第5話「青空魔法教室」
「スゥ……」
優しい風が頬を撫でる中を、ゆっくりと深呼吸。
大きく背伸びをして、両腕を左右に目一杯広げる。
「……はぁ」
山の中に入った時に味わうことができる、マイナスイオンのようなものを感じる。
建物ばかりの現実世界ではなかなか味わえない、心が洗われる感覚。
「どうかしたの?」
「ごめんなさい、なんでもない」
「そう? それじゃあ早速、魔法のお勉強を始めます!」
ドヤ顔で、教師のモノマネをするエン。
「そもそもお姉さんって、この世界の魔法について、どれくらい知ってるの?」
「全くさっぱり、これっぽっちも知りません」
「オッケー。それじゃあ基礎の基礎から教えていくね」
エン先生による、魔法講座の始まり。
*
魔法、ザ・ファンタジーの代名詞と言える力。
現実世界では絶対にあり得ない力の行使、それに惹かれてこのゲームをプレイする人も多いそう。
実際このゲームにおける魔法使いの人口は、剣士と比較して8:2くらいの割合らしい。
……それを聞くと、剣士の端くれとして、少し思うところがあるけれど。
そんな魔法には火・水・地・風・雷の五つの属性があって、人によって扱える属性が違うらしい。
二つ以上の属性を扱える人は少数で、三種類以上扱える人が現れるのは稀とのこと。
何でそんなややこしい設定にしたのか、それはいずれお父さんに聞くとして。
魔法を使うにあたって、まずやるべきことは。
「お姉さんが扱うことができる、魔法の属性について調べないとだね」
「どうやって調べるの?」
「お姉さんのアイテムの中に、自身の魔法属性を判別するためのアイテムがあるはずだよ」
「アイテム……」
促されるまま、アイテム一覧を確認に走る。
「あれ?」
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
脇道に逸れている時じゃない。
アイテム一覧を上から下まで確認して、1番下にエンの言うものを見つける。
「……これかな、“属性判別シート”」
いかにもそれっぽくて、そして名前が安っぽい。もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。
「多分そうだね」
手元に現れたのは、一枚の紙のようなもの。
「それを手に持って、目を瞑って」
「分かった」
言われるまま指示に従って、目を瞑る。
「お姉さんの思い描く、“魔法”といえば何? それを思い浮かべてみて」
「魔法……」
そう言われても、今までそういうことに関わったことがない。
そういった創作物を見たことも、読んだこともないから。
(……だったら)
私にできる事は、たったひとつ。
自分を空っぽにする。
いつもの修行と同じように、止水の境地へと、自分を誘う。
深く息を吐いて、心を落ち着けていく。
(風……)
ふわっと、心地の良い風が頬を撫でる。
……そうだ。
道場の窓から入ってくる風。
修行の時にはいつも、優しい風が私の荒んだ心を落ち着かせてくれる。
私の背中をいつも押してくれるのは、この風なんだ。
「あっ」
「……?」
エンの声を合図に目を開けると、手に持った真っ白な紙が、いつの間にか緑色へと変色していた。
「お姉さんの属性は、風だね」
「ちょ、ちょっと待って。今のは」
「どうしたの?」
「今は単に、風が心地良いなって考えただけで……」
「それで良いんだよ」
「どういうこと?」
「この世界で人の扱う魔法の属性は、その人の内にあるものが決める」
「内にあるもの?」
「お姉さんが最初に思い浮かべたのが風だったってことは、お姉さんの内に秘めた力が風の属性を持っているってこと」
「風の属性……」
そう言われても、ピンとはこない。
「この世界では、その人の内にある力が全てを決める。人の考えも行動も、その全てがその人の記憶や経験から選択するようにね」
「……?」
「とにかく、お姉さんの魔法は風属性、ひとまず初歩の魔法から使えるように練習していこう」
「……分かった」
納得はできないけど、エンの言う以上ひとまずは従っておくことにした。
*
魔法を使うには、三つの要素が必要になる。
一つはMP。これは魔法によって消費する量が異なって、モンスターを倒したりして得た経験値によって伸ばしていくことができる。
二つ目は、正しい詠唱。威力や規模の大きい魔法になるほど詠唱や、身振り手振りがより多く必要になる。それらを過たず行うことで、魔法を発動することができる。
そして三つ目。これが魔法を発動する上で、一番大切な要素と言っていい。
即ち、想像力。
「自分が使用する魔法がどんなものなのかを、想像すること。できるだけ、具体的に」
「具体的にって言われても……」
そういったものに疎い私に、なにを想像しろと?
「お手本とかないの?」
「うーん……ボクはふつーの魔法が使えないし、他の人に見せてもらうのもなんか変だし……」
「イメージ、ねぇ……」
初級風魔法、ウィンドスライス。
小中学生とかオタクの人が好きそうな、いかにもって感じの一言。
日本語に訳せば風の切れ端、鎌風といったところか。
「ひとまずやってみる……」
目を瞑る。
イメージするのは、攻撃力を持った、小さな風。
そこから繋がるのは、突然指などの皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切ったような切り傷ができていた時のこと。
普通の人には見えない怪異、鎌鼬の仕業と言われるような現象。
それを、自分の意思で再現するのなら……。
頭にイメージを組み上げて、目を開く。
視界に映ったのは、少し先にある地面から突き出た岩。あれなら標的に丁度いい。
「ウィンドスライス!」
突き出した右手の前に、顔ほどの大きさをした黄緑色の魔法陣が描かれる。
その魔法陣が輪転すると、孤の字をした緑色の風が飛んでいく。
やがて標的にした岩にぶつかって、ナイフで軽く切ったような傷をつける。
「おぉ〜」
パチパチと、拍手するエン。
「今のでいいの?」
「バッチリだよ。できないできないって言ってたのに、全然大丈夫じゃん!」
「……偶々だよ。それに、エンの指導のおかげかな」
なるべく具体的にイメージを組むようにと言われたおかげで、頭の中で緻密に思い浮かべられたからだと思う。
それにしても、魔法。
頭に思い浮かべた力をそのまま発現できるなんて、まさにファンタジーな力だ。
この力をもし鍛え続けたら、思い浮かべたことをなんでも発現させることも可能なんじゃないだろうか。
そんな不可能ごとを一瞬頭に思い浮かべて、すぐに掻き消す。
「じゃあ、今の感覚を忘れないように早速実戦しよう」
「実践?」
「えーっと……あれだ。エンラージボアー。あれと戦おっか」
「実践じゃなくて、実戦ってことね」
「あれを倒してみよっか。それじゃあ頑張って」
なるほど、習うより慣れよってことね。
私の道場でも、基本を叩き込んだら後は実戦形式での習熟に移る。私向きのやり方だ。
「いいじゃない」
戦いの前の高揚感に似た昂りが、全身を支配する。
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