第35話 大魔王、Aクラスの教室に移る





 エルトがクソリーダーを一方的にボコボコにして、生徒を使った決闘は俺の勝利となった。


 Aクラスの生徒からは「卑怯だ!!」とか「正々堂々戦え!!」などの批難が殺到したが、ここで彼らを止めたのは、意外にもAクラスの担任であるウンコ先生だった。


 ウンコ先生曰く。



「今回の決闘は負けを認めよう。相手がFランクの生徒だからと侮り、策を練らなかったのは私だからな。しかし、このまま黙っているつもりはない!! 三ヶ月後の学園戦祭では私が勝つ!! 土下座の準備をして待っていろ!!」



 とのこと。


 あれだけ惨敗しておいて、こちらを卑怯とは言わず、次こそは勝つと息巻いていた。


 ああいう姿勢の奴は、嫌いじゃない。


 俺の生徒を侮辱したことは許せないが、根は悪い人間じゃないのかも知れないな。

 ……アルテナティアの弱肉強食思想のせいで嫌な奴になってるだけで。



「せ、先生、本当に、この教室を僕たちが使うんですか?」


「おう、そうだ。お前の戦利品だからな。好きに使おうぜ」



 俺はエルト含めた五人の生徒と共にFクラスの教室となった、元Aクラスの教室にやってきた。


 ボロボロだったFクラスの教室とはまるで違い、掃除が隅々まで行き届いており、アルテナティアのお気に入りである黄金の装飾がいたるところに施されている。


 ……相変わらずセンスが悪いな。


 なんて思っていると、同じFクラスの生徒たちが恐る恐るAクラスの教室に足を踏み入れる。



「わー!! 広っ!! めっちゃ良いじゃん!! あーしここの席にするー!!」


「ちょ、ちょっと、キーラ!!」


「ふひっ、ひ、ひひひひ広いなあ、へへ」


「……この教室、本当にオレらが使っていいのかよ?」



 全員、そわそわしていた。


 そりゃそうか。

 今までが最悪な環境だった彼らにとって、Aクラスの教室は魅力的だったのだろう。



「問題ないぞ。決闘の戦利品だからな。くっくっくっ、今頃Aクラスの連中はあのボロ校舎でタコ部屋状態だろうな」


「せ、先生、顔が悪人っぽいです」



 魔王だからな。それは褒め言葉だ。



「……つってもよ、あの勝ち方はどうかと思うぜ」


「ん? 何か不満か、カイン」



 若干口を尖らせて不満気なのは、Fクラス唯一の少年カインであった。

 あ、唯一ではないか。エルトも一応、男の娘だからな。



「いや、不満つーかよ。物量戦はたしかに有効だけど、男がやることじゃねーだろ」


「ならカインだけFクラスの教室に行けばー?」



 カインに嫌味ったらしく言うのは、ギャルのキーラであった。



「は、はあ!? な、なんでだよ!!」


「だってあーしら、今回なんもしてないし? 完全にエルトと先生のおこぼれじゃん。文句あるならAクラスの教室使うのは違うっしょ」



 おお、このギャルっ娘、見た目に反して弁えているというか、良い子そうだぞ!!



「ってか、ねーねー!! 先生って結構お金持ってるヤバイ人だったりするー?」


「ん? なんだ、藪から棒に」


「だってぇー、エルトにオリハルコンとかあげたんでしょー? あーしも欲しいなーって!! もしくれなら、ちょっとイイコトしてあげても――」


「ちょっと、キーラ!! 貴女、実技も筆記も成績が良いのに、それが学園にバレてFランク落ちしたんでしょ!! いい加減凝りなさい!!」



 んー、あっ。そういうことか。


 キーラはそういうことをしてお金を稼いでいたことがバレてFランクになったと。


 意外と人格面も学園側は気にしているのか?


 いや、だったらクソリーダーみたいないじめっ子がAクラスにいるのはどういうことだ。


 ……まさか誰も気付いていないとか?

 あるいはクソリーダーの親が権力者だから忖度しているとか?


 後者の方が有り得そうだな。


 それはそうと。



「悪いな、キーラ。俺は勃たんからそういうことは出来ないんだ」


「えっ……」


「は?」


「ふひ、へへ?」


「まじか」


「……先生……そうだったんですね……」



 ん? あれ? 何故か生徒たちの視線がやたらと生暖かくなったような……。


 キーラが俺の肩を優しくポンと叩く。



「ご、ごめん、先生。あーし、先生が男として問題抱えてるとか思ってもいなくて……」


「いや、待て。お前ら盛大な勘違いしてるぞ」


「い、いや、何も言わなくていいからよ!! オレらは先生の味方だからさ、な!?」



 何かを察したようなカインが、各生徒と顔を見合わせて頷く。



「だから違うって!! 俺、結構年齢行ってるの!! 性欲が無いだけなの!!」


「そ、そうだよな、おう!!」


「その『大丈夫、俺らは分かってるから』みたいな顔やめろ!!」



 その後。

 どうにかして誤解を解いた俺は、生徒たちにあることを訊ねる。



「ところでお前ら、学園戦祭ってなんだ? 戦う祭りって時点でかなり物騒に聞こえるんだが」



 ウンコ先生が言っていたが、聞き慣れない言葉だった。

 字面からして何となく想像はできるんだが……。


 俺の問いに答えたのは、レリーナだった。



「年に一度のイベントです。各クラスから代表を選んで様々な競技に出るんです。大規模な決闘大会ですね」


「あー、体育祭みたいなものか」


「毎年死傷者が出るので、私達は不参加でしたけどね。どうせ勝てはしないので」


「……生徒同士で殺し合いさせるとか、まじでどうなってんだ、この学園は」



 しかし、そうか。学園戦祭か……。



「良いな、それ。今年は参加するぞ。んで優勝だ」


「「「「「は?」」」」」



 俺が教師になったのは、アルテナティアから魔核石を貰うため。


 そして、その条件は弱者が強者を喰らう様を見せて奴を楽しませることだ。


 学園戦祭とやらにはアルテナティアも来るだろう。

 それまでにFクラスの生徒を鍛えて、学園戦祭で優勝させる。


 アルテナティアも満足するだろう。


 しかし、レリーナたちは眉を寄せて無理だと首を横に振る。



「優勝は不可能です。そもそも実力が足りない。キーラなら可能性はあるでしょうけど……」


「いや、あーしも無理。一人とか二人のAクラス生なら何とかなるけど、Aクラスって五十人以上いるし」


「ふひ、え、ええええ、エルトくんのゴーレム戦術なら何とかなりそうだけど、わ、私たちは無理ですよぉ、へへ」


「そ、そうだ!! オレらが参加しても大怪我するだけだ!!」



 なんだ、こいつら。



「なっさけねー。負け犬根性が染み付いてらあ」


「……な、なんですって?」



 レリーナが俺をキッと睨む。



「無理とか不可能とか、やる前から言うなよ。せめてやってから言え。エルトだって俺の策と支援有りでだが、Aクラスの奴に勝っただろうが。お前ら、一回でもやったのか?」


「そ、それは……」


「人間、生きてたら誰しも諦める経験はあるもんだ。だがな、ガキの頃から諦めてちゃまじでつまんねーもんになるぞ、お前らの人生」


「「「「「……」」」」」



 俺の言葉に全員が黙り込む。


 しかし、響いてはいない。本当に、負け犬根性が染み付いている。


 唯一エルトだけは拳を震わせているが……。

 それでも不可能だと思っているのだろう。他の生徒と同様に何も言わない。



「しょーがない。お前ら、外に出ろ」


「え?」


「たかが学校の中で絶望しているお前らに、本物の絶望がどういうものか教えてやる」



 俺はそれだけ言い残して、教室を出るのであった。







――――――――――――――――――――――

あとがき

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