第13話「行く手を阻むもの」
「まさかお姉さんのほうから行くって言いだすなんて思わなかったな」
「あの人たちの言ってること、正直要領を得なかったし。それに先に進むにはいずれ戦わなくちゃいけなくなるでしょ。戦う相手のことは、ちゃんと自分の目で見ておきたいから」
剣道の試合だってそう。
戦う相手の、試合のビデオにはすべて目を通すし、可能な限り実戦の様子の確認をする。
そうやって敵の動き、型、呼吸。全てを脳裏に刻み付けたうえで、できるだけ具体的に、戦いを組み上げていく。
だから敵がどういう存在なのかを、いち早くこの目で見ておきたい。
「それに……私たちを甘く見た報いをくれてやらないとね」
「そっちが本音だね」
「当然」
確かに私たちの見た目は、このゲームは初心者ですと言っているようなもの。
そういう格好をしている以上、軽く見られることは仕方ないかもしれないけど。
でも、それ故に上から高圧的な態度で応対してきたのは頂けない。
さっきは返り討ちにしたけど、たった一度きりじゃその場の偶々、運と思われてまた舐められるかもしれない。
そういう目に遭わないためには、ちゃんと実績を額縁付きで示しておかないと。
「でも実際、見た目硬そうなとか鎧とか、お姉さんみたいな和をモチーフにするなら甲冑とかを着込むのが普通だからね」
「確かにそうかもね。何も、あの人たちの言ってることが間違ってるとは思わないけど」
実際、ここまでくるとかなり多くの人がそう言ったものを防御兵装として着込んでいる印象。
そういうものを身に付けていないのは、魔法で戦うのがメインの人たち。
それでも、そういう人たちでさえ、急所を守るような簡単な防具を着ている。
防具を一切身に纏っていない、私たちの方が異端と言うべきだ。
「お姉さんはそういうものに興味ないの?」
「私は、自分の使ってる防具に見合うものが見つけられていないから、っていうのが理由かな」
剣を握れなくなってからは、着てあげられていない剣道用の防具。
あれは私のためだけに仕立てられた特別製。私の身体に完璧に馴染んでいる。
その味を知ってしまったから、他の防具なんて考えられない。
それに剣道の試合以外の、真剣を握る場面では、そういう防具を身に付けるスタイルではないから、余計興味を持てない。
「エンは戦いのスタイル的に、邪魔になりそうだもんね」
「うん」
エンの自由奔放なスタイルには、ほんの少しの重量の変化も命取りになる。
こうして何の防具も身に付けない、見た目はこのゲームを舐めきった初心者プレイヤーが二人完成。
「でも珍しく、腕に身に付けるものを買ってたね」
「あぁ、このアームウォーマーのこと?」
既に両腕に身に付けたアームウォーマー。二の腕の真ん中から、先は人差し指まで伸びる、左右対称のもの。
「昔似たようなものを付けていたことがあったから。久しぶりにつけてみたけど、思っていたよりしっくり来てる」
私の動きを邪魔することはないだろう。
こういったところで昔の感覚を思い出すのも、剣を取り戻すきっかけになるかもしれない。
「それよりも、先を急ごう」
「うん」
*
「アレかな……」
「そうだね」
岩陰に隠れながら、向こうのほうを確認する。
確かにあの人たちの言ってた通り、天井まで六メートル近くある洞窟を完全に塞いでしまっている。
その形はまるで、
「まるで柱状節理みたい」
「柱状節理って、六角形の石が積み重なってできる地形のことだっけ?」
「そうそう」
地学の授業で習った、六角形の地形。
そんな無数の六角形が、洞窟に蓋してしまっている。確かにこれでは通れない。
「あのモンスターに、心当たりはある?」
「うーん……いくつか候補はあるけれど、まだ遠目だから確証が得られない」
「そっか……。じゃあ、もう少し近づいてみる?」
「大丈夫?」
「ここから見ているだけじゃ、埒があかないでしょ」
元々、あの巨大な壁を倒すつもりで来ているのだから。
「確かに、そうだね」
エンも頷いて、けれども慎重に、一歩一歩近づいていく。
「……何も反応がない」
二十メートル、十五メートルと、距離を詰めていく。
しかし柱状節理の壁は、未だに反応がない。
「…………」
一歩、また一歩近づいていくごとに、緊張感が増していく。
周辺には盾にできるようなものはない。
あの大人数を倒した攻撃、それがどんなものかは分からない。
そして、そんな攻撃を防ぐことが果たしてできるのか。
そんな不安が、近付くごとに強くなっていく。
額にかいた汗の滴が一滴、地面に落ちる。
敵との距離は、十メートル。
————ガゴンッ。
突然、柱状節理から何かが動く音がする。
それはまるで、閉じられていた柱状節理が一斉に開いたような音で……。
「ウィンドトルネードプロテクション!」
危機の察知——全身に鳥肌が立ったのと同時に、口は魔法を唱えていた。
同時に、柱状節理から鋭利な岩の礫が飛んでくる。
「っ、くぅ!」
一瞬でも遅れていれば、石の礫に身体を撃ち抜かれていた。
私とエンの周囲を渦巻く竜巻が、私たちをガードしてくれる。
けど、石の礫は、連続してこちらに向かってくる。
防御するために魔法を維持しているけれど、じわじわとMPが削れていく。
「お姉さん、あれ!」
エンの指差すほう、柱状節理のちょうど真ん中、地面から三メートルくらいの場所。
周囲と違って、紫色の輝きを放つ箇所がある。
そしてそこからは、石の礫が生み出されていない。
「まさか、アレが弱点だとでも言うの?」
「そのはず」
「……なるほどね」
自ら弱点を曝け出す、ゲーム上の優しさなのだろうか。
でも、こんな石礫の弾幕が厚い中であんな箇所に攻撃をするなんて、ほぼ不可能。
そんなの、優しさでもなんでもない。
「この弾幕を潜り抜けながらアレに攻撃するのは……」
「無理」
エンでさえキッパリと断じる。私でも不可能だ。
でもこのまま何もしなければ、MPが尽きて石の礫に撃ち殺される。
「ボクがこの攻撃を跳ね返せれば、その隙にあの核に攻撃できる?」
「そんなことできるの?」
「できる。お姉さんはどう?」
「……必ずやってみせる」
この距離なら、弾幕さえなければ一瞬で詰められる。
エンがやれると言うのなら、私がやれないなんて言えるわけがない。
「じゃあ、行くよ……Toy Arca!」
エンの一言で、竜巻の前に風船のような白い膨らみが現れる。
それはどんどん膨張しながら礫の弾幕を弾いて、やがて天井にまで達すると。
「いっけぇ!」
それを柱状節理に向かって弾き飛ばす。
「すごい……」
ちょっと穴が空いただけで破裂してしまいそうなのに、石の礫を物ともしないで柱状節理に体当たりする。
「お姉さん!」
「うんっ!」
エンはやり遂げた。
なら、次は私の番だ。
「ふっっっ!」
両足のバネを溜め込んで、一直線に跳び上がる。
今の私は、筋力と俊敏性にステータスを振っている。三メートル程度の高さなんて、容易に跳ぶことができる。
「そのまま突っ込んで!」
目の前には、弾幕を防ぎ続ける風船がある。それでも、エンの言葉を信じてまっすぐに。
「Levare!」
風船に突っ込む直前に、エンが魔法を解除する。
そうすれば目の前には、無防備になった敵の核が現れる。
「ウィンドパルマストライク!」
右手を握りしめ後ろに引きながら、詠唱を唱える。
ウィンドパルマストライク。
この数日間に私が覚えた魔法の中で、一番の攻撃力を持つ魔法。
右手に渦巻いた螺旋の風を直接敵に叩き込むことで、初心者が覚えられる魔法の中では最も破壊力を持つ魔法。
直接叩き込むという性質上、魔法というよりは物理攻撃に近く、ほとんどの風魔法使いはこの魔法を使用しないそうだ。
でも私は元々剣士、敵に近づくなんて容易なこと、接近戦上等。
「はあぁ!!!」
キツく引かれた弦から弾き出される矢のように、右手を突き出す。
螺旋の先端が、柱状節理の核とぶつかり合う。
「砕、けろぉ……!」
さらに、さらに前に、拳を突き出す。
バリンッ!
何かが、砕ける音がする。
核に、ヒビが走った。
「っ……」
けれども、そこで私のMPが尽きて、ウィンドパルマストライクは強制解除されてしまう。
「まだっ!」
まだ終わってない。
この距離は、私の間合いなのだから。
故に、手を伸ばす。
……何に?
「っは……」
今私は、何に手を伸ばそうとした?
『お前が————』
『この————』
『恥晒し————』
声が、聞こえてくる。
あの日あの時の、あの声が。
「はぁ……はぁ……」
全身が硬直して、言うことを聞かない。
「お……ね、さ……」
遠くから、私を呼ぶ声がする。
その声の方に、向くことは出来ない。
その代わり、目の前に現れたのは、赤白い光。
どんどん肥大して、私の身長なんて比べ物にならないほど大きくなっていく。
眩いその輝きが、私の見た最後の景色だった。
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