第42話 大魔王、けらけら笑いながらやって来る







「神威魔法・命光輪めいこうりん



 アルテナティアが魔法を発動した。

 すると、彼女の背後に眩しくも神々しい、黄金の輪が出現する。


 自身の生命力を強化し、あらゆるダメージを即座に回復するという、ぶっ壊れ性能の魔法だ。


 これ以降、アルテナティアにとって死という概念は存在しなくなったも同義。

 防御を捨てた超攻撃的な行動が可能となったのだ。



「神威魔法・天絶閃てんぜつせん



 それは極限まで肉体を強度を上げ、光に及ぶ速さを得る魔法だ。


 アルテナティアの自己強化は止まらない。


 しかし、いくら己の能力値を引き上げたところで【人】の魔王シュトラールの魔力を奪い、その性質を持つ女神クリシュを殺し切ることは不可能だ。


 故に、更なる強化を施す。



「無限絶神光・拳纏けんてん



 あらゆる超火力魔法を次々と想像して放つ無限絶神光を、超神がかり的に緻密な魔力コントロールで拳に纏わせる。


 ただし、今度は女神クリシュに神気を吸収させて強化しないよう神気を抑える。


 これによって、女神クリシュにダメージを与える準備は整った。



ね、旧き支配者」



 アルテナティアが大地を蹴る。


 それだけで地面は沈下し、衝撃波が周囲のものを吹き飛ばした。



「無駄よ」



 女神クリシュが言葉を発する。



「む」


「私はお前と違って紛い物じゃない、本物の神なのよ。偽物の攻撃が当たるわけないでしょう?」



 アルテナティアの拳が、女神クリシュに触れる寸前で止まる。


 まるで見えない壁に阻まれているかのようだった。



「くふふ、ならば突き破る」



 アルテナティアが不敵に嗤い、見えない壁に拳を押し込む。


 ピキッという音が聞こえて、クリシュは動揺した。



「ば、馬鹿な、私の万能結界が!?」


「大層な名前だな。無能結界に改名してはどうだ?」


「くっ、ふ、ふざけ――へぶっ」



 バリィイイイイインッ!!!!


 ガラスが砕けるような音と共にアルテナティアの拳がクリシュの顔面に炸裂する。


 相手が人間だったならば、その一撃で肉塊と化す程の威力だった。



「くっ、よ、よくも、私の顔を殴ったわね!! 私の美しい顔を!!」


「くふふ、戯言を。この宇宙で最も尊く美しいのは妾。貴様のように醜悪な顔なぞありふれておるわ、醜女ブサイクめ」



 クリシュは絶世の美女だ。


 アルテナティアが言うようにありふれたブサイクなどでは決して無い。


 しかし、アルテナティアの美貌の前では霞む。


 アルテナティアの言うこともまた、間違いでは無いのだ。



「こ、この、不敬者がああああああああ!!!!」


「不敬は貴様であろう? 妾の美しさを称え、敬い、喝采せよ。できぬならば逝ね!!」



 そうして始まったのは、インファイト。


 超至近距離から拳を振るう戦い。


 しかし、女神クリシュからアルテナティアへの攻撃は当たらない、当たらない、当たらない。


 対してアルテナティアから女神クリシュへの攻撃は顔面、みぞおち、脇腹……。


 全てがクリティカルヒットだった。



「ぐっ、げはっ、な、なぜ……なぜ私が勝てない!?」


「当たり前であろう? 本来の貴様ならばもう少し苦戦したであろうが、今の貴様は紛い物。偽物の存在だ」


「馬鹿なことを!! 私は女神クリシュ!! この世界の絶対的な支配者よ!!」


「では貴様、自分の記憶はあるか?」


「な、なに?」


「自分の記憶はあるのかと聞いている」



 アルテナティアの言葉に、女神クリシュは答えられなかった。


 何故ならアルテナティアの言う通り、クリシュは何も覚えていない。

 ただ自分が女神であり、目の前のアルテナティアが己を裏切った魔王の一人であることしか分からない。



「無いであろう? 貴様は妾の神気や魔力から抽出した女神クリシュの残滓を元に作られた、いわばクローンのようなもの」


「違う、わ、私はこの世界の――」


「何も違わぬ。貴様は死した存在の出涸らし。それが神を名乗るだと? くふふ、笑わせるな。腹がよじれる」



 クリシュは否定できなかった。



「違う、違う違う違う違うッ!! 私こそが女神ッ!! 真の支配者ッ!! 私に逆らうなッ!! 私こそがルールであり、絶対ッ!!」



 クリシュの様子がおかしくなる。


 全身から黒いオーラが立ち上り、影が触手のように蠢く。



「そうよッ!! お前を殺して私は神の座を取り戻すッ!!」


「無駄なことを。貴様では妾を倒せぬというに」


「倒すための力をここで得るのよッ!! ここには生贄が大勢いるものッ!!」



 クリシュの触手が向かった先はアルテナティアではなかった。

 決闘場の出口付近でパニックに陥っている生徒たちと、学園戦祭の観戦に来ていた聖都の住民たちであった。


 触手が次々と人々を襲い、その魔力を吸収、増幅して自らの力とする。


 しかし、事はそう上手く行かなかった。



「ぐはっ、げほっ」


「愚かな。魔力は多種多様な性質を持つ。それを一つにまとめて吸収するなど、ただの自殺行為。魔力が体内で爆発して終わりだな」



 つまらない閉幕に興味を失ったのか、アルテナティアが背を向ける。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」


「む?」



 アルテナティアが異変を察知して振り向くと、そこにはグロテスクな肉塊となった女神クリシュの姿があった。


 女神の面影は無く、その見た目はただただ気持ち悪い。


 アルテナティアは初めて生理的嫌悪感というものを抱いて、目の前の肉塊を葬り去ろうと神気を抑えた無限絶神光を放つ。



「む、妾の攻撃が効かぬだと? いや、効いてはいるな。即座に治癒しておるのか。妾の命光輪と同じ原理か?」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」


「まったく、本当に面倒な。これでは殺せぬではないか。――ふむ、攻撃の出力を二割に引き上げるか? む?」



 その時だった。


 不意に決闘場を覆う結界にヒビが入ったのは。



「来たか」



 アルテナティアが見上げた空には、黒髪の美しい少女が一人。


 正確には少女の形をしたゴーレムだが、その精巧な作りは本物のようだった。



「どっせい!!」



 そんな掛け声と共に結界を破壊し、侵入してきたのは魔王シュトラール――の、分身体だった。



「アルテナティア、状況は?」


「女神を自称する醜女ブサイクが蘇ったのでボコボコにしたら触手が生えて人間を襲い始めた」


「ごめん聞いといてなんだけど意味分かんね」


「思ったより来るのが早かったな」


「本体とのパスが切れたんだ。何かあったと思って急いで来た」


「そうか。シュトラールの本体は、今頃どこかに封印されて魔力リソースになっているであろうな。放っておいたら数百年は出てこられぬぞ」


「ちっ」



 分身体シュトラールが舌打ちする。



「本体を探しに行きたいところだが……。あの肉塊が女神、なのか?」


「うむ。まったく汚らわしい。しかし、あれを駆除するには妾では些か火力不足だ。シュトラールよ、お主は?」


「無いことも無い、けど」


「けど?」


「あんまり使いたくない奥の手だし、万全の状態――一度、本体を見つけて魂を統合しないと使えない」


「ならば案ずるが良い。妾の分身体に既に捜索させている。もうしばらく時間はかかるだろうがな」


「……使わないぞ。使ったら弱体化するし」



 嫌そうに言うシュトラールに向かって、アルテナティアはニヤリと楽しそうに嗤った。



「ほう? 大事な生徒がいつ触手に殺されても知らんぞ?」


「そ、それは……」



 分身体シュトラールは、本体シュトラールから常に情報を受け取っていた。

 そのため、Fクラスの生徒たちと過ごした日々のことを知っている。


 分身体シュトラールは、苦々しい顔で頷いた。



「ああ、もう。ちくしょうめ、分かった分かった。やるからとっとと本体を見つけて――ん?」


「どうした?」


「いや、なんか本体とのパスが繋がった。封印を破ったのか?」


「まだ妾の分身体はお主の本体を見つけておらんぞ?」


「なら、誰が?」



 それから僅か数十秒後。



「すまん、封印されてたわ」



 けらけら笑いながら、シュトラール本体が決闘場に到着するのであった。


 



――――――――――――――――――――――

あとがき

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