パンドラの匣

くまいぬ

『人はなぜ争うのか』についての俺の考えと、人生最後の答え


 『人は何故争うのか』

 ふと、そんな事を考える時が、誰にでもあるだろう。

 俺は、今絶賛その時を味わっている。

 元々、俺には家族がいた。

 妻に、子供が二人。

 幸せな家庭だった。

 一番上の子の野球大会があった時には無理矢理休みを作り、妻と、妻の中にいる下の子と一緒に、全力で応援した。

 そして、俺の自慢の息子がホームランをぶっ放し、ベースを勢い良く駆け回ってホームに帰って来た瞬間、俺たち四人は思い切りハグを交わし合った。

 俺たちはそんな、誰もがイメージできる、暖かくて、希望に満ち溢れた”家族“という存在を、限りなく完璧なまでに体現していた家庭だったと思う。

 だが、一生続くはずだった幸せは、呆気なく幕を閉じた。

 俺が仕事に出掛けている合間を狙って、強盗集団が俺の家に押しかけて来やがった。

 ニュースかなんかで、最近そういうのが流行っていると以前耳にした事があったが、まさか俺たちが標的にされるとは考えもしなかった。

 あのクソ野郎どもは、金目の物を全て掻っ攫っていくつもりだった。

 でも、それだけなら、俺はあんな事をしでかす考えも起こら無かったし、必要だって無かったんだ。

 なんて運が悪かったのだろうか。

 妻はもうすぐ出産を迎える時期だから、家で育休を取っていた。そして、息子は風邪で学校を休み寝込んでいた。

 その強盗集団の中には、まだ二十歳にもなってないガキが居た。

 ここからは、本当にはらわたが煮えくり変えりそうになる、クソほど笑えない話だ。

 そのクソガキは、俺の妻を無理矢理犯そうとしやがった。

 だが、俺の妻は必死に抵抗した。

 抵抗して抵抗して、そいつは面倒になったのだろう。

 俺の、俺の世界で一番大切な命を、最も容易く奪いやがったんだ。

 そして、少し経って気付いたんだろう。

 これはまずいってな。

 奴らは、カーテンに火を付けて出て行きやがった。

 俺の息子が、まだ子供部屋に残されているってのに。

 警察と消防隊が駆け付けた時には、もう遅かった。

 俺の息子は、火に焼かれながら、苦しみながらあの世へ逝った。

 妻の中にいた子も同様に。

 俺は、ただ呆然としていた。

 受け入れられなかった。

 いつも朝には、妻が入れてくれたコーヒーを飲んでいた。

 仕事に出かける時にはいつも家族全員とキスをしていて、年頃の息子は少し嫌がりながらも、俺はデコにとびっきりチューしてやっていたし、下の子だってお腹越しにキスをした。

 だが、そんな日常、もう遠い過去の思い出だ。

 数ヶ月経って、強盗集団は全員漏れなく逮捕された。

 そして、そいつらには重い罰が下った。

 終身刑だとか、そんな所だ。

 だが、あのクソガキはちょいと違った。

 終身刑にならないどころか、十年そこらで出てくるらしい。

 反省していることや、劣悪な家庭環境、その年の若さの影響で酌量されたんだとか。

 奴は簡単に帰ってくる。

 俺には、それが耐えられなかった。

 いや、それだけじゃない。

 あのクソ野郎共は、俺の全てを奪っていったのに、あいつらの家族や大切な物は平穏に暮らしている。

 俺には、それが許せなかった。

 もちろん、間違った考えだってのは分かっていたさ。

 だからといって、それを行動に移す障害になるかと言ったら、答えはNOだった。

 俺は、奴らの家族を殺した。

 銃で頭を撃った。

 コードで首を絞めた。

 バットで脳天をかち割った。

 深夜、こっそり家を燃やした。

 家を燃やした家庭の奴らは、やった時間の関係もありぐっすり眠っていたらしく、逃げるのが遅れて全員死んだ。

 もちろん、犯罪を犯す上で多少計画的にはやったが、結局俺は逮捕された。

 そして裁判の日。

 裁判官は、厳粛な物言いで俺のやった行為を述べている。

 俺の心境は分からん事もないが、その行為は決して許されない残酷なもので、重く処罰されるべきであり、自分の行いについても深く反省するべきだと。

 そうか。だからなんだ?

 俺には、もう何も残されていなかった。

 だから、奴らの残された物も全部消してやった。

 それだけの事だ。

 俺は大声で、その場にいる全員にそう言い放ってやった。

 すると、傍聴席にいた一人が、ものすごい剣幕で飛び掛かって来た。

 どうやら、殺し損ねた奴らの家族だったらしい。

 俺は、顔を思い切りぶん殴られた。

 鼻が折れたのか、血がツーッと服に垂れる。

 でも、だからなんだ?

 俺に、もう痛みなどない。

 何故なら、俺はもうこの世に居る人間じゃ無いからだ。

 

 死刑判決

 

 俺には、死刑判決が下された。

 生きながらに、死んでいる事を約束された。

 当たり前だ。

 悪いのは俺の家に押し入って来た犯罪者のあいつらだけで、俺が殺した人間はみんな無関係だったからな。

 俺は、何の罪も無い人達を、物を、全てめちゃくちゃにしたんだ。

 死刑なんて、それに比べたら軽い物だろう。

 正直、この事件を決行する事が出来たなら、俺はいつ死んでも良かった。

 だから、死刑判決をもらった時は逆に安心した。

 しかし、死刑は判決から執行までかなり時間がかかる。

 最初こそ、ただ時間が経過するのを何もせず過ごしていただけだったが、それも飽きてしまった。

 そこで、何故俺の人生の末路はこんなになっちまったか考えた。

 そう、『人は何故争うのか』という大それた事について考え始めた。

 そんなの、多少考える事があったとしても、深く考えた事なんて一切なかった。

 いや、深く考えるという事が、どんなものなのかすら理解してなかったと言っても差し支えないかも知れない。

 だって、俺はずっと幸せだった。

 暖かい環境、人達、そして妻の作るコーヒーさえあれば、そんな事を考える必要は無かったからな。

 『人は何故争うのか』

 難しい題だ。

 きっと、何百年、何千年前からこれについて考えてきた人達がいたのだろう。

 イエス様、お釈迦様、その他の名だたる思想家、宗教家。

 それぞれが、様々な答えを導き出し、人生を歩んだ。

 その中で、一際苦しんだ事もあったはずだ。

 でも、その人達は諦めなかった。

 どれだけの苦しみがあっても、決して歩みを止めなかった。

 だからこそ、俺がその人達の存在を知るまでに至っているはずだ。

 なら、俺は一体なんなんだ?

 家族を殺されて、怒り狂ったままに復讐劇を実行した可哀想な人。

 ただの、可哀想な人。

 それ止まりなのか?

 俺に対する責任は、死刑と、たったそれだけの凡夫な評価なのか。

 違う。

 違うはずだ。

 俺は、可哀想な人間なんかじゃない。

 たとえ、家族が殺されたとしても、大切なもの全てが破壊されたとしても。

 俺は、歩みを続ける必要があったんじゃないのか?

 残された者の定めとして、残された人生を棒に振ったりなんかせず、悲しみを背負ったまま生きていく義務があったんじゃないのか。

 生きて、生きて、生き切った先に、【パンドラの箱】の底、大きな不幸の最後の最後に、小さな”希望”の一文字が見えたはずだったんじゃないのか?

 俺は、逃げたんだ。

 自らの苦しみを、なんの関係も、罪もない人達にぶちまけて、逃げたんだ。

 俺は、もはや人間ではない。

 生きながらに、俺は死んでいる。

 『人は何故争うのか』

 ちょっとした怒り、ちょっとした欲望、ちょっとした恨み。

 それが重なって重なって、やがて大きな負の感情を生み出し、人は争う。

 本能という大きな欲望に、抗う事もせず、他者を傷付け、自らを傷付ける。

 なんて、悲しい事なんだ。

 俺の中には、もう怒りや恨みなんてものは姿を消していた。

 今俺の中にあるのは、”慈悲”のみだ。

 俺は、人生の最後に、一つの答えを見つけることが出来たのかも知れない。

 俺がこの世から姿を消したら、この文を世界に発信してください。

 俺と、同じ過ちを犯して欲しくない。

 俺は、決して可哀想な人間なんかじゃない。

 可哀想な人間なんて、この世に存在しない。

 皆、同じ課題を背負っているはずだ。

 俺と、犠牲になった者の命が、ほんの少しでも無駄にならず、人の救いになる事を祈る。

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