第11話「新しく見つけよう」
「やっとついたぁ……」
ベッドに飛び込む。
とにかく疲れた、このまま寝落ちしそうなくらい。
ゲームだから身体は大して疲れてないはずなのに、こんなに疲れたように感じるのは、やっぱり精神的に疲労したからだろうな。
「それに、泊まるところを見つけるのに、あんなに苦労させられる羽目になるとはね……」
フルマラソンとほとんど変わらない距離を歩いて、ようやく辿り着いた第二の街。
最初の街と比較すればそれほどの広さはないにせよ、賑わいは変わることない。
おかげで二部屋空いている宿を探すのに、街を奔走させられた。
「あんな距離を歩こうって人が、こんなにも多くいるなんて……」
ちょっと精神構造を疑う。もっとも、私もその一人になってしまったのだけど。
「おねーさん」
「はいはい」
隣の部屋をあてがわれたエンがドアをノックしながら、私を呼ぶ。
「この後はどうする?」
「もう夜だしね……おしまいかな?」
この世界でも、太陽はすっかり西の空に落ちつつある。
時刻は十八時を回ったところ。
今日は稽古がない日とは言え、そろそろ戻らないといけない時間。
「そっか。明日はどうする?」
「……流石に今日みたいな距離を歩くのは勘弁してほしいんだけど」
「次の街までは、大体三十キロくらいかな?」
「無理。絶対やだ」
このゲームは絶対距離感を間違えてる。なんでこんな狂った設定にしたんだろう……。
「それじゃあ、ゆっくり街の観光でもする?」
「そうする。着替えとか色々買いたいし」
ずぶ濡れになった教訓を早めに活かさないと。
「オッケー。じゃあ明日はゆっくりしよっか」
「それじゃあそろそろ私は帰るね。明日はゆっくり来るつもりだから……十三時くらいかな?」
「はーい」
「じゃあ、また明日」
「ばいばーい」
メニューから、ログアウトを選択する。
身体が後ろに引っ張られるような感覚に襲われ、エンの姿が遠くなって、視界は暗くなっていく。
ゆっくり目を開くと、透明なモニター越しに、見知った天井が見える。
当然現実でも夜の帳が下りているから、電気をつけなければ部屋は薄暗い。
「…………っ」
記憶は、鮮明に残ってる。
「何をやってるの、私は……」
力を込めた握り拳の中で、指の爪が手のひらに食い込む。
あんな失態をやらかすなんて……。それでも剣士かと、言われて当然の失態。
こんなことをしていて、私は本当に剣を取り戻すことができるのか。
「桃華さん、少し手伝っていただいてもいいかしら?」
「っ、はーい」
目元を拭って、おばあちゃんの呼びかけに応えるべく部屋を出た。
*
「あ、おそよう〜」
朝ご飯を食べてすぐにログインした昨日と違って、ゆっくりお昼を食べてからログインする。
「もう“こんにちは”の時間ね。待たせちゃった?」
「ううん、適当に遊んでたから大丈夫だよ」
「じゃあ、行こっか」
今日は街の観光、最初の街より狭いとはいえ、郊外のアウトレットと同じような広さを誇るこの街の全てを回るには、半日では足りないかもしれない。
「お姉さんの目的は服だっけ? どんな服が欲しいとかある?」
「動きやすければなんでもいいかな」
可愛さとか、似合う似合わないとか、正直どうでもいい。
戦うにあたって、動きを邪魔しない服ならなんでも構わない。
気にする必要があるとしたら、ゲームだから防御力がどうとかくらい?
「…………」
「どうかしたの?」
「ううん。お姉さんってそういうのに興味がないんだなって」
「どういうこと?」
「色々な人が、服がどうとかオシャレがどうとかって話してたから。お姉さんは、そういうこと考えたりはしないのかなって」
「そりゃ多少は考えるけど……でもこんなところでそんなことして、意味ある?」
現実だと、必要最低限そういうことに気をつかったりはするけれど。
ここはあくまで戦うことが求められる場所、ファッションショーに来てるわけじゃない。
「とりあえず二着くらいあればいいかな。早く買いに行こう」
適当に街をぶらつきながら、目に入ったブティックに入る。
現実世界であればお洒落な物を取り揃えている店も、ゲームの世界だと戦闘に備えた物が多い。
それでも、少しでも可愛く綺麗にという意匠を感じるのは、デザイナーのプライドなのだろうか。
私はそういう機微には疎いから、動きやすそうな服を数着ピックアップして試着。
その中から着心地が良くて動きやすい服を選んで購入した。
「女の人って、買い物にすっごい時間をかけるって聞いたけど、お姉さんはあっという間だね」
「明確に目的を持って、それを達成したら、執着せずに離脱する。とりあえず行ってみてから考えようってことがない分、時間を無駄にせずに済むしね」
「せっかく時間があるんだから、もっとゆっくり選べばいいのに」
「動きやすくて戦いの邪魔にならなければ十分。デザインなんて二の次でいいの」
「お姉さん、せっかく美人さんなのに。もっとお洒落すればいいのにってボクは思うけど」
「お母さんと似たようなこと言うね、エンは。別に誰かに見せびらかすわけでもなし、モテたいなんて気持ちもないし、今のままで十分なの」
それにこういうところは、女ってだけで声をかけてこようとする輩が必ずいる。
だから武骨でガサツな人だと周囲に思わせておけば、近づいてはこない。
事実、ここまでそういう煩わしさと無縁でいられたのだから、この考えは正しいはずだ。
「お姉さんって、本当に剣にだけ生きてるんだね」
「当然でしょ。それ以外に、私の生きる意義も価値もないんだから」
新島の剣を継ぐ剣士として、剣に生きるために私は存在している。
だから、剣を握れない今の私には、なんの価値も存在しない。
「そんなことないと思うけどな」
「あるよ。剣で戦うことが、私に求められることなんだから」
「でも、それを否定されたんだよね?」
「…………」
結局は、そこに戻ってくる。
未だ答えの見つからない、師範からの教え。
師範のことを疑うわけじゃないけれど、そんなものが本当に存在するのだろうか。
「じゃあお姉さんの好きな物ってなに?」
「好きな物?」
「お姉さんが何も思いつかないなら、お姉さんの好きな物から探してみるのはどうかなって。あ、もちろん剣に関すること以外でね」
「剣以外で好きな物……修行?」
「剣に関すること以外!」
「……トレーニングは同じだし……ランニングも、剣道教室も稽古も……」
「お姉さん……」
「し、仕方ないでしょ!」
好きとか嫌いとか、そんなこと考えて生きてないし……。
「何かないの? 好きな食べ物とか」
「食べ物…………あ」
「おっ?」
「おばあちゃんが昔作ってくれた煮干しの佃煮。あれは好きだったなぁ」
「ニボシノツクダニ?」
予想とまったく違う答えが返ってきたからか、エンの表情がいつになく複雑なものになる。
「そう。煮干しを油で炒めて、醤油とか砂糖とかで味付けしたもの。昔はアレばっかり食べてたなぁ」
もちろん今でもよく食べる、ずっと大好きな味。
でもエンにはどうにもウケが良くなかったようで、渋い顔をされてしまう。
「うーん。じゃあ、今日は食べ歩きしよう!」
「へ?」
「お姉さんの新しい好きな食べ物を見つけようの会、出発進行~!」
「ちょ、ちょっと!?」
腕を引っ張られてやってきたのは、屋台街。
「第一層第二の街、グラスレアの名物は…………これ、エンラージボアーの角煮!」
「あぁ……」
まぁ、その辺にいっぱいいるもんね。
エンが持ってきた紙皿の中には、角煮と思われる肉と、煮卵や彩りのためのチンゲン菜らしきものもある。
「それじゃあ、いただきます……」
一本受け取って、一口。
「……おいしい」
豚の余分な脂や臭みがなくて、味付けのタレも芯まで味が染みている。
「作るのが面倒な角煮だけど、ちゃんと作ってるって感じがする」
「作り方知ってるの?」
「おばあちゃんのお手伝いをすることがあるから。角煮を作る時は最初の臭み抜きの煮立てが一番大事だけど、それが長時間かかって面倒なんだよね。でもこれは、その手間暇をちゃんとかけてる味がする」
とはいえ、ここはあくまでゲームだから、そう言うものを再現するのは簡単なのかもしれないけど。
「気に入った?」
「まずまず、かな」
「じゃあ次に行こう~」
そうして屋台街を歩いて、目に留まったものを買い食いする。
「お祭りの屋台で買い食いするって、こんな感じなんだろうな」
行ったことないから、想像でしかないけど。
「それじゃあ、次に行くよ」
「次?」
そうして連れてこられたのはカフェテリア。
「ご飯の後は、やっぱりデザートだよね」
「エンってやっぱり、甘い物好きなの?」
「大好きだよ。スイーツは別腹!」
いわゆるスイーツ男子のエンが頼んだのは、ガット・ショコレ——チョコレートケーキ。
一方の私は、紅茶だけ。
「お姉さんは食べないの?」
「ちょっと食べすぎたかな……。お腹いっぱい」
あんな風に、無節操に食べ歩きしたのは初めてだから、つい加減を誤ってしまった。
「じゃあ、一口だけ」
「え?」
「はい、あーん」
フォークで一口分掬い取ったチョコレートケーキを、私の前に差し出す。
「私は大丈夫だから、エンが食べなよ」
「はい、あーん」
「もうお腹いっぱいだし、エンが頼んだんだから」
「はい、あーん!」
「…………あーん」
結局、私の方が折れた。
「どう? どう?」
「……美味しい」
「でしょー!」
チョコクリームの甘味と苦みのバランスが絶妙で、ふわふわのケーキ生地もまた違うチョコの味。
細部までチョコづくしの甘くてほろ苦いケーキ。
「じゃあもう一口!」
「いや、もういいから!」
流石にこれ以上はいたたまれない。
「これを食べるなら、紅茶じゃなくてコーヒーの方が合うかもね」
「コーヒー……」
「エンはコーヒー苦手?」
「苦手。なんであんな苦い物を好んで飲むのか分からない」
いかにも甘党らしいセリフだ。
こういうところは、まだまだ年相応の子供っぽい。
「そういうお姉さんはどうなの?」
「飲めないことはないかな。好き好んで飲むことはないけど」
どうせ飲むなら、お茶の渋みの方が美味しいし。
「それにしても、この世界の食べ物のクオリティはすごいね」
現実と何ら遜色のない味。
それは作っている人とゲームのシステムのどちらがすごいのかは、疑問だけど。
「そういうのを求めてって人も、たくさんいるよ」
「どういうこと?」
「ここで今日の午前中、ボクが見つけたこちらをお姉さんに渡します」
手渡されたのは、一冊の雑誌。
ペラペラとページを捲ると、とあるアンケートが目に止まる。
「このゲームを始めた理由?」
一位はもちろん、剣と魔法のファンタジーを楽しむ為。
ただ目に留まったのは、それに続く二位の理由。
「カロリーを気にせず美味しい物を食べられるから……」
美味しい物、甘い物は食べたい。でもそれに必ずまとわりつく、カロリーという問題。
私でさえ逃れることができない問題なのだから、市井の女の子たちには死活問題だろうな。
詳細を見ると、このゲームの食に対するクオリティの高さを褒めちぎるコメントがたくさんある。
「なるほどね。道理で、女性をたくさん見ると思った」
こういうゲームって、基本女性プレイヤーは少ないと思っていた。
確かに男性プレイヤーに比べれば少ないけど、それでも私の想像より遥かにたくさんの女性プレイヤーが街を歩いている。
「だからね、お姉さん。確かにお姉さんは剣を握れるようになるためにこの世界に来たんだと思う。でも、他の人も色々な思いを持ってこの世界に来てる。だからお姉さんも、もっとこの世界のことを色々楽しんでほしいってボクは思うな」
「……そうだね、そうなのかもしれないね」
確かにこの場所には、現実にはない、あるいはなかなか見ることのできないものがたくさんある。
そういったものに触れて、感じて。
そんな時間をほんのちょっと作り出すくらい、いいのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
紅茶を飲み終えて、立ち上がる。
「じゃ、次に行こう?」
「次?」
「今日は好きな食べ物を見つけようの会なんでしょ?」
「…………」
「どうかしたの?」
「お姉さんが笑ってるところ、初めて見た気がしたから」
「そうかな?」
そんなことはないと思うけど。
「じゃあ行こう!」
二人並んで、店を後にする。
この店に入ってきた時よりも、ほんの少しだけ軽い足取りで。
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