第46話 大魔王、ニートに勝つ





 一ヶ月くらい経った。


 俺はこまめにセルフ拷問で耐性を付けながら、忙しい日々を過ごしていたのだが……。


 ある日、クラウディアが深刻な面持ちで俺の部屋に入ってきた。



「魔王様、ご報告があります」


「ん? どうしたんだ?」



 俺は対アルテナティア決戦兵器の開発をしながら、片手間にクラウディアの話に耳を傾ける。



「実は、ルシェルヴァーナ様とアルテナティア様についてなのですが……」


「は? ……あっ、やっべ。忘れてた」



 完全に忘れていたが、天使は本来なら女神に仕える存在だ。


 堕天使と言えど、天使は天使である。


 アルテナティアは【神】の魔王。

 天使に命令する権限が、アルテナティアにはあるのだ。


 俺はクラウディアの報告を聞いて、大急ぎでアルテナティアが過ごしている階層にやって来た。


 そして、勢いよくアルテナティアの扉を開く。


 すると扉の向こう側では――



「ルシェ、コーラを取ってくれ」


「はいなの……」


「ルシェ、昼は肉が食べたい。鹿肉だ。取って来るがよい」


「はいなの……」


「ルシェ、やっぱりドラゴンだ。ドラゴンの肉がいい」



 白のTシャツを着てベッドの上で本を読みながらゴロゴロしているアルテナティアと、まるで奴隷のように扱われているルシェちゃんがいた。


 ルシェちゃんは俺と目が合うと、嬉しそうに目を輝かせる。



「魔王様あ!! 助けてなの!! あのニートなんとかして欲しいのお!!」


「む、言うに事欠いてニートとは失礼な。妾は客人。もてなすのが当たり前であろう。いや、それ以前に妾はシュトラールのフィアンセ。主人の妻に尽くすのは当然であろう」


「おいコラ、客人じゃなくて居候だ。あと誰がお前のフィアンセだ。あんまりうちの配下をいじめるなら、こっちにも考えがあるぞ」



 俺はルシェちゃんを酷使するアルテナティアをビシッと指さした。


 すると、アルテナティアは余裕そうに笑った。



「ほう? この宇宙で最も尊く美しい妾をどうしようと言うのだ?」


「この階層だけ魔力供給をカットする」


「……ふっ、その程度で妾が屈するなど……」


「どうだろうな? 冷蔵庫も使えなくなるし、キンキンに冷えたコーラも飲めなくなるが」


「……」



 アルテナティアが黙り込む。俺は更に追い打ちをかけた。



「あと夏場のエアコンも使えなくなるぞ。蒸し暑い中で暮らしたいなら――」


「分かった。だからそれはやめろ。絶対にやめろ。やったら無限絶神光する」


「それはやめろ。今の俺は耐性が極端に低いから死ぬ」



 しかし、勝った。


 ここが俺のダンジョンである以上、各階層に供給する魔力の量は俺の裁量で振り分けることができる。


 俺のダンジョンには魔力で動く家電――魔電製品が多くある。


 これらを動かすためには魔力が必須。


 つまり、ダンジョン内においては俺がアルテナティアの生活環境を握っているも同然。


 ……あまり締めつけ過ぎると襲われそうだから本当にやるつもりは無いがな。


 でも勝ちは勝ちだ!!



「ん?」


「なんだ、この妾を前に余所見とは。どうした?」


「いや、なんか知り合いがダンジョンに来たっぽい」



 俺は転移魔法でダンジョンの表層へ移動した。



「久しぶりだな、アリア」


「シュトラール殿、急な訪問を許して欲しい。……なんか、少し縮んだか?」


「気にするな」



 ダンジョンに来たのはアリアだった。


 武装はしているが、最低限と言った様子で戦いに来たわけではないらしい。


 真剣な面持ちで話しかけてくる。



「実は父上がシュトラール殿に会いたがっていてな。出来れば内密にしたいとのことで、父上の自室に直接転移して欲しい」


「ん、そうか。分かった」



 思ったより俺を頼ってくるのが早かったな。


 ヴェインは有能な皇帝だ。


 このタイミングで俺を頼ってきたのも何かしら理由があるのかも知れない。


 俺は転移魔法でフレイベル帝国の帝都、その城にあるヴェインの部屋に直接移動した。



「ヴェイン、遊びに来たぞー」


「お、おお、シュトラール殿……」


「うお!? グルムンド!?」



 いや、違う!!


 干からびて骸骨になりかけているヴェインだ!!



「な、何があったんだ!?」


「ここのところ、ずっと仕事漬けの日々でのぅ。ろくに食事も摂っておらんのだ」


「ちょ、ちょっと待ってろ!!」



 ひとまず白湯を持ってきて、ヴェインに少しずつ飲ませる。



「ふぅ、ただの温かい湯が胃に染みる……」


「大丈夫か? 帝国、そんなにヤバイの?」


「どうであろうなあ。独立した属国に煽られて、地方を治めていた領主まで反乱を起こしてな。対応が後手に回っておるのだ。……ところでシュトラール殿、何やら小さくなったか?」


「気にするな。そのことに触れるな」


「そ、そうか。……シュトラール殿、貴殿に頼みがある」


「ん?」



 ヴェインが改まって俺に頭を下げる。



「もう帝国は立ち直れぬ。国として存在することはできるだろうが、このままでは周辺諸国との関係は悪化する一方であろう」


「俺のところと条約を結んでいるせいか?」


「いや、そこは問題ない。むしろ貴殿との約束を破った時の方が怖い」



 む、そうか。



「帝国が教国の後ろ盾があることを良いことにやらかしていたせいであろうな。傾いた教国よりも帝国の方が批判が強い。近いうちに、帝国を包囲するように周辺諸国が戦争を仕掛けてくるはず」


「援軍でも出そうか?」


「いや、シュトラール殿の軍では過剰戦力だ。一方的な虐殺では周囲からの批判を免れられん」



 俺なら批判する奴らも纏めて消すが、ヴェインはそこら辺がちゃんとしている。


 一方的な虐殺は倫理的に良くないと理解しているようだ。



「ならどうするつもりだ?」


「……大陸外の国と同盟を結ぶ」



 ほーん、そりゃまた面白い戦略だ。


 この世界にはフレイベル帝国がある大陸にもいくつかの小さな陸地がある。


 当然、そこにも国と呼べるものが存在する。



「女神教の影響が全くない地域なら、たしかに批判も何も無い。敵でも味方でもない相手であれば自陣に引き込むのも不可能ではないだろうな」


「うむ。その使者としてアリアを遣わそうと思っておるのだ」


「……なるほど、情勢が不安定な帝国から退ける意図もあるのか。賢いな。それを俺に話すってことは、そっち関連で頼み事があるってわけだな?」


「察しが良くて助かる」



 ヴェインが目を細めて頷いた。



「シュトラール殿には、アリアを守ってもらいたいのだ」


「俺が?」


「うむ、貴殿以上に信頼できる者がいない」


「嬉しい言い方をしてくれるが、周りに信用できる奴がいなくなっちまっただけだろ?」


「ほっほっほ、そこまでお見通しか」



 情勢が悪くなった今、ヴェインの周囲には味方の顔をしている敵がいたとしても不思議ではない。


 その点、俺は信用できる。


 だって裏切るとか糞もないくらい強いから。ま、今はクソザコナメクジだけどな!!



「構わんか? 貴殿の負担になるだろうが……」


「ああ、気にするな。たしかにうちのダンジョンを攻略しようとする輩は増えるだろうがな」



 実際、教国での一件から俺のダンジョンに挑む帝国ではない国の人間が何度か来た。


 一回殺して、蘇生して外に放り出したがな。


 忙しいのはこれからだが、そいつらは表層の雑魚ゴーレムすら倒せていないようだったし、しばらくは大丈夫だろう。


 それに……。



「今の俺のダンジョンは、魔境だからなあ」



 アルテナティアとグルムンド、魔王が二人もいるのだ。

 そのうちの一人はニートみたいなものだが、その実力は魔王十人以上に匹敵する。


 まさに魔窟。


 それでいてアルテナティアは殺した人間を蘇生したりしない。


 気に入ったら生き返らせるかも知れないが、奴が普通の人間を気に入ることは滅多にないだろうからな。


 まあ、死んだ奴の蘇生はレルゲンおじいちゃん辺りがやってくれるだろう。



「了解した。お前の娘が寿命以外で死ぬことはないと約束してやろう」


「それは心強い。シュトラール殿があの子の婚約者ならどれほど安心したか」


「勘弁してくれ。寿命が違い過ぎる」



 アリアのことは嫌いじゃないが、恋愛感情のようなものは一切無い。



「というか、アリアって婚約者がいないのか」


「うむ。婚約者であったユージーンもいなくなってしまったからな」



 ユージーンな。


 あいつ、適当に土木工事の現場で働かせていたはずがいつの間にかラーメン屋のオークに弟子入りしてたんだよな。


 そんであいつの作る豚骨ラーメンがくっそ美味いのよ。

 あいつの師匠であるオークは豚骨ラーメンということであまり嬉しそうでは無かったが。



「で、肝心の行き先は?」


「――東の果ての国、ヤムートだ」



 俺はその国の名前に、笑顔で凍りついた。





――――――――――――――――――――――

あとがき

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