第24話 大魔王、真実(大嘘)を語る





 帝都が魔物の軍勢に襲われてからおよそ一週間が経った。

 街には少なくない被害が出ており、帝都はその復興に注力している。


 なお、帝都を襲っていた魔物たちは魔王シュトラールの配下共々転移魔法で姿を消し、影も形も無くなった。

 魔王グルムンドから支配権を受け取り、シュトラールの配下に加えたのである。


 問題となったのは、今回の一連の事件の犯人だ。



『おのれ、魔王グルムンドめー。ユージーン少年を操って帝国への復讐を目論むとは愚かなー。同じ魔王として許せーん』


『ふはははー。復讐は我にあり、デスネー』



 猿芝居。

 その映像を執務室で見ていたヴェインは、素直にそう思った。



「とまあ、動画を見てもらったら分かると思うが、犯人は魔王グルムンドだった。奴は俺が骨の欠片も残さず始末した。以上」



 そう言ったのは、満面の笑みで映像を持ってきた魔王シュトラールである。


 ヴェインはとても何かを言いたそうにシュトラールへ話しかける。



「いや、これを信じろと?」


「信じるも何も、真実だが?」


「……まあ、魔王グルムンドであれば帝国を狙うのも分かるが……」



 【命】の魔王グルムンドは、初代皇帝となる勇者が小国の姫と結婚するために倒したと言われている。


 その復讐を帝国にしようと宰相の息子、ユージーンを操っていた。


 一応、話の筋は通っている。



「しかし、ユージーン本人が自らが全てを計画したと言っておるのだぞ?」


「錯乱してるんじゃないか?」


「計画書の類も、全てユージーンの部屋から出てきたが?」


「きっとグルムンドがユージーン少年に罪を着せようとしてたんだな。うん、間違いない」



 常に良い笑顔で答えるシュトラールに、ヴェインは頭を抱えた。



「シュトラール殿。この場には余と貴殿以外に人はいない。どうか本当のことを話してくれ」


「これが全て真実さ」


「……そうか。なら、そういうことにするしかないな」



 ヴェインは諦めた。


 シュトラールが映像の内容を真実だと語る以上、どうすることもできない。


 念のため、その場にいた娘のアリアやその仲間のメルトに詳しい事情を聞いたが、何故か揃えてシュトラールの話を真実だと言う。


 ヴェインの為政者としての直感が働いた。



(あれは買収されておるなあ)



 話を聞いていた時のアリアはニマニマしており、メルトはとても嬉しそうにしていた。


 間違いなく、シュトラールが手を回している。


 こうなった以上、その場で起こった出来事を証明する手立てはシュトラールが持ってきた映像一つしかなく、真実は迷宮入りだ。



「しかし、それでもユージーンの処罰は免れられぬぞ。大臣も含めた多くの者が、ユージーンへの罰を望んでおる。操られておったのが本当だとしてもな」


「だからあいつをうちにくれ」


「ふぁ?」


「今回の件で被害を被ったのは俺たちも同じだ。お陰で魔族への信頼がガタ落ちだからな。その責任を取ってもらう。ま、元から信頼なんて無いようなもんだが」



 ヴェインが目を瞬かせる。


 それは罰にならないのでは、と一瞬考えるが、ヴェインは頷いた。



「ふむ。犯罪者を危険な魔物たちの巣窟であるダンジョンに送り込むのは、中々の罰になるか。まだ重鎮たちの魔族や貴殿への信頼が無い今だからこそできる処罰の仕方だな。念のため国外追放ということにしておけば、法律にうるさい大臣たちも何も言えまい」


「流石はヴェイン。話が分かる男で良かったぜ」


「では、ユージーンへの罰は国外追放とアビスゲイト国への無償奉仕、という方針でまとめよう。それと魔王軍の援軍に謝礼を――」


「あー、要らん要らん。信頼関係を得るための援軍だと思ってくれ」


「む、そうか?」



 こうして二人の王によって、ユージーンへの罰が決まった。



「いやあ、助かる。ぶっちゃけ知りたいこともあったし、ユージーンを処刑とかさせたくなかったんだよな」


「知りたいこと?」


「そ」



 ヴェインはシュトラールから微かな怒りのようなものを感じ取って、背筋が伸びる。



「グルムンドの遺体をどうやって手に入れたかとか、な」



 それだけ言い残して、シュトラールはヴェインの執務室を後にするのであった。










 


 ユージーンがフレイベル帝国を国外追放となり、一ヶ月が経った。


 宰相の息子として政治について学び、日々鍛錬に時間を費やしていたユージーンは――



「おーい、新入り!! そっちを支えといてくれ!!」


「は、はい!!」



 ユージーンは今、アビスゲイト国――ダンジョンの下層で土木作業に勤しんでいた。


 ダンジョン内で建物の建築を担っているゴブリンたちの下で働いているのだ。

 ある意味、魔物を憎むユージーンにとっては最も重い罰だろう。


 しかし、ユージーンの表情は晴れやかなものであった。



「新入り!! こっちの作業は済ませたか!?」


「す、すみません!! 今からやります!!」


「急いでやれよ!! 定時に間に合わないぞ!!」


「は、はい!!」



 誰かを憎む暇など無い程に忙しかったのもあるだろう。


 だが、それ以上にユージーンの想像する魔物とアビスゲイト国の魔物たちは違っていた。


 一般的にゴブリンと言えば、理性の欠片も無い人食いの小鬼だ。

 しかし、ユージーンと共に働いているゴブリンたちはまるで人間のようだった。


 朝になったら飯を食い、仕事をして、昼飯を食い、また仕事をして、家に帰って家族と夕飯を食べ、風呂に入って寝る。


 そう、普通だった。


 彼らの主が敢えてそういう魔物たちが多い働き場所を与えたこともあるが、かつてユージーンの母の命を奪った化け物とは、まるで違っていた。



(……まだ、心の中がモヤモヤする)



 ユージーンの中の復讐心は、消えていない。


 しかし、それ以上に多くの人に迷惑をかけた自分が普通に生きていることへの不満が、彼を苛ませていた。



「おい、新入り!! 仕事終わったら飯食いに行こうぜ!! 美味ぇラーメン屋があるんだ!! 奢ってやるよ!!」


「え? あ、は、はい。らーめん?」



 現場監督のゴブリンからの誘いに、ユージーンは思わず頷いてしまった。


 魔物にとって、人間は本能的に殺したいと思う相手だ。

 それなのに何故、ゴブリンたちはユージーンに優しくするのか。


 普通なら、もっと辛い目に遭わせようとしてもおかしくはないだろう。


 そんな答えの分からない疑問を抱きながら、ユージーンは現場監督ゴブリンの後ろに付いて歩く。



(やはり、帝都にも引けを取らない大都市だ)



 ユージーンは街を見ながら、素直にそう思う。


 レンガではなく、鉄筋コンクリートによって建てられた建築物は見栄えよりも機能を重視しており、この街を統治する存在の考え方が窺える。


 文明レベルは帝都よりも数歩遅れているところが何ヶ所かあるが、逆に数歩先を行く技術もあった。

 コンクリートやアスファルトを用いた建物や舗装された道路がその代表だ。


 他にも驚くところは多々あるが、何よりユージーンが驚愕したのは空だった。



(……明日も、太陽は眩しいのだろうか……)



 魔王シュトラールのダンジョンは、地下に広がるタイプのダンジョンだ。


 そのため、ユージーンはじめじめとした薄暗い場所を想像していたが、実物はどうか。


 昼間の空は青く広く、太陽が美しく輝いており、夜は月と星々が浮かんでいるではないか。



(……農耕面積も広く、まさに一国で成り立つ大国。戦争したら、負けるかも知れないな)



 食糧はダンジョン内で生産できる上、魔力で満ちている限りダンジョンは資源を無限に生み出す。

 戦争に必要な武具を作るための金属が底を尽きることが無いのだ。


 何よりも恐ろしいのは、魔物たちの忠誠心。


 各々が魔王シュトラールに絶対の忠誠を誓っており、彼一人の命令で全員が死を覚悟した兵士になる。


 何よりダンジョンという、守るには易く攻めるには難い場所だ。

 まさしく要塞の国。勝ち目は薄いだろう。



(……まったく、恐ろしい。僕はこんな連中に正面から戦争を仕掛けようとしていたのか)



 自分の愚かさを心の中で嘆いているうちに、ユージーンは目的地に到着した。


 それは街の中央にある小さな屋台だった。



「おやじ、醤油ラーメン!!」


「あいよ。ん? そっちは噂の……」


「おう、人間のユージーンだ。おい、挨拶しろ」


「よ、よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。何にする?」


「あ、えっと、同じもので」


「あいよ」



 屋台の主は、無愛想なオークだった。


 ユージーンをちらりと見ただけで、それ以上は何も言わない。

 しばらくして、『らーめん』なるものが出てきた。


 湯気が立ち、美味しそうな香りが漂ってくる。



「……ごくり」


「ほら、食え食え!! 麺が伸びちまうぞ!!」


「は、はい!!」



 ユージーンは箸なる使い慣れない食器を使って、ラーメンを啜った。


 啜るという行為に忌避感があるユージーンだったが、現場監督のゴブリン曰く、それが正しい食べ方らしい。



「熱っ、で、でも美味しい!!」


「だろー?」



 初めて食べるラーメンの味に舌鼓を打つユージーン。


 その彼を見て、オークは満足そうに笑った。



「いつでも来い」


「は、はい!!」



 釣られて笑顔を浮かべたユージーン。

 その隣に、ラーメンを食べに来たと思わしき他の客が座った。


 黒髪黒目の少年だ。



「豚骨ラーメンで」


「何度も言ってますが、うちは豚骨だけはないですよ、魔王様。共食いになっちゃうので」


「!?」


「えー!! じゃあ醤油で」


「あいよ」



 ユージーンが硬直する。


 そして、ラーメンを啜りながら隣に視線を向けた。



「よっ、調子はどうだ? ユージーン少年」


「……お、お陰様で、好調です」


「そりゃ良かった。ちょっと聞きたいことがあってな」



 先程まで凄まじく美味しかったラーメンが、緊張で味がしなくなってしまうユージーンであった。



 

――――――――――――――――――――――

あとがき

第一部、完!! 明日から第二部です!!


「面白い!!」「執筆頑張れ!!」「続きが気になる!!」と思った方は、作者のやる気に繋がるので感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします!!

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