第34話 大魔王、策を弄する
『さあ!! 今回の決闘!! 対戦するのはまさかのFランク対Aランク!! 無謀な挑戦と言うほかない!! 何らかの秘策があるのか、実に楽しみです!!』
決闘場の解説席で生徒の一人がマイクを片手に声を張り上げた。
同時に、観客たちが笑い声を上げる。
それはエルトに向けられた嘲笑だ。
AランクにFランク如きが勝てるわけないという固定観念で凝り固まっている証拠だろう。
『さあ!! 対戦する生徒の紹介です!! まずはAランク!! ジーク・アルフォン!! 父君には教皇猊下をお側で支える大臣を持つ、聖騎士団への入団を約束されているエリート中のエリートです!! ファンクラブも存在しており、その大半が美少女!! くたばれイケメン!! 死ねイケメン!!』
ウンコ先生が選んだAランクの生徒は、あのクソリーダーだった。
たしかに顔は良かったが、ファンクラブまであるのか。
性格は最悪だってのに……。
教国の女は男の趣味が悪いなあ。
んん?
教国の頭であるアルテナティアに好かれている俺はどうなるんだ?
まあ、細かいことは気にしない方針で行こう。
それにしても、随分と私情を挟む実況者だな。
『続いてはFランク!! エルト・ハルトマン!! 筆記試験はそこそこ、実技試験は最低評価の生徒!! ただし、顔は美少女と間違うほど美しい!! 女子よりも男子から人気がある男子!! この学園でFランクは見下されて然るべきものですが、私個人としては彼を応援したい!!』
あれ? 意外とエルトって人気があるのか?
ジークの時は暴言マシマシだったけど、エルトには少し優しいな。
『さあ、決闘のゴングが今――鳴りました!!』
決闘が始まった。
それと同時に、エルトがクソリーダーに背を見せて逃げ出す。
『おおっと!? い、いきなりエルトが逃げた!? 痛い思いをする前に棄権するつもりでしょうか!?』
「ぷっ、だっせー」
「まあ、相手がAランクだしね」
「あはは、がんばれー」
観客が野次を飛ばす。
と言っても、それはエルトが負けることを前提とした同情同然の声援であった。
「あれが秘策ですか? もしかして、逃げ回って相手の体力や魔力が切れるのを待つと?」
俺の隣で決闘場を見ていたレリーナが不快そうに俺を睨みつけてくる。
なんか敵意のある物言いだなー。
「言っておきますけど、無駄ですから。Aクラスは別格です。魔力はともかく、体力は確実にエルトの方が先に尽きますよ」
「分かってるよ。見るからに体力なさそうだしな、エルトは」
「だったらどういうつもりなんですか?」
「まあ、見てろって」
決闘場に視線を戻す。
エルトは決闘場の端まで移動し、真っ直ぐジークを見据えた。
ジークがエルトを嘲笑する。
俺の魔王的な聴力は、ジークの独り言を聞き取った。
「ふん、雑魚が。痛めつけて吊るし上げてやる」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべるジーク。
残念だったな、それはお前だ。
『おや!? エルトが懐から何かを取り出した!! あれは……召喚魔法の魔法陣が描かれた布でしょうか?』
流石は実況、目が良いな。
エルトは懐から取り出した布を地面に敷いて、魔力を流し始めた。
「彼が、召喚魔法を?」
「ただの召喚魔法じゃないぞ。俺が教えた、超低コストの魔力で対象を呼び出せる特製召喚魔法陣だ」
「一体何を召喚させるつもりですか?」
レリーナの問いに俺が答えるよりも早く、エルトが召喚魔法陣を起動した。
眩い光と同時に、大きな影が魔法陣の中に現れる。
「あれは……」
『ゴーレムだ!! エルトがゴーレムを召喚したぞ!!』
そう、ゴーレム。
あれはエルトが決闘の前に自らの力で作った、今回の作戦の目玉。
ジークがエルトを嘲笑する。
「はっ。んな雑魚ゴーレム、何体いても……何体、いても……」
『なっ、お、多い!! めちゃくちゃゴーレムが多いぞ!! 10……20……30!! まだまだ増える!!』
俺はニヤリと笑った。
「レリーナ。戦いで一番大切なことが何か知っているか?」
「え? れ、連携とか?」
「残念。答えは圧倒的な物量だ。絶対的な個も、物量の前には無意味なんだ」
女神ですら、魔王十人という物量の前では滅ぶしかなかった。
例外はアルテナティアくらいだろう。
逆に言えば、アルテナティア以外の存在は全て物量で打倒することができる。
俺だって例外ではない。
アリアが一万人いたら死ぬと思う。やったこと無いから分からんが。
Aクラス? 知ったことか。物量の前ではただのカカシだ。
「な、舐めんじゃねぇ!!」
流石にまずいと思ったのか、クソリーダーがゴーレムに向かって剣を振るう。
恐ろしく速く、重い一撃だ。
鉄やそこらの金属で作ったゴーレムなど、秒でスクラップになるだろう。
あくまでも、鉄やそこらの金属で作ったゴーレムに限る話だがな。
――ガキン!!
クソリーダーの渾身の一振りは、ゴーレムの装甲があっさりと弾いた。
「な!? ば、馬鹿な!! この剣は最高品質のミスリルで作った魔法剣なんだぞ!?」
『な、何が起こった!? ジークの攻撃がゴーレムに効いていない!?』
クソリーダーも実況も何が起こったのか理解できず、困惑している。
「……オリハルコン?」
最初に答えに辿り着いたのは、俺のすぐ隣で決闘の成り行きを見守っていたレリーナであった。
「正ッ解!!」
「ま、まさか、ゴーレム全てが? ど、どこからそんな大量のオリハルコンを!?」
「俺の
ダメ押しってやつだ。
オリハルコンの装甲をゴーレムにまとわせることで、個々は大したことがないゴーレムを大したことある性能にした。
絶対的な個が圧倒的な物量で襲ってくる。
軽く恐怖であろう。
「くそっ!! 卑怯だぞ!! 正々堂々戦えよ!!」
クソリーダーがエルトに向かって叫ぶ。
「……」
「エルトのくせにふざけやがって!! オレに逆らったらどうなるか――」
エルトは何も言わなかった。
無視したのではない。集中しているのだ。ゴーレムの操作に。
俺が本当に怖いと思ったのは、数十体のゴーレムを同時に操作するエルトの集中力だ。
彼をFランクと評価した奴は馬鹿だな。
あの集中力は、どう考えても学生の中ではトップクラス。
お勉強と剣を振り回すだけで生徒を評価したのが大きな間違いだ。
「くっ、くそっ、お、おい、ふざけんな!! てめえ!! あとでどうなるか――へぶ!?」
「……」
最初は抵抗するクソリーダーだったが、たかがミスリルの剣でオリハルコンゴーレムを倒せるわけがない。
じわじわと、嬲り殺しにされる。
しかし、エルトは何故かピタリとゴーレムの動きを止めた。
む、集中力が切れたか……?
「は、ははは!! もうゴーレムの操作が限界みたいだな!! 雑魚のくせに調子乗りやがって!! ぶっ殺してや――へぶ!?」
次の瞬間、ゴーレムは再びクソリーダーをぶん殴った。
そして、ゴーレムたちが転倒したクソリーダーへ一方的に殴る蹴るの暴行を加え始めた。
「これはあの時の分、これもあの時の分。今のはあの時の分で、今のもあの時の分……。あはは、あははははははははッ!!!!」
エルトが満面の笑みを浮かべる。
無邪気な子供のように、心の底から笑っている。
「今まで散々僕のこといじめてくれたよなァ!!」
「ひっ」
「お前が今まで僕にやってきたこと、全部そのままやり返してやる!! 逃げるなよ? 僕は一度もお前から逃げなかったぞ。天下のAランク様が、Fランクから逃げるなよォ!!」
今まで鬱憤が溜まっていたのだろう。
可愛い顔に似合わず、苛烈な攻撃を絶え間なくクソリーダーにぶちかますエルト。
結果は圧勝の一言だった。
『しょ、勝負あり!! 勝者はまさかのエルト・ハルトマン!! Fランクが、Aランクを下したああああああああああッ!!!!』
こうして俺は、Aクラスの無駄に設備が整った教室をゲットするのであった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
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