第26話 大魔王、昔の出来事を思い出す




 その昔、この世界には一柱の女神がいた。


 何よりも美しく、何よりも強く、何よりも自らを愛している自己中心的なクソ女神である。


 女神は何十、何百という魔王やダンジョンを生み出し、人々を襲わせることで自らを心の拠り所として崇めさせたのだ。


 どうやら女神のような高位の存在は、人々から集めた信仰心がそのまま力に直結するらしい。


 その結果、女神は絶大な力を得て、しまいには他の世界への侵攻を目論み始めた。

 その最初の標的となってしまった世界こそ、俺の前世の世界であった。


 当時の俺はもう自分の前世の名前すら思い出せなかったが……。


 女神のやり方が気に入らなかった。

 だから仲の良い魔王をこっそり集めて、女神を襲撃したのである。


 それは多分、元の世界を守るためとか、そういう高潔な理由ではなかった。


 本当に、ただ気に入らなかったのだ。


 あの時の出来事は今でも鮮明に思い出せる。



「くっ、被造物の分際でッ!!!! この私に逆らうなあッ!!!!」


「うるせーよ。とっとと地獄に落ちろ」



 本来ならば、魔王は創造主である女神に逆らうことができない。


 だが、俺を含めた古参の魔王はプロトタイプみたいなもので、そういう安全装置的なものが脆弱だったことが幸いし、叛逆することができた。


 最初から最大火力の飽和攻撃は圧巻だったな。


 女神も最初は怒鳴り散らしてたが、最後の方は涙目になってたくらいだ。


 しかし、プライドの高い女神は自らが敗北することを許せなかったらしい。

 人々からの信仰心を集めることで得た力の大半を注ぎ、その場で新たな魔王を生み出した。


 表情がピクリとも動かない、白金色の長い髪と黄金の瞳の美しい少女だった。


 面だけは良かった女神がしわくちゃのおばあちゃんになるくらい力を注いだようだ。

 その新しい魔王は、背筋がゾッとする程の絶大なプレッシャーを放っていた。



「ふふっ、あはははは!!!! この魔王はお前たちのような旧式の雑魚とは違うわよ!! さあ、叛逆者たちを殺しなさい!!」


「……それは、命令か?」



 女神の命令に対し、新しい魔王が首を傾げる。



「そうよ!! 女神である私に逆らった愚か者共に鉄槌を下しなさい!!」


「妾に命令するでない、醜女しこめが」


「な!?」



 どうやら女神は、俺たちを殺したい一心過ぎてその新しい魔王に安全装置を付け忘れたらしい。

 新しい魔王はその場でこちら側に寝返り、一緒に女神をボコボコにした。


 そして女神を始末した後、その新しい魔王は俺たちにこう言ったのだ。



「さて、邪魔者はいなくなった。お主らに命令しよう。この宇宙で最も尊く美しい妾を崇め、敬い、称えよ。さすればお主らに寵愛を与えてやらんこともない」



 女神が死んだら、今度はその新しい魔王がさも自らが神と言わんばかりに振る舞い始めたのだ。


 当然、何となくムカついた俺たち古参魔王は、先輩として少し灸を据えてやることにした。


 ……した、のだが。


 俺を含めた全員が返り討ちに遭った。

 誰も死ぬことはなかったものの、完全なトラウマを抱えることになったのだ。


 少なくとも、思わず反射的に最大火力の魔法で攻撃してしまうくらいには。


 それから数千、数万年の時が経ち、その新しい魔王は時の勇者によって討伐されたと聞いた。


 あの女神以上の化け物を殺せる勇者とか、絶対に遭遇したくないなあ、と思ったのはいつだったろうか。











 あれ? っていうか、俺はなんでこんなこと思い出してるんだ?



「うっ、ぐぅ……」



 急に意識が浮上する。


 どうやら俺は、ほんの数秒だけ意識を失っていたらしい。

 走馬灯のようなものを見ていたようだ。


 でも、どうして俺は気を失って……。



「くふふ。ようやく起きたか、寝坊助め」


「っ」



 俺の顔を覗き込む少女と目が合い、思わずギョッとしてその場から飛び退く。



「……最悪な目覚めだ」


「何を言う。この宇宙で最も尊く美しい妾の膝枕を堪能できる贅沢者など存在せぬというに」



 どうやら俺は、トラウマの原因である少女に膝枕されていたらしい。


 なんで膝枕? 妙に距離感が近いような気がするのは俺の気のせいだろうか。


 というかそれより、もうね、心臓がバックバクよ。

 魔王になってから久しぶりに生きた心地がしないよ。


 俺はちらりと辺りを見回し、グルムンドを探す。


 グルムンドは地面に深くめり込み、全身がバラバラになっていた。

 あんな状態でも魔力さえあれば生き返るんだから、【命】の権能ってチートだよな。


 さて、現実逃避はこれくらいにしておこう。


 俺は目の前の少女に視線を向ける。


 白金色の髪と黄金の瞳を持った、『絶世』という言葉ですら生ぬるい美しさの少女である。



「お前、生きてたのか。勇者に倒されたって聞いたが」


「くふふ、この妾が勇者如きに敗れて死ぬわけなかろう? 妾を誰と心得る」



 少女が美しくも邪悪な笑みを浮かべる。



「妾は【神】の魔王、魔神王アルテナティアであるぞ」



 【神】の魔王。

 女神が最後に生み出した、魔王の天敵と言っても過言ではない神の力を自在に操る魔王。


 俺はさっきの出来事を思い出す。


 扉を開けてアルテナティアの存在に気付いた俺とグルムンドは、反射的に持てる最大火力の魔法を全力で放った。


 しかし、結果は言わずもがな。


 俺は肉体がアルテナティアの反撃に適応する前に意識を奪われ、グルムンドに至っては絶命している。


 要するに、俺たちは負けたのである。


 その事実は何よりも悔しいが、戦っても勝てないなら戦わない。

 相手が勇者なら逃げずに戦うところだが、同じ魔王が相手なら俺は逃げる。


 まずは会話で隙を窺おう。

 タイミングを見てグルムンドを回収した後、とっととうちに帰る。



「知ってるっつーの。ちっ、初撃で殺せなかったのが残念だ」


「くふふ。感動の再会というに、随分な喜びようで驚いたぞ」



 驚いたと言いながらも、涼しい顔をしているアルテナティア。


 俺は続け様に問いかける。



「で? お前はなんでここにいるんだ?」


「なんでも何も、妾こそが女神教の教皇であり、皆が崇める女神クリシュだからに決まっておろう」


「……まじか」



 遥か古の時代から存在する女神教の教皇が、そして人類の大半が崇める女神の正体がアルテナティアだって?


 冗談にしちゃあ最悪だ。



「教皇という肩書は良いぞ。愚かな人間共を効率的に支配できる故な。まあ、同胞はらからを人類の敵に仕立て上げるのは心苦しいが」


「思ってもないこと言いやがって……」



 魔族は人類の敵。


 それは魔族が人間を襲うせいだが、女神教が公にそう言っていることが大きいだろう。


 とどのつまり、俺が人間とのあれこれで苦労している原因の半分はこいつのせいということだ。



「さて、雑談はこのくらいにして。そろそろグルムンドを起こしてやれ。話したいこともあるしな」


「……そうかい」



 俺はグルムンドの死体に近づいて、魔力を注いだ。

 グルムンドが勢いよく起き上がる。



「ワタクシ、復活!! っと」


「おいこら、グルムンドこら。俺を盾にするな」


「いやはや、まさかここでアナタと会うとハ。正直恐怖で震えておりマスゾ!!」


「くふっ、怯えずとも良い。今の妾は機嫌が良いのだ」



 そう言って、アルテナティアは黄金の装飾が施されている教皇の椅子に座った。


 もしかしなくても、扉が黄金だったりしたのはアルテナティアの趣味なのだろうか。

 ……少し、センスが悪いな。



「して、お主は何を知りたい? 妾が特別に答えてやろう。まあ、内容は想像できるが」


「……随分とサービスが良いな。どういう風の吹き回しだ?」


「くふふふ、少しはしゃいでおるのだ。愛しのフィアンセに会えて喜ばぬ女がおるわけなかろう」


「は?」


「おや?」



 アルテナティアの思いがけない言葉に、俺もグルムンドも首を傾げた。


 ちらっとグルムンドを見る。


 グルムンドは首を左右に振っており、アルテナティアも「違う」と不満顔で言った。



「妾に骨を愛でる趣味は無い。お主のことに決まっておろう、シュトラール」


「は? え、いや、は?」


「おめでとうございマス。結婚式はいつデスカ?」


「おいコラ、グルムンドこら。祝うな拍手をするな」



 グルムンドの両腕をもぎ取ってぶん投げる。


 いや、それにしても、アルテナティアは何を言ってるんだ?

 まるで意味が分からん。


 そもそも俺とアルテナティアは女神襲撃の際に初めて会った時以来、一度も顔を合わせていない。


 フィアンセもクソも無いのだが。



「全く身に覚えがないんだが」


「当然であろう? 妾が決めたのだ。お主は妾を心から愛し、妻にするとな。妾が決めたならば、それは決定事項。お主は妾の夫となり、子を為す義務がある」


「え、やだ。怖い。凄く怖い。何を言ってるのかさっぱり理解できなくてとても怖い」



 多分、俺は魔王になってから初めて恐怖している。


 グルムンドに助けを求めて視線を向けるが、こいつはダメだ。

 明後日の方向を見ていて「我、関せず」という姿勢を貫くつもりらしい。


 よし、帰ったらお前は砕いて骨粉にして畑の肥料にしてやろう。


 なんて考えてる場合じゃない!!


 アルテナティアの奴は本当に何を言ってんだ!?



「待て。まじで待て。お前、俺が好きなのか?」


「好き? ふん、妾の海より深き愛を安っぽい言葉で表現するでない」


「いや、分からんて!! 理由、そう理由!! せめてそういう思考に至った理由を説明しろ!!」


「……ふむ」



 アルテナティアが考え込む。そして、ゆっくりと口を開いた。



「初めて会った時、お主は妾の攻撃に一番長く耐えおった」


「え? あ、まあ、そうだな」



 俺の【人】の権能は、如何なる攻撃にも適応することができる。

 必然、俺はその場にいた他のまおともよりアルテナティアの攻撃に一番長く耐えた。



「あれから幾星霜、妾は多くの強者と出会った。しかし、妾と戦って三秒とて立っていた者はおらなんだ。ただ一人、お主を除いてな」


「……」


「妾は強者と刃を交える度にお主を思い出していた。お主以上に妾が応えてやるに相応しい者はいない、とな。あの配信を見ていた時、お主を見て心が踊ったわ。くふふ」



 アルテナティアもあれを見ていたのか。


 えーと、つまりどういうことだ? 俺が一番耐久性があるから、気に入ったってことか?


 トンデモ理論が過ぎるぞ、オイ!!



「くふっ、案ずるな。妾はこの宇宙で最も尊く美しい存在。その懐はブラックホールよりも深い。お主が妾に抱く想いに気付くまで待ってやろうとも」


「ヒエッ」



 その眼は、本気だった。


 まるで宇宙のようにどこまでも昏く、ただ真っ直ぐ俺を見つめている。


 思わずゾッとしてしまうような眼だった。



「愛されてマスネ、シュトラールさん。ワタクシ、感動してしまいマシタ。ぷぷっ」



 取り敢えず、後で絶対にグルムンドは砕いて骨粉にして畑の肥料にする。






――――――――――――――――――――――

あとがき

「面白い!!」「グルムンドを骨粉にして畑に蒔きたい」「続きが気になる!!」と思った方は、作者のやる気に繋がるので感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします!!

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