第41話 神魔王、不敵に嗤う







「先生、どこ行っちゃったのかな?」



 午後から始まるクラス対抗の決闘戦。


 エルト・ハルトマンは、担任の教師の居場所が分からず緊張していた。



「ねえ、キーラ。本当に先生の居場所は知らないの?」



 レリーナがシュトラールを呼びに行ったキーラに問いかける。


 すると、キーラは困ったように言う。



「うーん、ごめん。分かんない。なんか途中で『用事思い出したから作戦会議は行けねー』って言ってどっか行っちゃったんだよねー」


「ひひ、せ、先生なら言いそう、へへ」


「いや、流石にそこまで無責任じゃ……。駄目だ言いそうで擁護できねぇ!!」



 ミナとカインが高らかに笑いながら言うシュトラールの姿を想像する。


 悲しいほど信頼が無いシュトラールだった。



「いない人のことを考えても仕方がないわ。作戦はあらかじめ用意していたものを採用しましょう。あとは臨機応変に」


「う、うん、そうだね」


「ひひ、が、頑張ろ、へへ」


「おう!!」


「そだねー」



 その時、マイク越しの実況の生徒の声が控え室まで響く。



『さあ!! 盛り上がった第一試合の次は今学園戦祭イチの注目株!! Fクラスと!! もっとも人数が多いCクラス!! 物量では圧倒的にCクラスが有利ですが、Fクラスにはゴーレムマスターのエルトがいます!! これはどうなるか分かりません!! どう思いますか、解説のお二人は!?』


『楽しみですねぇ』


『集団戦は指揮官の指示を如何に適切に受け止めるかが重要で――』


『セレナ様の話は無駄に長ったらしいのでカットします!! 生徒たちの入場です!!』


『……無駄に長ったらしい……』



 エルトが全員の顔を見る。エルト以外の全員も、互いの顔を見ていた。



「行きましょう。目指すは優勝よ」


「うん」


「ひひ、う、うん、へへ」


「おう!!」


「りょ」



 レリーナを先頭にFクラスの五人が決闘場へ足を踏み入れる。


 同時に周囲から歓声が上がった。

 もう彼らを落ちこぼれの無能と侮る者は一人もいなかった。


 Fクラスの士気は上々。


 対ゴーレム軍団を想定してか、隊列を整えてFクラスと向かい合うCクラスの生徒たち。



――状況は、一瞬で変化した。



 突如として決闘場上空に出現した、謎の黒い球体によって。


 観戦席に座る一般人や生徒、教師たち。


 戦いというものを知らない普通の人間ですら怖気おぞけで立っていられない程の、強烈な存在感があった。



『な、なんだ? 急に上空に黒い球体が……。おい!! 情報部!! あれなんだ!?』


『……馬鹿な……』


『あ、有り得ませぬ!! なんだあの神気は!!』



 困惑する実況の生徒に対して、反応を見せたのはレルゲンとセレナだった。



『お二人はご存知なのですか!?』


『……あれは、強大な神気の塊です。しかし、不安定でいつ爆発するか分からない』


『急いで生徒と民間人の避難を!! 騎士団は総員で避難誘導を行え!! これは訓練ではない!! 繰り返す!! これは訓練ではない!!』



 セレナの発言にハッとして、その場の誰もが動き始める。


 決闘場の警備に当たっていた騎士団が真っ先に動いて、民衆がパニックに陥る前に避難誘導を開始した。


 しかし、ここで更なる異常事態が発生する。



「な、なんだ!? 出られないぞ!!」


「見えない壁がある!!」


「くそ!! どうなってんだ!!」


「ちょっと、押さないでよ!!」


「ママぁ〜っ!!」



 学園戦祭の観戦に訪れていた民間人が出られないよう、決闘場全体を覆うようにドーム状の結界が張られているようだった。


 決闘場に用意された特別席で、アルテナティアが不快そうに呟く。



「まったく、忌々しい。死してなお妾に楯突くとは愚行の極みぞ」



 そう言って人差し指を空中に浮かぶ黒い球体へ向けるアルテナティア。



「神威魔法・神炎焔しんえんほむら



 アルテナティアの指先から、太陽を彷彿とさせる巨大な白い炎の塊が出現する。


 ただの熱の余波で周囲の物体が焦げ始め、一部は融解してガラスのようになる熱量。

 常識を超えた一撃が、黒い球体に向かって放たれた。


 その神の如き超熱量攻撃は、その場に居合わせた者が目を見開く程の威力が確かにあった。


 あった、はずなのに。



「……馬鹿な。何故効かぬ?」



 すべてを消し飛ばす圧倒的な熱量だったはず。


 しかし、黒い球体にはまるで攻撃が効いていなかった。


 まるでアルテナティアの攻撃に耐性でもあるかの如く。

 その時、アルテナティアは黒い球体が放つ神気に別の魔力が混じっていることに気付いた。



「くふふ、シュトラールの魔力か。道理で妾の攻撃に耐性があるわけだな。あやつめ、油断して捕まりでもしたか? 魔力を大量に奪われておるではないか」



 少し小馬鹿にしたような言動だったが。


 アルテナティアは血走った目を見開いて怒りで身体を震わせていた。



「おい、貴様。誰の許可を得て、妾の愛しのフィアンセの魔力を使っておる。――滅すぞ」



 アルテナティアが魔法を複数同時に発動する。


 そして、彼女は自らの権能も発動した。


 シュトラールの魔力を奪い、一時的に得た【人】の権能であるあらゆる攻撃への適応を持つ黒い球体は、普通ならば殺せない。


 その権能を突破し、対象を殺すには二つの方法がある。


 一つは超火力で耐性が付く前に一気に仕留める方法。

 もう一つは、完全初見の攻撃を連続して殺す方法だ。


 アルテナティアが取った方法は――



無限絶神光むげんぜっしんこう



 その両方だった。


 圧倒的な超火力攻撃を絶え間なく行うアルテナティア。


 彼女の【神】の権能は、万物を生み出す力だ。


 その生み出す対象は、魔法も例外ではない。


 シュトラールを仕留めうる初見の攻撃をコンマ一秒単位で創造し、それを自身の魔力任せに発射しまくるだけ。


 シンプル故に恐ろしい火力だった。


 黒い球体は攻撃に絶えられないと判断してか、触手を伸ばしてアルテナティアを攻撃する。



「セレナ」


「御意」



 神剣を抜いたセレナが、その触手を全て斬り伏せる。


 目にも留まらぬ早業だった。


 アルテナティアは攻撃に集中し、黒い球体が消滅するのも時間の問題――かに思われたが。



「む、しまったな」



 アルテナティアが「やべ、やっちまった」みたいな顔をする。



「奴め、妾の神気を吸収しおった。ふむ、これが狙いだったのか? 妾の神気から奴の残滓を抽出し、先に肉体を生成してから魂を復活させる気か? それでは完全に別の生き物になるが……」


「猊下? あの、それはどういう?」


「なに、妾以上の怪物が生まれ落ちるだけの話よ」


「!?」



 アルテナティアがそう言うと同時に、黒い球体が決闘場の中央に落ちた。

 すると、その中から人の形をした何かが目を覚ます。



『私は女神クリシュ』



 脳に直接響いてくる声だった。


 決闘場に結界で閉じ込められた全員が、その美しい声に脳が震える。



『女神の名において、その地位を簒奪せし神魔王アルテナティアを葬る』


「はっ、ぬかせ!!」



 アルテナティアが不敵に嗤う。


 聖都の住人たちが簒奪という言葉に驚愕するが、アルテナティアは意に介さない。


 全力の闘争。

 殺していい相手というものを見つけて、テンションが上がってしまったのだ。


 神と魔王の殺し合いが、始まった。











 そして、教師用の観戦席では。



「くっ、何がどうなっている!?」



 カレーを食べ終わったウルコが、困惑した様子で空を見上げていた。


 見たことのない、まるで神話の体現とでも言うべき戦いに恐怖で身体が震えている。


 そこに、小太りの中年男が一人駆け寄ってきた。



「ウルコくん!! 無事かね!?」


「学園長!? ここは危険です!! 早く退避してくださ――ごふっ」



 ウルコの腹から、剣の尖端が突き出た。



「学園、長?」


「……すまんな。君は優秀だから、決闘場に張った結界を解除しかねない。ここで死んでくれ」


「まさか、これは貴方が……?」


「そうだよ。全ては正義のためさ。偽りの女神に奪われた全てを取り戻すためのね」



 いつもは人の顔色を窺ってばかりの学園長が見せた表情は、恐ろしく冷たいものだった。



「くっ!!」


「……転移魔法か。まあ、その傷では大したことはできまい。念入りに刃には毒を塗っておいたからね」



 朦朧とする意識の中、ウルコは転移魔法で決闘場を覆う結界の外へ出た。


 もっとも、保有する魔力の関係で大した距離は移動できない。


 彼が転移魔法で逃れた先は偶然か必然か。


 人気の無い校舎裏であった。





――――――――――――――――――――――

あとがき

「ウンコ先生嫌いじゃないよ」「学園長とか意外スギィ!!」「続きが気になる!!」と思った方は感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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