第36話 大魔王、Fクラスの根性を叩き直す






 グラウンドに出た俺は、Fクラスの生徒に向かって短く一言。



「さあ、来い」


「「「「「え?」」」」」


「聞こえなかったか? どこからでも掛かって来い。五人同時にな。来ないならこっちから行くが」



 物事を諦め、絶望している人間を動かすのは薄っぺらい勇気でも激励でもない。


 その絶望を更に上回る絶望だ。


 分かりやすく言うなら、仮に夏休みの宿題をやらない子供がいたとしよう。


 その子供にこう問いかけるのだ。

 宿題をやるか、あるいは始業式で先生にばちくそ怒られるのとどっちが良いか、と。


 当然、子供は怒られるよりも宿題をやる。


 ……まあ、前世の俺は怒られてもやらないタイプだったが。

 少なくともFクラスの生徒たちは違う。



「言っておくが、俺は一切の手加減をしない。本気で来ないと――死ぬぞ」



 殺気を放つ。


 人間の本能的恐怖を刺激する、絶対的な死の匂いを辺りに振りまいた。


 魂を分割している今の俺は半分の力しか出せないが、躊躇を捨てた本気の殺気である。

 Fクラスの生徒たちは全身をガクガクと震わせ始めた。


 ……気絶しないのは驚いたな。


 Fクラスの生徒たちは、意外とメンタルが強いのかも知れない。



「ひっ」


「くっ」


「やば……」


「ひ、ひひ」


「うっ」



 最初に狙ったのは、完全にビビって腰が引けているカインだ。


 彼が剣を抜くよりも早く、俺の拳が胴体を正確に打ち抜く。



「がはっ!!」


「カイン!?」


「安心しろ。あとで治癒する。死にはしない」



 まあ、相当な痛みはあるだろうが。



「くっ、こ、このっ!!」



 まず動いたのは、レリーナだった。


 呪文を詠唱し、魔法を発動する――よりも先に俺は彼女の喉を殴り潰した。



「がひゅっ!?」



 そのまま胴体に蹴りを入れ、吹っ飛ぶ方向に先回りして背中に一撃をぶち込む。


 レリーナは気絶した。



「ひひ、こ、これなら、へへ」



 不気味な笑い方が特徴的なミナが、俺に向かってフラスコのようなものを投擲する。

 俺はそれを拳で破壊したが、中に入っていた液体を頭から被った。


 してやったり、という顔を浮かべるミナ。



「ほう……ヒュドラの毒……の、模造物か」


「え? な、なんで? ひひ、効かないの? へへ」


「昔、本物を浴びたことがあるからな。もう耐性がある。残念だったな」



 ミナの胴体に拳を叩き込み、意識を沈める。


 さて、お次は……。



「エルトっち、ゴーレム召喚して!!」


「う、うん!!」



 ふむ。

 キーラが指示を出してエルトがゴーレムを召喚し始めたらしい。


 しかし、遅い。


 俺は召喚されるゴーレムを片っ端から叩き潰し、スクラップに変える。



「まじでバケモンかよ!!」



 悪態を吐くキーラに接近し、顎を打ち抜くべく拳を振るった。


 驚いたのは、キーラが首を捻って回避したことだろう。

 そのままカウンターで魔法を放とうとするが、やはり遅い。


 俺は身を翻してキーラの魔法を躱し、脇腹に蹴りを入れた。



「う、うわあああああああああああっ!!!!」



 半狂乱になったエルトがゴーレムを押し寄せさせるが、その尽くを破壊。


 無防備となったエルトを沈めて、戦闘は終了した。



「……ふぅ。さて、治療するか」



 俺は全員に治癒魔法をかけた。


 傷跡一つなく、全員が自分の身に何が起こったのか理解できないでいる。


 念のため精神保護魔法をかけて、恐怖で発狂したりしないようにしておく。


 心が壊れたら元も子もないからな。



「さて、お前らに聞こう」


「「「「「っ、は、はい」」」」」


「俺を倒すのと、学園戦祭で優勝するの、どっちの可能性が高いと思う?」



 笑顔で話しかけると、五人は即答した。



「「「「「が、学園戦祭ッ!!!!」」」」」


「いい返事だ。じゃ、明日から放課後特訓な」



 それだけ告げると、エルトたちはとぼとぼと校舎の方へ歩いて行った。



「なんだか少し、荒れてマスネ」


「……なんでいるんだよ、裏切り骨野郎め」



 俺も校舎に戻ろうとしたら、聞き覚えのある声がした。


 この前、俺を見捨てて一人だけ逃げたグルムンドである。



「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ。誰かに見られたらどうする」


「隠蔽魔法で姿を隠しているので大丈夫デス。それより、なんであんな乱暴なことヲ? 普段のシュトラールさんなら、もう少し平和的なやり方をするでショウ?」


「……気に入らないんだよ」



 我ながら、子供っぽい理由ではあると思う。



「何が?」


「ああいう、色々な可能性があるのに諦め切っている馬鹿共が昔から大嫌いなんだ。泥臭く最後まで諦めないしぶとい奴の方が、応援したくなるだろ」


「さて、ワタクシには分かりまセンネ。人間のことは嫌いじゃないデスガ、人間は人間だと思っていますノデ」



 グルムンドが俺の顔を横から覗き込む。



「しかし、あれは少しやり過ぎデハ? 嫌われてしまいマスヨ」


「……手加減はしてただろ」



 手加減しないと言ったが、あれは嘘だ。


 俺が本気で人体を殴ったら、相手は肉片一つ残さずに消滅する。


 殺気は本物だったがな。



「暴力で訴えるのではなく、先に話し合うベキ。貴方がいつも言ってるではありまセンカ」


「……ああ、もう!! 分かった分かった!! あいつらにはちゃんと謝罪する!! 俺があんなことした理由も説明する!! だからそんな目で俺を見るな!!」


「カカカカカカカカ!!!! 分かってもらえたなら良かったデスヨ!!」



 そう言って、グルムンドは転移魔法で帰って行った。

 ……あいつは結局、何をしたくて俺のところに来たんだ?


 分からん奴だ。



「……はあ。でも、たしかにガキみたいだよなあ。色々重ねて八つ当たりするとか……全然魔王らしくない。カッコわる」



 自嘲しながら教室に戻ると、扉の向こう側からエルトたちの声が聞こえてきた。



「呪文を唱えている間に身を守る手段が必要ね」


「僕のゴーレムに盾を持たせる、とか」


「んー、有りだけど、ワンパンでゴーレム潰されてたし意味無いと思うなー」


「な、ならよ!! 潰されるの前提でゴーレムにトラップでも仕掛けておくのはどうだ!?」


「ひひ、な、なら、潰した瞬間に毒が噴射するようにしよ、へへ。ひゅ、ヒュドラの毒じゃ駄目だったし、もっと強力な毒、作ってみるから、ひひ」



 ……まじか。


 あいつら、俺を攻略するための作戦を話し合ってんのか?


 さっき一方的にやられてたのに?



「……すっげー」



 自分たちから難易度が高い方を選ぶのか。


 ……これは、俺の方が馬鹿だったな。


 俺はわざと大きな音を立てて教室に入り、教壇の前に立った。



「お前ら、すまん!! ちょっとやり過ぎた!!」



 そして、頭を下げる。


 ダンジョンの連中が見たら卒倒するだろうが、今は気にしない。


 その次の瞬間。



――ガキンッ!!!!



 カインが俺の頭に剣を振り下ろした。


 しかし、俺の頭の方が硬く、カインの剣が半ばでへし折れる。



「マジかよ。オレ今、ちゃんと刃の部分で斬ろうとしたよな?」


「ガチでバケモンじゃん……。うーん、これは本格的に学園戦祭で勝つ方が楽かもねー」


「ひひ、だ、だね、他のクラスの食事に毒でも混ぜる? へへ」


「そ、それは流石に駄目よ」


「超小型のゴーレムを作って、それに毒を盛らせたら証拠も残らないかな?」



 どうやら五人の話題は俺を倒す話から、学園戦祭で勝つ方法に変わったらしい。


 いや、違う。

 まさかとは思うが、学園戦祭で勝利し、俺をも倒すつもりなのだろうか。



「ちょ、お前ら、一回俺の話を……おい、おーい!!」


「「「「「先生、うるさいちょっと黙って」」」」」


「あ、ハイ」



 一応、謝ったってことでいいのか? これは。






――――――――――――――――――――――

あとがき

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