第27話 大魔王、貞操の危機に陥る




「では本題に入ろう。お主らが来たのは、グルムンドの遺体についてであろう?」


「はあ、やっと本題に入れる」



 俺はもう色々疲れを感じて、思わず溜め息が出てしまう。



「先に言っておくと、妾は何も知らん」


「おっと? それはどういう意味デス?」


「……説明しろ」



 アルテナティアの言葉に、俺もグルムンドも顔を顰める。


 知らないとはどういうことだ。



「たしかに妾は魔王の遺体を集めてはおる。あれは色々と使い道がある故な。しかし、それを他者へ譲ってやるなど如何に心が広い妾でもせぬ」


「ある筋からの情報によると、グルムンドの遺体は教国に売ってもらったそうだが?」


「妾が集めておった魔王の遺体の一つであるグルムンドを、何者かが勝手に盗み出しおったのだ」


「……盗っ人に心当たりは?」


「あるわけ無かろう。あったならばこの手で挽き肉にしておるわ」



 まじかよ。

 一言一句全てを信用するわけじゃないが、何も分からずじまいってことじゃねーか。



「今、妾の方で内々に調査しておる。まあ、この妾から盗みを働く不届き者だ。おそらくは毛ほどの痕跡も残しておらぬであろうがな」


「ちっ」



 思わず舌打ちしてしまう。


 ついでに魔王の遺体をぶん取って来ようかと思ったが、相手がアルテナティアでは到底不可能だ。


 ここは大人しく退散しよう。

 そして、二度とここには来ないようにしよう。怖いから。



「そうか。それが分かれば十分だ。じゃ、俺たちはこれで」



 短く言い残してこの場を去ろうとすると。



「くふふっ。グルムンドはともかく、お主を逃がすわけがなかろう?」



 アルテナティアは邪悪に嗤った。


 女神ではなく、実に魔王っぽい笑みだった。



「あ、ではワタクシはこれでお暇しマスネ」


「おい、おいグルムンド!! 待て!! 置いてくな!! 裏切るのか!?」


「魔王とは邪悪の権化。裏切りなど日常茶飯事なのデスヨ。カカカカカカカカカカッ!!!!」



 そう言って笑いながら転移魔法で一人逃げ出すグルムンド。


 あの骨野郎ッ!!



「さて、邪魔者はいなくなった。存分に愛し合おうではないか」


「くっ、俺の転移魔法だけ阻害されている!?」



 焦る俺にアルテナティアが悠然と歩いてきて、自らが纏う衣をその場に脱ぎ捨てる。



「ま、待った!! なんで服を脱ぐ!?」


「? 子を為すために決まっておろう? 何を当たり前なことを」



 こてんと首を傾げるアルテナティア。


 俺以上の強さとイカレっぷりさえ無ければ、まるで天使のように見えたかも知れない。

 しかし、俺の男としての本能が警鐘を鳴らしている。


 これは、貞操の危機だ。



「ちょ!! さっき待つとか言ってたじゃん!?」


「お主が自らの想いに気付くのを待ってやるのと、身体で深く繋がるのは別問題だ。神が子を為す以上に優先することはない。妾がそう決めた」


「無茶苦茶だ!! くっ、だ、だが、残念だったな!! こちとらクソ長い時間を生きてんだ!! 性欲なんてとっくに枯れてんだよ!!」



 男としてはあまり言いたくないが、魔王という不老の存在には性欲が無い。


 俺だって人間の感覚が残っていた頃は息子が大きくなることもあったさ。

 しかし、今ではピクリとも反応しない。


 自慢じゃないが、配下のサキュバスたちからの誘惑でも勃たなかった息子だ。面構えが違う。


 つまり、アルテナティアが期待するようなことは何もできない!!

 絶対にな!!



「ふっ、案ずるな。妾が想定していないとでも思うたか?」


「な、なん、だと……?」


「色魔法・テンプテーション」



 アルテナティアが何らかの魔法を発動した。


 名前からして、こちらの性欲を刺激する魔法のようだが……。


 次の瞬間、俺の視界がピンク色に染まった。



「ぐっ、あ、ぬぅ」


「くふふ、効いておるのぅ。これ、目を逸らすな。妾だけを見るがよい」


「あ、ぐっ、ぎぎぎぎ……」



 頑張ってアルテナティアから視線を逸らそうとするが、何故か見つめてしまう。



「くふふ♡ これは妾がにも効果がある魔法でな♡ お腹の奥がキュンキュンしておるわ♡」


「うおっ!?」



 アルテナティアが俺を押し倒し、マウントポジションを取ってくる。


 するとほのかに甘い匂いが漂ってきて、枯れていたはずの俺の性欲が急速に潤い始めた。

 ここ数千、数万年は反応が無かった息子が、凄まじい勢いで元気を取り戻す。



「……ほう♡ 流石は妾の愛しきフィアンセ♡ 中々のものではないか♡」



 そう言って、アルテナティアが微笑む。


 うわ、めちゃくちゃ可愛い!! 顔が良過ぎる!! 睫毛なっが!! 顔ちっちゃ!!


 ってぇ!! しっかりしろ、俺!! ここで流されたら色々と終わるぞ!! 主に魔王としての威厳とか!!


 しかし、これも立派な魔法攻撃だ。


 権能をフル活用して、適応さえしてしまえば!!



「くふふ♡ どれ、まずは口づけから――」



 ダメだ、間に合わん!! 今、キスとかされたら堕ちる!!


 こうなったら――



「トランスフォーム!!」


「む?」



 俺は変身魔法で、男から女の姿に変わった。学園通いのための美少女モードである。



「くっ、くははははッ!!!! 残念だったな、女の姿なら流石のお前も――」


「妾は両方イケるが?」


「……ふぁ?」


「くふふ。いや、むしろ女子おなごの方がそそる。たっぷりと、身体の隅々まで妾が愛でてやろう」



 アルテナティアが美しい顔を近づけてくる。


 終わった。完全に詰み。俺はここで、魔王としても男としても終わるみたいだ。


 無念――



『――教皇猊下。フレイベル帝国から使者が参っております』



 ふと、部屋の外からそんな声が聞こえてきた。


 俺とグルムンドをこの部屋に案内したおじいちゃんこと、レンゲルおじいちゃんの声であった。


 おじいちゃーん!! ありがとー!!



「……ちっ、邪魔が入ったか。すぐに行く」


「た、助かった」


「くふふ。まあ、チャンスはこれからいくらでもある。楽しみは後に取っておくとしようかの」



 二度とチャンスなんか与えねーよ!! もう絶対に教国には来ないからな!!


 今のうちにさっさとトンズラし――



「どこへ行く? お主も来い。グルムンド抜きで話したいこともあるしな」


「なんでだよ!? 嫌だ!! お前一人で行け!!」


「妾は教国の支配者ぞ? いわば、人類を掌握していると言っても過言ではない。妾と仲睦まじい様を周囲に見せるのは、お主にとっても利があろう。いいから来い」



 ぐっ、た、たしかに……。


 言われてみれば、こいつは人類を陰からずっと支配していた厄介な存在だ。

 敵に回すのは得策ではないし、下手な態度は取らない方が良い。


 しかし、それはそれで魔王としての俺のアイデンティティーが揺らぐ!!


 他の魔王を相手に屈するというのは、俺のプライドが許さない。

 だが、実力的にも逆らうのは不可能だろう。


 ここは大人しく従っておこう。


 でもいつか、絶対にこいつを泣かせてやる。あの時の女神みたいに!!


 そうこう考えているうちに、俺はアルテナティアと共に帝国の使者が待っているという謁見の間へとやって来た。


 これまたアルテナティアの趣味が全開な、天井や壁、床にさえも黄金の装飾が施されている部屋だった。


 謁見の間には、おそらくアルテナティアの正体が魔王だとは知らないであろうクリシュリナ教国の重鎮たちが大勢集まっていた。

 アルテナティアの隣を歩く俺に訝しげな視線を向けてくる。


 角や尻尾は生やしていないので、普通の人間だと思っているようだが……。


 聖職者は魔力から魔族を看破する。


 ここは念入りに魔力を偽装しておかねば。



「教皇猊下、そちらの少女はどちら様で?」


「気にするでない。妾の客人である」



 俺のことが気になった重鎮が問いかけてくるが、アルテナティアは適当に返事をした。


 それだけで、重鎮たちは静かになる。


 忠誠心、ではないな。信仰心だろうか。アルテナティアの言葉を絶対と思っている、やべー集団だな。



「帝国の使者よ、面を上げよ」



 次にアルテナティアが言葉を発したのは、フレイベル帝国の使者に対してだった。


 ずっと片膝をついて頭を垂れていた帝国の使者が、ゆっくりと顔を上げる。


 あれ?



「突然の訪問にも関わらず、謁見していただけたこと、誠に感謝し……ます……」


「アリアじゃん。帝国の使者ってお前だったのか」


「シュト!? い、いや、シュウ殿!?」



 今は角も尻尾も生やしていないが、顔は同じなので向こうもすぐに気付いたようだ。


 かなり動揺している。



「貴殿が何故ここに!?」


「ちょっとカチコミに」


「カチコミ!?」



 そう、帝国の使者は勇者アリアであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

「面白い!!」「アルテナティアが怖い!!」「続きが気になる!!」と思った方は、作者のやる気に繋がるので感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします!!

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