第8話「出発」
「さてと、準備はいい?」
「バッチリ」
街の周辺にいるモンスターとの戦闘を繰り返して魔法の行使にも慣れてきたから、そろそろ先へと進むことを決意した。
「お姉さんがもっとここに居てくれたら、もっと早く先に進めたのに」
「いくらなんでもそれは無理でしょ。学校とか、それ以外にも色々あるんだし」
むしろエンの方こそ、そういう現実世界でやる事はないのだろうか。
……でもエンってNPCだから、縁のない話かな。
「それじゃあ、行こうか」
「だね」
装備や回復薬を一通り揃えて、準備は万端。
「それじゃあ、出発!」
長い間お世話になった街を出て、まずはあの森を目指す。
「そういえば聞くのを忘れたけど、次の街までどれくらい距離があるの?」
「うーん、四十キロくらい?」
「……四十キロ?」
そんな距離を、歩いて?
体力作りのためにそれなりの距離をランニングしたりはするけれど、流石にフルマラソン一歩手前の距離を歩いたりはしたことない。
「それって半日はかかるんじゃ……」
「だね。だから休み休み行くよ」
「ちなみに何か移動手段みたいなものは……」
「瞬間移動できるアイテムはあるけれど、こんな低層じゃ手に入れられないし。それに行ったことがある場所にしか移動出来ないから」
「……大人しく歩くしかないわけね」
先が思いやられる。
「そうだ、エン。もう一度確認するけど、エンの探してる人ってあの街にはいなかったんだよね?」
「うん、いないよ」
「そっか……」
一度街を離れれば、戻ってくるのはきっと大変だろう。
だからこれは、無駄足を踏まないための最後の確認。
「それに、もし近くにいれば,きっとわかるから」
「分かる?」
「うん、ボクたちは繋がってるからね。だから近くにいれば、感じることができるはず」
「繋がってる……?」
「そう。ボクたちはみんな、繋がってる。だからボクは、お姉さんのことが分かるんだよ」
「……?」
エンの言っていることが、何一つ理解できない。
繋がりって、一体?
「……まぁ、労せずして見つけられるわけないもんね」
エンもずっと上の方にいると言っていた。こんなところで見つけられるとは思っていない。
小さなため息を吐いて、切り替える。
*
草原の中を、つい昨日まで狩り続けたエンラージボアーを無視して歩いていく。
やがて到着するのは、あの巨大グマと遭遇した森。
「お姉さん、緊張してる?」
「この間、酷い目に遭ったばかりだしね……」
「流石にカーボンファーグリズリーが出てくるなんてことないと思うけど」
「……そういえば、お父さんもそんなこと言ってたな」
「お父さん?」
「うん。エンが言ってた通り、こんなところに出るモンスターじゃないって」
「ふーん……」
「それはともかく、こんなところで立ち止まってないで。……行こう」
気合を入れ直して、森の中へと踏み込んでいく。
相変わらず草木が生い茂って、前後左右上下どの方角も似たような景色。
「こっち」
「方向分かるの?」
「ボクは何度も歩いてるからね」
エンに道案内は任せて、周囲を警戒しつつ進んでいく。
段々と草木が深くなって、獣道の様相を成す。
「ねぇ、エン。本当にこっちで道あってる?」
「大丈夫大丈夫。こんなところで迷ったりしないから」
不安な気持ちを抑えて、さらに細くなっていく道を進む。
「もうすぐだよ」
「もう森を抜けるの?」
「ううん、ちょっと違うかな」
エンが指差す先、薄暗い森の中に、光の眩しい場所が現れる。
空を蓋する木々が、一部だけ穴が空いたように陽の光が差し込む空間。
小さな川が流れて、生い茂っていた草花が整えられている。
森の中にポツンと現れた、穏やかな憩いの場。
「綺麗な場所……」
「でしょ? この世界にいるほとんどの人が知らない、ボクのとっておきの一つだよ」
「確かに、あんな道を通ろうなんて思わないしね……」
滅多に人が近寄らないというのも頷ける。
「ここで少し休憩してから先に進もう」
「もう休憩?」
「先は長いし、休憩っていうのはもうって思うくらいのところで取るべきなんだよ」
「それもそうね」
こまめに休憩しておく方が、いざという時の集中も途切れずに済む。
「ん〜っ!」
背伸びして、身体を脱力させる。
「本当、いい場所ね」
心が洗われるような、そんな空間。
カササッ。
「っ!」
小さく、草木が揺れる。
現れたのは、小さなうさぎ。
「なんだ……びっくりした。ただの野うさぎね」
警戒を解いて、肩の力を抜く。
きっと、この水辺を求めてやってきたんだろう。
「野うさぎ……?」
「エン?」
疑問を抱くような声を上げたエンの方を向く。
「危ないっ!」
「え……っつ!」
いきなり目の前に飛んできた黒い物体を、すんでのところで躱す。
いや、躱しきれなかった。
顔と首を守ろうと咄嗟に出した腕に、引っ掻き傷ができてる。
流血の再現だろうか、赤い光が傷から漏れ出している。
「一体なに!?」
「やっぱり、クローラビットだ」
「クローラビット?」
「見た目は可愛いウサギだけど、鋭いツメと目で追いきれない俊敏さで敵を狩る、森の暗殺者」
「目で追いきれないって……」
だからなんでそんなモンスターがこんなところにいるのだろうか。
とてもじゃないけど、初心者が相手取ることのできるモンスターじゃないでしょ。
「来るよ!」
そんな文句を言ってる場合じゃない。周囲の茂みに入って姿を隠したものの、敵はまだこちらを狙っている。
急いで開けた場所の中心地点に移動して、全周を警戒する。
「スゥ……」
小さく息を吐いて、目を瞑る。
あのウサギが目に見えない動きをするのなら、視界は必要ない。
視界以外の五感で、ウサギの位置を捉える。
自分から攻めるよりも、隙を作って敵の攻撃を誘い込む。
周囲を動き回ってこちらを伺っていたウサギが、右斜め後ろから飛び込んでくる——
「ウィンドスピア!」
——風の針を生み出す魔法、覚えたての魔法を打ち込む。
「ギュィッ!」
生み出した針のうちの一つがウサギに当たって体勢が崩れる。
「ウィンドスライス!」
動きが止まったところに間髪入れずに二撃目を加えて、確実にトドメ刺す。
「ふぅ……」
「お見事〜」
「流石に、これくらいはね」
この一週間、ひたすらに魔法戦闘を繰り返していた成果は現れてる。
「でも……」
「……うん、まだ終わりじゃない」
戦ってる最中にも薄々感じていた。
周囲を囲んでいるウサギは、あの一匹じゃないことに。
「多分五十匹くらいいるけど、戦う自信はある?」
「目で捉えられない敵を五十匹も相手するのは無理」
戦いは数を揃えた方が勝利するというのは、基本原則。
どれだけ戦う者の質が良くても、数の力には敵わないことは証明されている。
しかも今回は、目でその動きを捉えられないというのだから、余計だ。
「それじゃあ、ちょっと失礼して」
「へっ? ちょっ、ちょっと?」
いきなり私の後ろに回ったと思えば、軽々しく私のことを持ち上げる。
「ちょ、下ろして!」
「暴れないでじっとしてて」
「そんなこと言われても!」
こんな、小学生くらいの小さな子供に持ち上げられるなんて⁉
「いくよっ!」
「ひゃあっ⁉」
急上昇、グンッと身体が持ち上げられる。
やがて視界は、快晴の青空と地平線の向こうまで続く森の二色に染まる。
「すご……綺麗……」
「とりあえずクローラビットの群れから離れるから、ちゃんと掴まっててね」
「え? う、うん。うわぁ⁉」
急落下、浮き上がった身体は、重力に引かれて森へと落ちていく。
「いよっと」
着地したのは、木の枝。
それを足場に、また空へと昇っていく。
ものすごい移動の仕方。できるのはすごいけど、滅茶苦茶怖い!
「……あ、やばい」
エンが急に、そう呟く。
……え? ヤバい? 今ヤバいって言った?
ヤバいって何⁉ この状況でそう呟くってどういうこと⁉
「くっ――」
急に身体が右側に移動する。
「なになになになに⁉」
そう叫ぶことしかできない私。
「ギャアアアアァァァァァスッッッ!」
「!」
耳を劈くような鳴き声。いつの間にか前の方で、巨大な羽を広げた鳥らしいものが急旋回していた。
「あれは何⁉」
「ドミスカイト。一度狙った獲物は絶対に逃がさない獰猛なトンビだよ」
「トンビ……」
鎌倉とか江の島とかで、人の食べ物を盗んでいくことで有名なトンビ。
「一瞬手を放すから、ちゃんと掴まってて」
「へ? え?」
「行くよ」
「え、うそでしょ⁉」
まさかこのまま空中戦⁉
「掴まっててね」
「っ!」
言われるまま、首元にギュッとしがみつく。
するとエンは、その場で何かを踏んだようにトンビに向かって加速していく。
そしてトンビと衝突する寸前に——
「ふんっ!」
——一閃。十字に両手の短剣を振るう。
四つになったトンビは、力なく下へ落下していき、やがて光の粒になって消える。
「一撃……」
エンの戦闘センスに、言葉を失う。
空中という、極めて不利な条件であの戦い。
この子……。
「さてと、もう少し我慢してね」
「へ? ひゃあああぁぁぁ!」
トンデモ移動法が、再開された。
*
「……とりあえず、ここまで来れば大丈夫かな」
ある程度進んだところで、ようやく地面に降り立つ。
「だはぁ……はぁ、はぁ……」
地面に降ろされた瞬間、情けなく両手両膝をついて荒い息を吐く。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない……。すっごく怖かった……」
バンジージャンプなんて経験したことないけど、きっとああいう感じなんだろう。
しかも紐なし逆バンジー。
その上巨大なトンビと戦闘するというオマケつき。
気絶しないで意識を保っていたことだけでも褒めてほしいくらい。
「地に足がついてることが、こんなに安心できるなんて……」
飛行機にも乗ったことないから、足が地面についていないままというのは、本当に初経験。
まだ身体がふわふわしている。
「今後のためにも、この程度は慣れてほしいんだけどなぁ」
「無理、絶対無理」
宙に浮いたままなんて、私には考えられない。
「それにしても……エンって本当に強いんだね……」
巨大グマとやり合っていた時には既に強いとは思っていたけど、今回のオオワシとの戦闘で確信した。
この子は強い、しかも生半可な強さじゃない。
今の私じゃ戦っても間違いなくコテンパンにされる。もし剣で戦ったとしても、確実に殺しきれる自信はない。
「ふふーん、そうでしょ? なんたって、ボクはトクベツだからね」
「トクベツ……?」
「さてと、先はまだまだ長いから、そろそろ行こう」
私の話はプッツリ切られてしまう。なるほど、話す気はないと。
まぁ、別に無理に聞こうとは思わない。
ただ、仲間が強くて信頼に値する、今はそれだけ分かっていれば十分だ。
「やれやれ、エンは元気だなぁ……」
私のことを持ち上げて、あんな動きをしておいて、これっぽっちの疲労も見せない。
年下にそんな姿を見せられては、いつまでも顔を青くしてる場合じゃない。
「行くよー?」
「はいはい、今行くから」
そんな小さな背中を追いかけて、森の奥へと進んでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます