第29話 大魔王、頼み事を引き受ける





「し、死ぬかと思った……」


「災難だったなあ」



 謁見の間での騒ぎを丸く収めた後、俺とアリアは別室を借りて帝都復興の援助に関する話し合いをしていた。


 と言っても、俺は帝国とは末永く仲良くしたいので十分な資材を送るつもりだ。


 話は早々にまとまり、今はアリアが愚痴をこぼしている。



「しかし、教皇猊下と顔を合わせるのは初めてではないが、一体何者なのだ? 女の私ですら見惚れてしまう程の美貌といい、シュトラール殿以上のプレッシャーといい、とても人間とは思えん。歳も取っていないようだが……」


「そりゃ人間じゃないしな、あいつ」


「……え?」


「あ、これ言わない方がいいか。すまん、忘れてくれ」



 まさか女神教の教皇が魔王とか、下手したら卒倒しかねない。

 これは黙っておこう。



「それはそうとシュトラール殿。例の件、忘れていないだろうな?」


「あー、あれな。準備中だからあと一ヶ月は待ってくれ」


「うむ!! ダンジョンの開放が楽しみだ!!」



 以前、俺はユージーンのやらかしを誤魔化すためにグルムンドと一芝居打った。


 しかし、その場にはアリアとメルト、ロロとディミトリスがいた。

 ロロとディミトリスはうちに連れ帰るから良いとして、アリアとメルトに黙っていてもらう必要があった。


 そこで俺は二人を買収したのである。


 アリアには以前言っていた、うちのダンジョンの表層を冒険者たちに開放すると約束したのだ。


 メルトについては……まあ、また今度機会があったら説明しよう。



「困っているのはダンジョンのボスなんだよな」


「今まで通りにシュトラール殿がやれば良いのでは?」


「冒険者が大勢来たら連戦になるだろ? それはいくら何でも疲れるから、特別なゴーレムを作ろうと思ってるんだ。その素材に何を使おうかなと」



 ゴーレムは奥が深い。


 少し前に変形合体スーパーゴーレムを作ってみたが、失敗した。

 動かした際、エンジンとなる核が放つ熱にオリハルコン製の外骨格が耐えられず、溶けてしまったのだ。


 つまり、オリハルコン以上の熱耐性と強度を持つ金属を探さなくちゃいけないのだが……。


 ぶっちゃけ、無い。


 オリハルコン以上の熱耐性と強度の金属は、この世界のどこにも存在していないのだ。


 そのため変形合体スーパーゴーレムはお蔵入りしてしまったのだが、これをどうにかダンジョンのラスボスとして設置したい。



「そうか。しかし、頑張ってくれ!! 冒険者の未来のために!!」


「あー、まあ、努力はする」



 今の冒険者は攻略できるダンジョンが無くなって盛り下がっているらしいからな。


 挑戦者がいなくなるのは寂しいし、俺も頑張らなくちゃな。



「何やら面白そうな話をしておるな」


「げっ」


「きょ、教皇猊下!?」



 アルテナティアがレルゲンおじいちゃんと神剣使いの聖騎士団長セレナを連れて部屋に入ってきた。



「なんか用か?」


「お、おい、シュトラール殿!! 教皇猊下に対して無礼だぞ!!」



 アリアが横から口を出すが、俺は聞き流す。



「で、本当になんか用か?」


「……ふむ」



 何を思ってか、アルテナティアが俺をちら見してからアリアに無言で近づく。


 殺気立ってはいないし、危害を加えるつもりは無さそうだが……。


 一体何をするつもり――



「ふむ、意外と大きいな。妾よりも遥かに……」


「へ? きゃっ、な、猊下!? 何を!?」


「これ、暴れるでない」



 ……俺は、何を見せられてるんだ?

 なーんでアルテナティアがアリアのおっぱいを揉みしだいてるんだ?



「だが、くふふっ。形は妾の方が圧倒的に整っておるな。シュトラールよ」


「……なんだ?」


「お主はどのような女が好みであったか? ああ、いや、言わずとも分かるがの。妾のように小柄で美しい女が理想であろう?」



 マジでこいつどういう思考回路してんだ。


 いきなりの出来事に困惑していると、レルゲンがこっそり耳打ちしてくる。



「申し訳ありませぬ、魔王陛下。どうやら教皇猊下は、先程の一件で魔王陛下からの好感度が下がっていないか気にしておられるようなのです」


「は? 好感度?」


「はい。魔王陛下がいることを忘れてうっかりいつもの調子でナリキーンを罰しようとして、それを切っ掛けに嫌われていないか、と」


「嫌うも何も、元々好きではないんだが。ていうかあれがいつもの調子なのか。怖っ」


「あれでもいつもよりは優しい方ですよ。コホン、失礼。話題が逸れましたな。そういうわけで、教皇猊下は適当な切っ掛けを作って魔王陛下の好みを聞き出そうとしているらしいのです」



 え? じゃあ、なんだ? アリアは話題の切っ掛けのためだけに乳を揉まれたってのか?


 ……なんか、ドンマイ。


 それはそれとして、アルテナティアにも可愛いところがあるとは。

 俺からすれば好き嫌い以前にトラウマだから、好感度もクソも無いがな。



「余計なことを言うでない、レルゲン。塵にしてやろうか?」


「ほっほっほっ、これは出過ぎた真似を」



 レルゲンがそそくさと俺から離れる。


 ふむ、重鎮たちの中でもレルゲンは特にアルテナティアのお気に入りなのだろうか。

 今のと同じことをナリキーンがしたら強制自害の刑に処されそうだ。



「して、お主の好みは?」


「……料理ができる女の子」


「む。料理、だと?」



 長い時間を生きていると、人も魔族も趣味を探すようになる。


 俺の趣味は、食べることだ。


 美味しいものでも不味いものでも、食べることは楽しいし、飽きない。


 だから俺は、上手でも下手でも料理ができる女の子が好みだ。

 まあ、大抵の女の子は俺よりも先に寿命で死ぬから、誰かと付き合う気は無いが。


 俺の返答を聞いたアルテナティアが、妖しく微笑む。



「……くふっ、くふふふふ。そうか、料理か。良かろう。ならば近いうちにお主に神の料理を食わせてやる」


「いや、別に要らな――」


「教皇猊下、魔王陛下にはもう一つお話があったのでは?」


「おいコラ、おじいちゃんコラ。人の言葉を遮るな」



 丁重に断ろうとする俺をレルゲンが遮った。


 しかし、まだ何か話があるのか?



「ああ、そうであったな。喜ぶがよい、シュトラール。お主にこの宇宙で最も尊く美しい妾の願いを叶えるチャンスをやろう」


「……頼み事があるってことか?」


「違う。あくまでもお主に妾の願い叶えるという名誉ある仕事を任せようというのだ」



 ひ、人にものを頼む態度じゃねー!! 



「……内容による」


「なに、そう難しいことではない。妾が管理しておる聖都の学園で教鞭を取れ」


「教鞭を取れ? えーと、つまり先生になれってことか? なんで?」



 俺が首を傾げていると、不意にアルテナティアが顔を近づけてきた。


 ふわっとした甘い匂いが俺の鼻孔をくすぐる。


 ちっくしょー、こいつ。やっぱとんでもないレベルの美少女だな。

 俺が人間だったら一目惚れしていたかも知れない。


 言動で百年の恋も冷めそうだが。



「妾の学園は実力主義でな。弱者は徹底的に蔑まれ、強者は弱者を蹂躙することが許されておる。しかし、妾は不変を好まぬ」


「はあ、そうか」


「たまには弱者が強者を狩るところが見たい。お主はその起爆剤になれ」



 なるほど。


 グルムンド抜きで話したいと言っていたのは、これのことか?



「……断る。俺だって暇じゃないんだ」


「無論、妾を楽しませた暁にはしかるべき報酬もくれてやろう」


「報酬ねぇ? 自慢じゃないが、俺は魔王だぞ?」



 金、地位、名誉……。


 全てを持っている。魔王に教師をさせようってんなら、相応の報酬がなければ――



「魔核石」


「詳しく」



 魔核石。


 それは魔王にとってのもう一つの命。


 別名『ダンジョンの心臓』とも言う代物だ。

 しかし、魔核石は魔王一人につき一つまでしか作ることができない。


 魔核石を壊すことで、ダンジョンは完全に消滅するのだ。


 当然、俺のダンジョンにも魔核石はある。


 壊されたら一大事なので、俺しか知らない特別な場所に隠してあるがな。



「妾はダンジョンを造っておらぬ。故に、妾の魔核石をお主に譲ってやってもよい」


「引き受けた!!」



 俺は秒で了承した。


 グルムンド抜きで話したいと言っていたのは、魔核石のことを隠したかったからだろう。


 グルムンドは今、うちのダンジョンに居候している。

 もし新しいダンジョンをゲットできるなら、絶対に欲しがるはずだ。


 魔核石を得るということは、ダンジョンをもう一つ生み出せるってことだからな。


 答えは引き受ける一択だ。

 とにもかくにも、この申し出を断る魔王がいたら正気じゃない。



「お主ならそう言うと思っておったぞ」



 俺はアルテナティアの依頼を受けて、教師になるのであった。


 でも、冷静に考えてみたら。


 たかが教師になるだけで、魔王にとってのもう一つの命と言っても過言ではない魔核石を譲ると言われた時点で怪しむべきだったかも知れない。








――――――――――――――――――――――

あとがき

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