第28話 大魔王、場を丸く収める
「して、帝国の皇女よ。今日は何用で参った?」
アルテナティアがアリアを見下ろし、いきなり本題に入ろうとする。
明らかに不機嫌そうだった。
まさかとは思うが、俺を襲う寸前で邪魔が入って怒っているのだろうか。
アリアはアルテナティアがまとう雰囲気に首を傾げているが、帝国の使者として来た以上、話は続けなければならない。
「先日、我が国の都が魔王グルムンドの襲撃によって甚大な被害を被ったことはご存知でしょうか?」
「うむ。大変であったらしいな」
白々しく頷くアルテナティア。
少なくともグルムンドの遺体をユージーンに売ったのは教国内部の人間だろうに……。
これが、政治なのか。
俺は今まで面倒なことはクラウディア辺りに丸投げしてたからなあ。
そういう点ではずっと昔から女神教を支配しているアルテナティアの方が統治者として上だな。
「現在、帝都は復旧作業を行っておりますが、人手と資材が足りず。願わくば貴国に援助をお願いしたく参上致しました」
帝国が今回の一件で被った被害は、結構大きい。
俺の配下が途中から参戦したとはいえ、帝都を囲む壁の一部は完全に崩壊してるし、街にだって被害は出ていた。
人手と資材が足りないという話は本当だろう。
「それは無理な話ですなあ、皇女殿下」
しかし、ここでアリアに対して厭らしい笑みを浮かべる人物が一人。
教国側の重鎮である。
教国の重鎮ということは、結構な地位にいる聖職者のはずだが……。
如何にも成金趣味のような格好をしていた。
貴金属のアクセサリーをじゃらじゃら付けていて、物凄く胡散臭い。
アリアが重鎮に視線を向ける。
「無理、とは?」
「実は今、我が国も入り用で人手と資材が不足しておりまして。残念ながら、貴国への援助は出来ないのです」
「帝国の同盟国として、最低限で良いのです」
「忌々しい魔族の国と、人類の敵と条約を交わした貴国が同盟を語りますか」
おっと?
それは俺に喧嘩を売ってるのかなあ?
でもまあ、大体分かったぞ。
あの成金趣味が帝国の援助を嫌がっているのは、ヴェインと俺が仲良くなったからか。
冷静に考えてみたら、もしかすると俺のせいで帝国の社会的地位が下がっているのかも知れない。
帝国は数十の属国を抱える超大国だから表立って批判することは無いみたいだが、こういう嫌がらせがあるのか。
あれ? でも元はと言えば条約は帝国から持ちかけてきた話だし、帝国の自己責任か?
「その件に関しては、予め教皇猊下に許可を貰っておりますが」
「猊下がお許しになったのは、あくまでも不可侵条約に関してのみです。それを友好条約まで結び、あまつさえ魔族を留学生として招くとは何事ですか」
「それは……」
ちらっとアリアが俺を見る。
うん、そうだね。
友好条約は俺がその場のノリで結んだやつだね。ごめん。
「いっそ教国ではなく、あの魔王を頼っては?」
「うーん、うちは資材なら有り余ってるけど、人材がなあ」
「……は?」
今回の問題は俺にも原因があるみたいだし、助け舟を出そう。
「だからうちと教国で帝国への援助を折半しよう。うちが資材出すから、教国は人材をって形で」
「い、いくら教皇猊下のお客人と言えど、関係のない者は口を出さないでいただきたい!! そもそも貴殿は何者ですか!!」
「あ、どうも。魔王シュトラールです」
俺は変身を解除して男に戻る。
その場が凍りついた。
そりゃあ、人間だと思ってたら実は魔族で、しかも魔王とか驚くわな。
驚いていないのは俺の正体を知っているレルゲンおじいちゃんとアリア、あとはアルテナティアくらいだ。
……視界の端で舌舐めずりしているアルテナティアは無視しよう。
あれは完全に肉食獣だ。目を合わせたら喰われる。色々な意味で。
「な、ま、魔王!? 教皇猊下、其奴からお離れくだされ!! 騎士団!! であえであえ!!」
成金重鎮の一声で、大勢の聖騎士たちがこぞって謁見の間に突入してくる。
うーん。面倒だし、適当に魔法で眠らせ――
「騒がしい」
その一言で、謁見の間が静寂に包まれる。
声を発したのはアルテナティアだった。
俺はまだ耐えられるが、人間であればショック死してもおかしくないプレッシャーを放っている。
アリアは過呼吸っぽくなってるし、レルゲンおじいちゃんも冷や汗を掻いていた。
おそらく常日頃から鍛錬しているであろう聖騎士たちもその場で震えている。
「ナリキーン」
「は、はひっ、な、なな、何でしょうか、教皇猊下っ」
成金重鎮が声を震わせている。
あの成金重鎮、ナリキーンってのか。めっちゃ見た目通りの名前だな!!
「妾がいつ、そなたに発言を許した?」
「……ぇ?」
「妾は帝国の皇女と話しておった。それを、間に割って入ることを誰が許した? 妾に断りもなく帝国の援助を断ろうとしたのはどういう了見だ?」
「ぁ……も、申し訳、ありませぬ……」
全身ガックガクになるナリキーン。
すると、そんなナリキーンを見てか、アルテナティアは女神のように微笑む。
同時に絶大なプレッシャーが霧散した。
「くふふっ。良い、許してやろう。妾は寛大故な」
「きょ、教皇猊下のお慈悲に感謝致します」
「うむ。そなたの首一つで許してやろう」
「……え?」
その場の誰もが目を剥いた。
「妾は慈悲深い。本来であれば、妾の気分を害した時点で一族郎党処刑するところだが、今回はそなたの首一つで許してやろう。ただちに自害するがよい」
「お、お待ちを、ど、どうか、どうかお許しを!!」
「そなたは何を言っておる? それが許しだ。どうした? できぬのか? ならば妾が手伝ってやろう」
アルテナティアが、声に魔力を込める。
「〝アルテナの名を以って命ずる。自害せよ、ナリキーン〟」
「ひっ、ぐぎっ」
アルテナティアの言葉は呪いとなって、ナリキーンの身体を動かす。
自らの首を締め上げるナリキーン。
周囲が慌てて止めようとするが、そこで再びアルテナティアが声を発した。
「〝アルテナの名を以って命ずる。何人たりともナリキーンの自害を妨げるな〟」
その場の誰もが動けなくなる。
ただ一人、俺を除いてな。
「やめろよ、そういうの」
ちょっと強引だが、俺はナリキーンの腕を砕いて自害を無理矢理止めさせた。
ナリキーンがその場で倒れ、激しくむせる。
「……何故止める?」
「許したなら殺すな。生き返らせるならともかく、お前はそういうことしないだろ」
「死を以って妾に償うことは何よりも尊いこと。ナリキーンも本望であろう?」
再びアルテナティアのプレッシャーが膨れ上がる。
……よそ様の支配の仕方に口を出すのは、魔王としてのマナー違反だ。
しかし、目の前で人が死にそうなのを放っていられるほど俺は人間をやめちゃいない。
「この場でやるつもりか? 今し方、妾に殺されかけておったお主が?」
「俺は一向に構わん」
俺もアルテナティアを威圧する。
たしかに俺はアルテナティアに勝てない。実力的に不可能なのだ。
しかし、敢えて言うなら。
――ただの【人】が【神】を殺すのは、昔から英雄譚にありがちな話ということだろう。
その刹那、アルテナティアが威圧を止めた。
「……ただの冗句だ、そう怒るでない。ナリキーン、そなたの無礼はシュトラールに免じて見逃してやろう。次は無い」
「は、ははあ!!」
俺も威圧を止める。
向こうが引いてくれて助かった。奴の権能とは相性が最悪だからな。
それにしても、教国の重鎮は大変そうだなあ。
アルテナティアの奴が支配者とか、ぶっちゃけ同情するわ。
「さて、援助の話であったな。ナリキーンが言っておったように、教国も入り用でな。だが、人材は用意してやっても良い。資材に関してはシュトラールを頼れ」
「は、はい!! ありがとうございます!!」
こうして、この場は丸く収まるのであった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
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