第47話 大魔王、航海中





 海。


 それは時に穏やかで、時に荒れるもの。


 俺は海が嫌いじゃない。


 肌を撫でる潮風は心地良いし、帝国の軍艦は高性能であまり揺れないし。


 しかし、俺はあまり気分が良くなかった。


 船酔いの耐性が無くなっていたこともあるだろうが、何よりこの船の目的地へ向かうことに気が進まなかったのだ。



「シュトラール殿、大丈夫か?」


「あ、アリアか。すまん、大丈夫ではない」



 甲板で風に当たっていると、心配した様子のアリアが話しかけてきた。



「お待ちなさい、勇者アリア」


「む」


「それ以上は魔王様に近づかないように」



 近づいてくるアリアと俺の間に割って入ったのは、俺が最も信頼するメイドのクラウディア。


 今回の俺の付き添いだ。



「大丈夫だ、クラウディア」


「いえ、なりません」



 どうやらクラウディアは俺に耐性が無いことを心配しているらしい。


 アリアは騙し討ちをするような人間じゃないと思うが、クラウディアからすれば人間なんて全員似たようなものなのだろう。


 相変わらず人間を信用していないようだ。


 アリアもそれを察してか、無理に俺の方へ近づいて来ようとはしない。



「ふむ、何もシュトラール殿が直接船に乗って同行する必要は無かったのでは?」


「あー、それな。今は魔力が足りて無くて、超長距離の転移魔法が使えないんだ」



 転移魔法は一度行ったところならどこへでも移動できる。

 目的地であるヤムートには大分昔に行ったことがあるため、一瞬で向かうことも可能だ。


 ……あくまでも平時なら、だが。


 超長距離転移魔法は絶大な魔力が備わっている上で成立するものであり、今の俺にはできない。


 人生砲のデメリットで、しばらく魔力が著しく低下するからな。

 多分、あと数ヶ月はこのままだろう。



「はあ、どうしようかな……」


「……シュトラール殿。その、随分とヤムートへ行きたくないようだが、何か事情でも? 私の護衛が面倒なら、今からでも帝国に戻って父上に断ってもらっても――」


「ああ、いやいや。そうじゃなくてさ。ヤムート自体に嫌な思い出があるってだけだよ」


「それは、どのような?」



 おお、それ聞いちゃう? 聞いちゃうやつ?



「まだダンジョンを作る前、俺はヤムート……まあ、正確にはヤムートの前にあった国に行ったことがあるんだ」


「ふむ?」


「ただあそこってさ、出会う人間ほぼ全員が勝負を仕掛けてくるような修羅の国でさ」


「……え、全員?」


「うん。全員」



 最初は幼い子供が通りがかりの俺に石を投げてきたことが切っ掛けだった。


 俺は石をキャッチして子供の頭にチョップした。


 その翌日、子供の友達の中で一番大柄で強い子が俺に勝負をしかけてきた。


 当然、子供相手に負けてやる程の優しさは魔王たる俺には無い。

 その子供も適当にあしらったさ。



「そしたら今度はその子の親が来て殴り合いの勝負を仕掛けてきた。それでそいつを倒したら、近くの街で一番強い奴が来た」


「う、うむ?」


「来る奴を片っ端からぶっ飛ばしてたら、国の偉い人が来てさ。俺を雇うって言ったんだ」



 あの国では強い奴が一番偉くてカッコいい、みたいな風潮があった。


 そして、その強い奴を雇える奴は凄い、みたいな考え方もあった。



「ふむ……。たしかに少し鬱陶しくはあるだろうが、それだけ聞くと成り上がり物語みたいだな」


「いや、そうでもない。俺を雇おうとした奴がさ、クラウディア目当てだったんだ」


「え?」



 当時、俺には配下と呼べるものがクラウディアしかいなかった。

 俺を雇うと言った金持ちは舐め回すような目でクラウディアを見ていたっけ。


 あの目は思い出しただけでも不快になる。



「そ、それでどうしたのだ?」


「……た」


「ん? よく聞こえん!!」


「く、国ごと滅ぼした」


「……え?」



 俺の発した言葉が意外だったのか、アリアが目を瞬かせる。



「断ったらさ、そいつが無理矢理クラウディアを奪おうとしてきたんだ」


「……懐かしいですね。あの人間の下卑た表情は今でも思い出すと怖気がしますが、躊躇いなく虐殺を繰り広げるあの時の魔王様はとても素敵でございました」



 クラウディアがうっとりした表情で言う。


 やめろよ、軽く黒歴史なんだから。


 話を聞いていたアリアが唸る。



「む、むぅ、今のシュトラール殿からは想像できんな。昔は苛烈な性格だったのか」


「いや、なんか来る日も来る日も勝負を挑まれてばっかでストレスが溜まってたんだと思う。挑まれるのは魔王冥利に尽きるだろうけど…」



 正直、自分の身の丈も理解していない奴が挑んでくるのは虫唾が走る。


 一度や二度なら、蛮勇だとして称賛してやっただろう。

 しかし、それが何十回、何百回となるとストレスになってくる。


 その状態でクラウディアが奪われそうになり、我慢の限界を迎えたのだ。



「クラウディアに手を出そうとした奴がこれまた国の重鎮でさ。もう戦争だよ、戦争」



 俺が滅ぶか、国が滅ぶか。


 幸いにも向こうの方が先に滅んだけどな。


 王様の首を獲った途端に全員が敗北を認め、逆に俺を王と崇めるようになった。



「む、では何故そのままヤムートにダンジョンを据えなかったのだ?」


「他の魔王が来たんだ。【竜】の魔王で、アホみたいに強くてさ。でも話してみたら気が合って、友達と喧嘩したくないからちゃちゃっと逃げた」



 ちなみにこの【竜】の魔王は俺が女神の抹殺しようと言い出した時、真っ先に協力を申し出てくれた人物でもある。


 正義感と義侠心に溢れ、弱者を守り、強者を喰らう。


 正直その生き様は同じ魔王ながらカッコいいと思ってしまったな。


 本当に懐かしい。



「まあ、つまり、一回戦ったら何百戦もしなくちゃならないから面倒で嫌いなんだ。あれから何万年も経ってるし、流石に今は違うと思うけど」


「ふむ、そのような事情があったのか。最近は忘れがちだが、やはりシュトラール殿も魔王なのだな」


「おいコラ。忘れがちってなんだ? 喧嘩なら買うぞ、おおん?」



 俺は誰がどう見ても魔王だ。


 たしかに普通の魔王よりは穏健派だが、魔王としての本能は存在する。


 俺はアリアからの若干納得できない評価に不満を抱きながら、船旅を満喫するのであった。







――――――――――――――――――――――

あとがき

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