第6話「実戦」
「さてと……」
改めて、対象と向き合う。
この辺りの草原でよく見かける、身体がちょっと肥大化したイノシシ。
こちらから攻撃しなければ敵対しないらしいから、ほぼ確定で初撃は当てられる。
でもこのゲームはHP制が採用されているから、敵のHPを全て削らなければ相手を倒すことはできない。
ただし、このゲームの生死に関してはもう一つ、特別なルールが採用されている。
頭、首、胸。
この三箇所を正確に捉えることによって、HPの残りゲージに関係なく敵を殺すことができる。
つまり現実世界での生き死にと同じ。
しかしこのゲームにいるほとんどのプレイヤーは、その三箇所を狙いに行くことをしない。
敵のモンスターたちもその三箇所に対する守りは当然堅いし、なによりもプレイヤーたちのほとんどは実戦に慣れてないから、正確に狙いに行くのは難しい。
故に、魔法を使ってHPをじわじわと削っていくやり方が主流だそうだ。
「そんなの、戦闘を長引かせるだけでなんの意味もないのに」
そんな長ったらしい戦い方は嫌いだ。
確実に急所を突いて、殺しに行く。
ならば、狙うは当然一箇所。
敵の側面に回りこんで、頭に狙いを定める。
「ウィンドスライス!」
さっきと同じようなイメージを頭で描いて、右手を突き出す。
孤の字をした魔法が発動して、イノシシに向かっていく。が——
「グルルァ!」
——攻撃を受けたと判断したイノシシが、私の魔法を躱す。
「ちっ、もう一発。ウィンド……ちょっ!」
魔法の発動よりも早く、約10メートル以上あった距離を一瞬で詰めてくるイノシシ。
「速いって!」
再度魔法を放つも、着弾点はイノシシの遥か後方。
「当たらない……っ!」
「当然だよ、彼らだって生きてるんだから自由に動き回るよ」
「そんなこと、言われても」
「だから動きを予測して、その先に魔法を持ってこないと」
いわゆる、偏差射撃をしろってことね。
イノシシの移動速度は最高時速50キロ。でもその動きは単調のはず。
「あっちこっち動き回ってるように見えても、基本は直線的な動きのはずなんだから……そこっ!」
イノシシが走っていく先に、魔法を置くイメージ。
そうすれば突撃してきたイノシシが、勝手に魔法に当たる。……はずだった。
私の魔法を見たイノシシは急に軌道を変えて、魔法を避ける。
「ちょっと! そんなのあり⁉」
「当たり前だよ。エンラージボアーだって生きてるんだから、今までの戦いを学習してるんだよ」
「ゲームのくせに生意気……!」
動物の順応性は確かに高い。
森に住むクマやイノシシが、餌があると分かっている人の街に降りてくるように。
ここに住む彼らもまた、戦いに順応したということなんだろう。
そんな学習能力までゲームで再現しなくていいのに。
「だったら……」
動きを止めて、自身の纏う威武を緩めて、右側を無防備にする。
戦いに順応してるっていうなら、この隙を突いてこないはずがない。
その予想通り、私の動きを見たイノシシは、右側に回り込んで突進してくる。
「ふっ!」
突進の勢いと重量を受け流しながら、その身体を腕で挟み込んで。
「はあぁっ!」
投げ飛ばす。
「ウィンドスライス!」
生み出した、その隙を逃さない。
無防備に曝け出した首元に魔法を打ち込んで、胴体との繋がりを断つ。
急所に傷を受けたイノシシは光の礫となって消えていき、目の前には報酬が書かれた画面が表示される。
「はぁ……はぁ……」
緊張の糸が解けて、一気に息が上がった。
「エンラージボアーを投げ飛ばすなんて……すごいねお姉さん」
「……いくらなんでも、こんな戦い方は学習してないでしょ」
イノシシに突進されたら、普通なら大怪我を負う。
だからこそ、そんなことをしようなんて考える人は現れないと思った。
「お姉さんがあんなことまでできるなんて思わなかった」
「一通り武術の基礎は会得してるからね。とは言っても、あくまで基礎だけだから、護身術の域を出ないけど」
「それにしても、突然お姉さんが力を抜いたから、どうしたんだろうって思ったよ」
「剣道での戦いの基礎は、如何に隙を作って、如何に隙を突くか。戦いを学習してるっていうなら、その隙を突いてくるだろうって思ったか、ら……」
「?」
「…………」
つまり、そういうことなのでは?
私があの日、負けた理由も。
「どうかしたの?」
「ううん。それにしてもこれが魔法での戦い、ね……」
この歳になってあんな詠唱をすることが恥ずかしいとか。
イメージをきちんと作れば、意外にもアッサリと魔法を使うことができるとか。
反対に、戦いながら魔法のイメージを固めるのが難しいとか。
色々と思うところはあるけれど、何より一番は。
手応えが、ない。
目に見える形で魔法は発動しているし、MPも減ってる。
イノシシに吶喊された時の衝撃も、投げ飛ばす時に感じた重さも体温も、まるでホンモノのようだった。
でも、魔法を使って敵を倒したという実感がまるでない。
だからしっくりこない。
これはゲーム、たかが遊び。敵のモンスターはただの映像に過ぎない。
けれども、命のやりとりをしているのだから、もっとその感触があるべきだ。
——加害者のくせに、なに被害者ヅラしてんだよ。
「っ——!」
何を思っているんだ、私は。
求め過ぎた結果、私は罪を犯したというのに。
「お姉さん?」
「っ、ううん、大丈夫。それにしてもイノシシ一匹相手に、こんなに苦戦してたら、この先が思いやられるな……」
戦いの勘も、すっかり忘れてる。
「そうかな? むしろボクは、戦い慣れてるなって感じたけど。本当に初めてだったら、こうはかないって思うよ」
「確かにイノシシ戦うのは初めてだけど。でもこんなんじゃ……」
「うーん、正直お姉さんの理想が高すぎる気がするけど」
「理想……」
ちょっと想像してみる。
戦いの得物が、魔法ではなく真剣だったらどうなるか。
……あんな回りくどい戦いをしなくても、新島の剣技を一振りするだけで終わる。
「それに、お姉さんの戦いには自棄を感じる」
「自棄?」
「カーボンファーグリズリーの時も逃げようとしなかったし、今だってエンラージボアーの攻撃を受け止められなかったら、そのまま死んでたんだよ? お姉さんって、自分がどうなってもいいって考えていない?」
「いくらなんでも、そんな風に自分を軽んじてるつもりは……」
でも、剣士は斬られたら、それでおしまい。
自分の命を差し出して、敵と斬り結ぶ。
そんな世界に居るからこそ、自分自身の生命を戦いの神か何かに差し出しているように見えるのかもしれない。
「……うん、やっぱりそんなことはない」
神なんてそんな迂遠なものに頼ることなんて考えは、私たちの剣には存在しない。
私たちの剣は、生きるための剣なのだから。
「……それならいいけど。じゃあ次に行こっか」
「次?」
「この世界の戦いに慣れるためにも、一回でも多く戦いの経験を積んでおいた方がいいでしょ? それに、お姉さんの高すぎる理想に近づくためにもね」
「……その指摘は正しいけど、一言余計」
「いたっ!」
エンの額に、軽くデコピン。
そうして日が暮れるまで、周辺にいるモンスターを狩り尽くしていった。
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