第32話 大魔王、いじめっ子を床にめり込ませる
授業の始まりの鐘が鳴った。
鳴ったと同時にFクラスの生徒五人中四人が席を立ち、教室を出て行ってしまった。
「あ、あっれー? 今の鐘、終わりのチャイムだったりする?」
「えっと、す、すみません」
唯一教室に残った生徒、男の娘のエルトが申し訳なさそうに言う。
「皆、出席だけしたら自由行動しちゃうんです。どうせ授業なんか受けたって無駄だからって」
「無駄ってことは無いだろ。あれか、勉強なんて将来なんの役に立つんだ!! みたいな思春期特有のヤツか」
「いえ、そうではなくて……」
エルトが視線を逸らす。
「僕たちには、才能がありませんから。だから各々が自分の好きなように過ごしてるんです。図書室で読書したり、グラウンドの隅で剣の素振りをしたり」
「……なるほど。自分たちなりに考えた上での行動ってわけか」
本当なら、ここは教師としてビシッと言ってやるべきなのだろう。
しかし、ちょっぴり彼らの事情を考えてしまう。
この学園では、原則として弱者に居場所がない。本校舎と違って施設も充実しておらず、クラスメイトはたったの五人。
自分たちを見下す連中にギャフンと言わせることもできず、ただ無意味に日々を過ごす。
……アルテナティアめ。
なんちゅー教育方針をしてやがる。虐待のフルコースじゃねーか。
「……分かった。しばらくは何も言わん。それで、エルトはどうするんだ?」
「僕は……昔から何をすれば良いのか分からなくて、色んな人の真似ばかりしてきたっていうか……あはは、優柔不断って言うんですかね? 今までは担任の先生に言われるがまま、色々やってきました」
困ったように笑うエルト。その笑みはどこか無理しているようで、見ていて放っておけない。
仕方ない。
「なら、先生が最高に楽しいゴーレムの作り方を教えてやろう」
「え? ゴーレム?」
「そうだ。お前はさっき、自分らに才能が無いって言ったな? それは自分が知らんだけだ。人間、誰しも得意なことの一つや二つはある」
少し道徳っぽい授業をしよう。
どんなに欠点だらけな人間でも、必ず優れているところがある。
声が大きい、文字が綺麗、関節が柔らかい。
どれも取るに足らないようなものだが、どんなことにも使い道というものがある。
声が大きいなら伝令兵とか向いてるだろうし、文字が綺麗なら書記官とか、関節が柔らかいなら体操選手とか。
あ、最後のはちょっと違うか。
「で、でも僕は、何をやっても中途半端で……」
「中途半端、ね。10点満点中、10点を取るのはたしかに大切だぞ? だが、あらゆる分野で総じて5点を取るのも十分凄いことだ。ま、俺はあらゆる分野で10点満点中150点を取るがな」
「せ、先生、いいこと言ってるのに最後で台無しですよ」
「俺からすれば10点取る奴も大したことないって話だよ。だから、まずは何事でもチャレンジだ。自分には出来ない、向いてないって思ったら速攻でドブに捨てて次のチャレンジ!! ここ、テストに出るからね」
「ふふ、ふふふ」
エルトがくすくすと笑う。
さっきの無理したような笑みではなく、思わず出たらしい笑みだった。
お、おう、笑った顔はただの美少女じゃねーか。
……いや、美少女力では俺も負けていない。まあ、俺もエルトも立派な男なんだが。
「先生。じゃあ、ゴーレムの作り方、教えてください」
「よかろう。ならばまず、土魔法で――」
他愛ない授業が続く。
意外にも、エルトにはゴーレム作りのセンスがあった。
特にデザインが良い。
機能性を重視してしまいがちで無骨なデザインになってしまう俺とは真逆だが、そこそこの性能とカッコいいデザインのゴーレムだった。
うーむ、デザインに関しては負けてるかも知れない。
「す、凄い!! 先生、動きました!!」
「ああ、初めてでこれは中々だぞ。少し関節部分がガタついてるが、修正が利く範囲内だし、及第点だ」
正直、俺も少し楽しい。
ダンジョンにはゴーレム作りの楽しみを理解してくれる奴が一人もいなかったからな。
エルトとはゴーレム作り友達になれそうだ。
しかし、楽しい時間はそう長く続かなかった。授業の終わりの鐘が鳴ったのだ。
「ありゃ、もう一限目が終わっちまったか。ん?
どした、エルト? 震えてるぞ? 寒いのか?」
「あ、い、いえ、そうじゃ、なくて……」
その時だった。
不意に、Fクラスの教室の扉が勢い良く開いた。
もしかして、Fクラスの生徒たちが戻ってきたのでは!!
と思ったが、残念ながら知らない生徒たちだった。
生徒のランクを示す腕章には『A』という字が刻まれており、一目でAクラスの生徒だと分かる。
なんでAクラスの生徒がここに?
「ちーっす。ちっ、エルトだけかよ」
「Aクラスの生徒がどうしたんだ?」
「ん? あっ、あんたが新任の先生? ちょっとエルト借りてくけど良いよな?」
「そりゃ構わんが……」
なんだ、こいつ。
態度がデカイというか、無性に殴り飛ばしたくなるうざい顔だ。
他にも殴りたくなるような顔のAクラスの生徒がいたが、どうやらリーダー格の取り巻きみたいだな。
「よぉ、エルト。また遊びに行こうぜ」
「あ……う、うん、えっと、あ、あはは、そ、そう、だね……」
「いやあ、オレたち金無くてさー。やっぱ持つべきものは奢ってくれる友達だよなー。なあ?」
取り巻きがリーダー格の言葉にげらげらと下卑た笑い声を上げる。
ちっ、察したぞ。こいつら……。
やたらと怯えているエルトとそんなエルトの様子を見て笑うAクラスの生徒たちを前に、俺の不快感は絶頂に至る。
「あー、すまんすまん。先生、エルトに用事があるのを忘れてた」
「……え?」
「……あ゛?」
エルトは間の抜けた表情を見せて、リーダー格のAクラス生徒達が眉間に皺を寄せる。
「あー、よく聞こえなかったんすけど? もう一回言ってもらえます?」
「エルトに用事があるって言ったんだ。耳が悪いなら良い耳鼻科を紹介するぞ」
「……そっかそっか。先生、来たばっかで知らないんでしたっけ。オレ、この国の大臣の息子なんすよ。逆らったらどうなるか――」
「逆らう? 何も逆らっちゃいないが?」
親の権力を持ち出す奴はクソだ。
決めた。
こいつのあだ名はAクラスのリーダー格、クソリーダーにしよう。
自分が自由に振るっていいのは自分の権力だけだ。
親の権力を自分の権力のように扱うこのクソリーダーを、俺は心の底から軽蔑する。
というか、そっちのパパが大臣なら俺は王様だぞ。
……いや、そもそも生徒達の反応を見てからずっと思っていたが、何故誰も俺が魔王だって気付かない?
あれかな? 俺ってそんなに印象に残らない平凡な顔してるのかな?
「……じゃあ、本人に決めてもらいましょうよ」
「本人に?」
権力による脅しが通用しないと思ったのか、クソリーダーが方向性を変えてくる。
「なあ? エルト、お前もオレらと遊びたいよなあ?」
「えっ、あ、えっと、そ、それ、は……」
青ざめるエルト。ああ、これは多分、断れないんだろうなあ。
「せ、せん、せい、すみません。ぼ、僕は、その、皆と遊びたい、ので、用事はまた今度に……」
「ぷっ、ぎゃははははははッ!!!! そうだよな!! お前もオレらと遊びたいよな!! つーわけで、おっさんは黙って引っ込んで――ぷぎっ」
俺はクソリーダーの脳天を思いっきり殴りつけて、床にめり込ませた。
「……え?」
「「「「「へ?」」」」」
エルトもクソリーダーの取り巻きも、誰もがその場で硬直する。
「おいコラ、クソガキ。誰がおっさんだ。殺すぞ」
「「「「「ひっ!!」」」」」
Aクラスの生徒たちがその場で尻もちをついて、ガタガタと震え始める。
教師としては、いくらいじめを止めるためでも暴力はよくないだろう。
だが、俺の知ったこっちゃない。
Fクラスは、俺の受け持つクラスだ。
その生徒は俺の所有物であり、何人たりともそれを奪うことは許さない。
魔王から宝を奪いたいなら、俺を倒すことだな。
「こ、こんりゃ、こんりゃころしへたはですむとほもうのか!!」
「ん? こんなことをしてただで済むと思うのか、って言ったのか? ――思うね」
床に顔を打った衝撃で歯が全部折れたのだろう、クソリーダーは鼻血を吹き出しながらよろよろと立ち上がった。
手加減したとはいえ、思ったより頑丈だな。流石はAクラスの生徒だ。
「文句があるならパパに言うといい。そのパパもお前と同じ目に合わせてやるよ」
「ぱ、パパが教皇猊下に頼めば、お前みたいな木端教師なんてすぐに処刑できるんだぞ!!」
「それは……どうだろうな? アルテナティアなら、俺じゃなくても面白がってむしろ出世させそうだが」
あいつは【神】らしく、気まぐれで突飛なことをする性格だ。
むしろ生徒を躊躇いなく殴ったことに感心しそうだが。
っていうか、本当にこいつら俺のこと知らないんだな!?
「こ、この、お、覚えてろっ!!」
「おととい来やがれー。ま、来たらまた床にめり込ませるがな」
逃げ出すAクラスの生徒たちを見送って、俺はエルトの方に振り向く。
「せ、先生……あたっ!!」
何やら目を潤ませているエルトの額に、結構強めなデコピンをかます。
「な、なんでデコピンするんですか!?」
「お前の態度が気に入らん。助けて欲しいなら、素直にそう言え。俺は鈍感だから気付かんぞ」
「……はい、ごめんなさい」
「よしよし。素直に謝ったから許す。もしまた絡まれたら、今度は連中を首から下を地面に埋めてやるから安心しろ」
「そ、それはそれで安心できないです!!」
こうして、俺の教師生活は初日を終えた。
翌日、俺は学園長室に呼び出された。
ま、生徒殴ったんだし、当然だわな!! わははははは!!!!
――――――――――――――――――――――
あとがき
★1000突破!! ありがとうございます!!
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