停止した馬車から降りると、すぐにホテルのドアマンが声をかけてきた。

「予約はお済みですか」

「いや、急にこの街に来ることになってね」

「こういう者です」

　ティーニャの懐から見える勲章を見て、ドアマンの態度が軟化した。検問が敷かれている時点でもしや、とは思ったが、街全体が随分とピリついているらしい。

　それもそうだ、この街は現体制⸺公爵家の恩恵を一身に受けている。

　現状を打破しようとする革新派など厄介者でしかないはずだ。

「ここのセキュリティは一流って聞いたけど、彼にぴったりの部屋は空いてるかな？」

「勿論です。ご案内いたします」

　現体制を破るのに、現体制から賜った位がこんなに活躍するなんて皮肉なものだ。

　すっかり友好的になったドアマンは気を遣ったのか、普段は貴族専用であろう入り口に俺達を通してくれた。

　途中ベルマンに引き継いで俺達が連れてこられたのは、見晴らしのいい上階の物静かな一室。

「お支払はチェックアウト時に伺います。なにかございましたらこの紐を引いてください。スタッフルームのベルが鳴るようになっています。それではごゆっくり」

　荷物を運んでくれた男性はすぐに部屋を退出する。

「……すごい部屋ですね。いくらするんでしょう」

「2泊の予定だけど、ティーニャが俺にくれた宝石よりは安いかな」

　確かにこのホテルは高い。そしてこの部屋はその中でも高い方だ。ちなみにティーニャがくれた宝石を売ればこのホテルの３等客室なら1ヶ月は泊まれるだろう。

「いいんだよ、値段なんて気にしなくて。宝石のお礼だと思って」

「まぁ、そういうことなら……」

　今までの旅路は運賃も宿代も食事代も全て折半してきたけど、今回は違う。

　なんと言っても今晩は俺とティーニャの記念すべき初めての夜。ここでカッコつけずにいつつけるんだというくらい、俺には気合が入っていた。

　だから今日、俺は絶対に決めてやる。

◇◇◇◇◇◇◇

夜も深まった頃、やっと俺とティーニャの初めては終わった。

一晩中すれば体力は尽きてしまうもので、俺は暫く息を整えるとティーニャの身を清めてやろうと枕元のライトをつけてタオルを取りに行った。

はふはふと真っ赤な顔で必死に息をするティーニャの首筋や胸元を拭ってやる。

「終わったよティーニャ」

うとうとと眠そうに瞬きをするティーニャのそばに寝転ぶ。

微睡む彼女に腕枕をしてやると心地よさげにすりすりと俺に近づいてきて、思わず抱き締めてしまった。

「おやすみなさい、グエン」

「おやすみ」

そうして目を閉じようとしたティーニャにキスをしようとして、俺は思わず固まってしまった。

「……？」

ランプの光で照らされたティーニャの瞳。

それは見間違えようもない鮮やかな桃色の宝石の輝きを放っていた。