第12話「一触即発」
「到着〜!」
小さな戦闘を繰り返しながら、新たな街に辿り着く。
「ここが第一層第三の都市、アッシェンドレ山脈の麓の街、ガーダーレス」
「あれが最初の街からずっと見えてた山脈なんだ……」
雲のはるか上まで続く山脈を目の前に控える。
「まさかこの次は、あの山を登る……なんて言わないよね?」
「ボクは登ってもいいけど……。残念ながらあの山を登頂するのは無理だよ」
「ほっ……」
心の底から安堵した。
登山部でもない限り、あんな山を登るのは無謀と言っていい。
「この先に山の向こう側まで続く洞窟があって、向こうにも同じような都市がある。全長は二十キロ、途中には地下都市もあるよ」
「地下都市?」
「洞窟のちょうど中間地点に、巨大な湖があって、その上に都市があるんだ」
「湖の上に都市が……」
ゲームならでは、と言ったところか。
湖の上に都市があるなんて、現実世界には存在しない。
「どうする? この街を置いてもう先に進む?」
「慌てても仕方ないし、今日はここまでにしよう。それにせっかく来たんだから、この街をぶらつくのもいいかなって思うし」
時間は十六時前。
途中大きな戦闘もなかったから、この前よりも効率的に進むことができた。
「オッケー。じゃあまずは泊まるところ探しからだね」
そうして約二十分、今日の宿をおさえてから、改めて街に繰り出す。
「ここは武器商人がかなり多いね」
「アッシェンドレ山脈から取れる鉱石から、武器を精製してるからね。鉱山都市といってもいいかな」
「なるほど」
山の麓にある街らしい設定だ。
「だから武器屋と同じだけ、宝石店もあるよ」
「道理で、宝石装飾のマークをよく見ると思った」
「そういうのには興味ない?」
「ないかな。宝石って言われても、高い石くらいにしか思わないし」
刀を打つための鉱石とかなら、大いに興味はあるけど。
そういえば、この世界にヒヒイロカネはあるんだろうか?
「まだ武器屋の方が、興味あるかな」
「そう言うと思った。実際この街の武器屋はすごく優秀だよ。最新層にいる人の中でも、ここの武器を買って鍛えた物を使ってる人がいるくらいだからね」
「へぇ……」
この先も使われる程優秀な武器となると、俄然興味が湧く。
ひとまず一番近くの武具屋に入った。
「……そういえば、大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「お姉さん、剣を持てないって言ってたから」
「……眺めてるだけなら、大丈夫」
これでも、心眼は鍛えてるつもり。
剣の良し悪しを見ただけである程度判別できるように、昔から教え込まれてる。
だから、判ってしまう。
「他のところも、行ってみていい?」
「え、うん」
それからいくつかの武具屋を見て回って。
「……やっぱり」
「やっぱり?」
「確かに、今まで見てきた街の中では、出来がいいとは思った。でも、私の求めるものには届かないなって」
「見ただけで分かるの?」
「感覚の問題だから、言い表すのは難しいけど……。どれも“私の期待に応えてくれる”ような代物ではないって、分かるの」
名工に鍛え上げられた一本には、魂が宿る。
耳を傾ければ、その剣の声が聞こえてくる。
私たち剣士は、その意思に耳を傾けながら剣を使う。
けれども、それに至るだけの一本は、残念ながらここにはない。
「サッパリ分からない」
「剣の道を歩いている人にしか分からないことがあるってこと」
「ふーん……」
不満そうに頬を膨らませるエン。
でもこればかりは共有できる類のものではないし、理屈や理論じゃ語れないものだから、納得してもらうしかない。
「それに、ここにある剣で、アレを超えるものなんて……」
「アレ?」
「ううん、なんでもない。少なくとも、今の私には必要のないものだから」
剣を握れない人間が剣を買うなんて、宝の持ち腐れもいいところ。
「それって……」
「武具屋は一通り回ったし、他のところも見て回ろう?」
「う、うん……」
*
翌日、準備を整えてガーダーレスを出発した私たちは、大きな口を開けた洞窟の前にたどり着いた。
「ここが……」
「アッシェンドレ回廊。山の向こう側に出るための、唯一の道」
上を見上げれば、雲を貫く高い高い山。振り返ればここまで歩いてきた渓谷がある。
「そういえば、松明とかランタンとか持ってないけど、大丈夫なの?」
「この洞窟はそれなりに人の出入りがあるから、道は整備されてるし灯りもあるから大丈夫だよ」
「そうなんだ」
昔の炭鉱家とか冒険家よろしく、松明とかを持って手探りで進んでいくのかと思った。
そんなものを片手に持ったままでは戦い辛くていけないし、ちょっと一安心。
とは言え、このゲームのことだから、どんな罠が仕掛けてあるか。油断は禁物。
そう、意気込んでいたものの。
「ウィンドスピア!」
「キガガガ……」
「ふぅ……これで全部かな」
「だね〜」
途中、吸血コウモリの群れに襲われた程度で、それ以外は特に何も起こらない。
「道中が平和過ぎて、逆に不安になる……」
「気持ちは分かるけど、ちょっと神経過敏になってるって思うな。もうちょっと気楽でいいんだよ?」
「そうやって、こないだは醜態を晒したんだから。絶対に油断はしないって決めたの」
「うーん……」
エンは微妙な顔をするけれど、これは私の矜持の問題。
分かってもらおうなんて、思ってない。
「とりあえず、先に進もう」
「はーい」
再び前進を開始した私たちは、主だった戦闘もないまま、洞窟の向こうに一際明るい光を見つける。
「あれ?」
「そうだね。そろそろ到着するはずだから」
光の方へ歩いていくと、やがて見えてきたのは。
「……地底湖だ」
蒼い光を放つ湖が現れた。
少し覗き込んでも、水底が見えない。きっと、相当水深が深いのだろう。
「あんまり身を乗り出して落ちないでね。この湖には超強力なモンスターが潜んでるから」
「そうなの?」
「この間のカーボンファーグリズリー程度には?」
「……それは嫌ね」
ただでさえ水中戦は不得手。
その上あのクラスのモンスターと戦うなんて、敗北は必至。
「で、次の目的地はあそこ」
湖の周囲に沿うように道があって、その先に、湖の真ん中へと続く橋がある。
エンが指差すのはその橋の先、丁度湖の真ん中にある浮島の都市。
「あれが地下湖街、サトレイニアだよ」
「こんな地下深くの、しかも地底湖の上にある街なのに、凄い綺麗な街ね」
最初洞窟の途中の、湖の上にある街と聞いて、正直武骨なイメージを思い浮かべていた。
でも現実は、思っていたのとは全く違う、綺麗な装飾に彩られた街。
「金銀宝石が産出される山脈の中心にある街だからね。それにあくまでここは回廊の途中の休憩所って意味合いが強いから。でも、小さいながら経済力はこの第一層の街の中だと一二を争うよ」
「へぇ……」
このゲームをプレイしていて、感心させられたのはこういう設定に関する面。
それぞれの街に特徴と特性があって、それがちゃんと現実に則っているというか、とにかくリアルに出来ている。
まるでこのゲームの世界が生きているような、この街やそこに住まう人々が生を営んでいると錯覚させるような、そんな丁寧な作り込みがされている。
五感だけじゃなく、これだけ精巧に作られた世界、ここがもう一つの異世界と言われても、なんら不思議はない。
お父さんが言っていた“ホンモノ”の意味がよく分かる。
「おねーさん?」
「っ、ごめんなさい、今行くから」
つい憧憬に浸ってしまった。
ここでそんな風に気を許せばどうなるか、身をもって体験したはず。
「よしっ、あと少し!」
気合を入れ直して、湖に沿う道を進み始めた。
*
水色を基調とした街並みの中を、ぶらりと歩く。
「武具屋と宝石細工の店が多いのはガーダーレスと大差ないのね」
当然といえば当然だけど。
宿舎も決めたし、今日の旅はここで終えてもいいかもしれない。
「……ん?」
街の出口側の方が騒がしい。
「なんだろ?」
「行ってみる?」
「うん、行ってみよう」
街の出口側にかなりの人だかりができている。
その中心にいるのは、赤い甲冑を着込んだ男。
息は絶え絶えで、両手両膝を地面につけている。
「くそっ! なんなんだよアレは!」
整わない息の中で最初に発したのは、そんな一言。
「お前たちでもダメだったか……」
「アレは単体パーティーじゃ手に追えねぇよ」
「つっても、連合パーティー組んでやられたばかりだからな……」
そんな会話が聞こえてくる。
「あの、すみません。何かあったんですか……?」
恐る恐る、隣にいた恰幅のいい男に訪ねる。
「あん、なんだ嬢ちゃん?」
「私たち、さっきここに着いたばかりで、この喧騒を聞いて来てみたんですが」
「着いたって……ちっこい子供連れで??」
男の言葉を聞いて、周囲の人間も同じような、懐疑の目を向けてくる。
確かに女子高生と小学生の男の子の取り合わせ、疑いの目を向けられても仕方ないとは思う。
ただ、感情面で納得できないというのは、私もエンも同じ。
エンの方は、私以上にムッとした表情が顔に出てる。
一方、男の方は大きな溜息を吐いて、話し出した。
「……スニューウ側出口に続く道の途中が、封鎖されてんだ」
「スニューウ?」
「回廊を出た先にある街のことだ」
「なるほど。それで封鎖っていうのは、具体的にはどんな風にです?」
「巨大なモンスターだ」
「モンスター……?」
「そうだ。洞窟の天井にまで届くくらいの巨大な壁型のモンスターが、道を塞いじまいやがった。お陰で俺たちは向こう側に出られないまま、何日も足止めを食ってるって話だ」
「モンスターなら倒せないの?」
「それが奴はえらく強力なんだよ。こっちの攻撃は全然効かないのに、向こうが絶え間なく飛ばしてくる石の礫は、数は多い上に強力で。こちらのガードは削られちまって、手が出ないんだよ」
「石の礫を飛ばしてくる……?」
それを聞いたエンは考え込み始めてしまう。
何か、思い当たる節があるんだろうか?
「まぁどっちにしろ、嬢ちゃんたちには関係のない話だ」
「はい? どうしてです?」
「ここまでは運で来れたみたいだが、お嬢ちゃん達みたいな初心者パーティーが敵う相手じゃないからだよ」
「初心者パーティーって……」
確かにこのゲームに対しては初心者かもしれないけれど、そこそこの修羅場は潜り抜けてきているつもりだ。
「嬢ちゃんたちが? 修羅場を? 冗談言えよ。お前たちみたいな初心者まる出しの連中が戦えるわけないだろ」
「大方、誰か強いプレイヤーに連れてこられたんだろ?」
「俺たちが倒すまで大人しくすっこんでればいいんだよ」
「…………」
他の人たちも会話に混じってきては、そんな言葉を口にする。
忠言、と捉えるには棘がありすぎる。
いら立っているのは噂の敵に負けたからだろうけど、だからと言ってここまで来ている人間をどうしてそんなに足蹴に出来るのか。
彼らはたった一目、私たちを見ただけなのに。
……一目?
「あっ、そういうことね!」
私のひらめきの言葉に、その場の全員が何事かと目を見開いた。
「そっか、格好だ……」
私は服も腰に下げた剣も初期装備そのままだし、エンに至ってはウサミミパーカー。
戦う人と言うよりは、このゲームを旅して遊んでいる、と見られているんだろう。
人を見た目で侮るなかれ、それはおじいちゃんによく聞かされた言葉。
なるほど、その言葉の大切さを、改めて思い知らされた。
「はぁ……」
「なんだその溜息は!」
「別に。私たちは彼と二人だけでここまで来てますし、この先に進みたいので先に行きます」
「ふ、ふざけるな! おまえたちみたいな初心者が、勝てるわけないだろうが!」
「それを決めるのはあなたたちではないので。それでは」
「この野郎……!」
背中に挿していた剣を抜いて、そのまま私目掛けて振り下ろしてくる。
剣と魔法で戦うファンタジー世界だからといって、こんな街中で剣を振るうなんて物騒な。
でもその剣は、私の目からすればあまりにも遅すぎて、お粗末。
「ふ……」
小さく息を吐いて、体勢を低くして敵の懐へ潜り込む。
左手で剣を持つ手を受け止めて、右手は手刀の形にして敵の首元へ突き出す。
「……そういう冗談は笑えませんが」
冷徹な視線を送りつけて、左手を突き上げながら一歩下がる。
「な、なん……」
さっきまでの強気はどこへ行ったのか、剣を落として震えながら尻餅をついてしまう。
この程度で腰を抜かすなんて情けない。
「行こう、エン」
「う、うん……」
未だ呆然としている彼らを尻目に、私たちはアッシェンドレ回廊の、スニューウ側出口へと続く道へと踏み出していった。
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