第23話 大魔王、冷静に決着する





 クラウディアの右ストレートで冷静になる。


 もう、脳の治癒は終わっている。


 クラウディアのお陰で理性を取り戻した。もう暴走することはないだろう。


 本当に自分が嫌になる。


 ちょっと脳天に弾丸をぶち込まれたくらいで理性を失って暴走とか、恥ずかし過ぎる。

 勢い余って第二形態になったらそれこそ羞恥心で死ぬところだった。


 さて。


 俺は冷静に宰相の息子(笑)改め、ユージーンを見つめる。


 先程の問いに、ユージーンは頷いた。


 自分が嫌いな魔族と同等か、あるいはそれ以下の外道になる覚悟はあるのか、という問いに。


 ああ、勘違いはするな。


 関係の無い他者を犠牲にするユージーンのやり方は気に入らない。

 しかし、目的のためならどんな手でも使おうという姿勢は素直に称賛してやりたい。


 その覚悟は、紛れもなく俺が過去相対した勇者たちの中でもダントツのものだ。


 なるほど。

 クラウディアの言うように、こいつは勇者と呼ぶに相応しい。



「クラウディア。お前は先に帰ってろ」


「……はっ」



 クラウディアが転移魔法でこの場から消える。


 ここからは暴走した魔王シュトラールではなく、地上最後のダンジョン、その主たる大魔王シュトラールとして相手をしてやろう。



「さあ、来るがよい。勇者ユージーン」



 俺の一言と同時にユージーンが引き金を引いた。


 そして、全身をバラバラに砕いてやったはずのグルムンドが同時に動き始める。



「グルムンド!! 全魔力を使って魔王を攻撃しろ!!」


「良い判断だ!!」



 俺の権能は【人】。


 あらゆる攻撃に適応し、使えるようになるという中々のチートっぷりだ。


 しかし、如何に強力な権能でも攻略法はある。


 俺の場合は二つだ。

 その一つが、初見の攻撃を使って肉片一つ残さず消滅させるもいうもの。

 もう一つが、同じ技を使わず、絶え間なく初見の技で攻撃するというもの。


 ユージーンが取った手は、前者であった。


 たしかに魔王であるグルムンドなら、強力な隠し技の一つや二つ持っているだろう。


 ともすれば、俺に有効な初見の技くらいは。



「……死生魔法・起死回生」



 突然、魔力をごっそり失った。いや、失ったのではなく、吸われている。


 しかも吸われているのは魔力だけではない。


 俺の生命力をも吸い取っている。


 人間であれば、一瞬で枯れ木のような死体になっていたことだろう。


 しかし、依然問題はナシ!!


 大魔王はこの程度では倒れない。大量の魔力を吸われてはいるが、俺の肉体は既に適応を始めている。



「死生魔法――」


「っ」



 俺からの吸い上げた魔力を用いて、グルムンドが何らかの魔法を発動しようと魔法陣を展開した。


 そうか!! さっきの魔力吸収は、このための布石か!!


 本能が警鐘を鳴らす。まずはグルムンドを潰して――



「させるものか!!」


「くっくっくっ、やるじゃないか」



 攻撃に転じようとした俺の眼球に、ユージーンが弾丸を放つ。


 ダメージが無くとも、こちらの気を逸らす程度はできることに気付いたらしい。

 いくら同じ攻撃が通用しないと言っても、当たったら鬱陶しいには鬱陶しいからな。


 しかし、ここでユージーンに意識を割くわけには行かない。

 俺は全力の深淵魔法をグルムンドに放とうとして――



「傀儡魔法・ドールコントロール!! 魔王を止めろ!!」


「むっ」



 俺の攻撃の射線上にいくつかの影が割って入る。


 俺が暴走していた時にうっかりふっ飛ばした魔物たちである。


 ユージーンが咄嗟に傀儡魔法で操作したのだろう。

 良い判断だ。



「――輪廻転死」



 グルムンドへの攻撃が届かず、彼の魔法が発動した。

 紫色の極光がレーザーのように辺り一帯を不規則に灼き尽くす。


 思わず背筋がゾッとした。


 攻撃そのものに死の概念が付与されていたのだ。

 とどのつまり、攻撃が当たったら俺でさえも死は免れられない程の攻撃。


 回避に専念しなければならない。


 だが、魔王は敵の攻撃から逃げない!! だって魔王だから!!



「ぐっ!!」



 グルムンドのレーザー攻撃が俺の左腕を消し飛ばす。

 否、左腕どころではない。


 左半身が消滅した。


 確実な死の予感。

 しかし、俺が死を迎えるよりも早く、俺の肉体はグルムンドの攻撃に適応を始めていた。



「グルムンド!! 奴の身体が適応し切る前に叩け!!」


「くっくっくっ、くはははははッ!!!! 良いな!! その容赦の無さ!! だが、左半身を奪っただけで俺を止められると思うな!!」



 今の攻撃でグルムンド自体の魔力は底を尽きかけている。


 もう攻撃したところで意味は無い。


 ならばユージーン本体を叩いた方が賢明だろう。

 俺は異空間から魔剣を一本取り出し、ユージーンに斬りかかる。


 咄嗟の判断で銃を盾代わりに使うユージーンだったが、俺の魔剣は金属など容易く斬り裂く。


 銃を真っ二つにした俺は、その喉元に魔剣を押し当てた。



「くっ」


「俺の勝ち、だな」



 もう反撃の手立てが無いと理解したのか、ユージーンがその場で崩れ落ちる。



「……斬れ」


「駄目だ。まだお前の話を聞いていない」


「……は?」



 斬るならせめて、それからだろう。



「なんでこんなことをしたんだ? 理由を聞かせろよ」


「貴様に言う必要は――」


「敗者は黙って勝者に従え」


「っ」



 俺の威圧に耐えかねてか、ユージーンは憎しみのこもった目で俺を睨んだ。



「復讐のためだ!! 母上の仇を!! もう二度と、貴様らに誰も殺させないためだ!!」


「……なるほど」



 復讐、ね。


 大方他の魔族や魔物に親しい誰かを殺されたからだろうとは思っていたが……。



「酷い偏見だ。同じ魔族でも良い魔族だっているのに」


「何が偏見なものか!! 貴様らのせいで!! 貴様らのような化け物がこの世にいるからだ!!」


「恨み言は女神に言え。あいつ、とんでもないクソだからな? 世の中の不幸は全部あいつのせいだ」


「女神などというものが本当に存在しているなら、僕がこの手で殺している!! 救いを求めても助けてくれない神など、神ではない!!」


「あ、もう殺したぞ?」


「……え?」



 もう何年前だろうか。


 グルムンドと出会った頃だから、何千年か前になるはずだが。



「女神のやり方は嫌いだったんだよ。魔王を生み出して、人間と戦わせて、自らを信仰させる。不快極まるやり方だった。気に入らないから知り合いの魔王を集めて殺したんだよ。圧巻だったなー、あれは」



 俺を含めた総勢十名の魔王が各々の全力攻撃を女神に行ったのだ。


 あまりの飽和攻撃に女神は涙目だったが、皆して容赦無かったからなー。



「……は、はは……僕は、神殺しの魔王を殺そうとしていたのか……ははは」



 ユージーンが壊れたように笑う。



「一つ、魔王としてじゃなくて、元人間としてアドバイスしてやる」


「は? 元、人間?」


「ああ、こう見えても元々は平凡な少年だったんだぞ? まあ、この世界の住人じゃないが」



 俺はユージーンの目を真っ直ぐ見つめながら、ただ一言。



「止まった方が良い。復讐は、終わったら虚しいぞ」


「……」


「復讐している時は良い。それは何よりも生きる糧になる。だが、復讐を完遂した時、人間はやる気を失くして後悔する。ああ、俺はなんで復讐なんかに時間を捧げたんだってな。だから一旦止まって、冷静に考えろ」


「……無理だ」



 ユージーンが俯いた。



「僕はもう、止まれない。多くの人を犠牲にした。魔物を、魔族を、魔王を殺すために、少なくない帝都の民たちが犠牲になった。もう、僕は止まりたくても止まれないんだ」


「なら、犠牲がいなければ良いんだな?」


「は?」


「全員生き返らせたら問題ナシじゃん。ま、俺には無理だが」



 そもそも俺の蘇生魔法は死体が無いと蘇生できない。

 仮に瓦礫に押し潰された死体があっても、原型を留めないレベルでぐちゃぐちゃになってたらどうしようもないのだ。



「だから、こいつを頼る」



 俺はユージーンが操っていたグルムンドを指差した。



「……グルムンド、だと? ふん。そいつは使えないぞ。いくら傀儡魔法で試しても、魔物以外を生き返らせることは無かった」


「いや、だから本人に頼むんだって」


「は?」



 俺はボーッと突っ立っているグルムンドを思い切り蹴った。



「おら!! いつまで死んだふりしてやがる!! 途中から生き返ってただろ、お前!!」


「……おや、バレてしまいましたカ」


「!?」



 ユージーンが目を剥く。


 そりゃあ、死体が喋り始めたらびっくりするわな。

 でもこいつ、途中から死体じゃなくなっていたのだ。



「お前、俺の魔力を吸い上げた時に意識が戻ったよな?」


「ええ、戻りましたトモ」



 こいつは仮にも【命】の魔王。


 死はこいつにとって一時的な状態でしかなく、終わりではないのだ。

 大量の魔力を与えてやれば、普通に生き返る。


 それにしても……。



「じゃあ最後の即死攻撃はお前の意志ってわけだな? あとで覚えておけ」


「ヒィ、おっかないデスネー。ワタクシ、暴力反対!! 操られていたので無実デス!!」



 そうそう、こいつはこういう奴だった。



「で、話は聞いてたな?」


「嫌デス。自分を操っていた者の言うことなど聞きたくありまセン」


「最後は言う事聞いてじゃねーか」


「あれはあわよくばシュトラール殿に日頃の恨みを晴らしてやろうと思いまシテ。あくまでもワタクシの意志デス」



 こいつ。若干イラッとするのは昔と変わらないな。



「あっそ。なら、お前が持ってた恥ずかしい本を世界中にばら撒く」


「!? そ、それは……」


「大丈夫。協力してくれたら秘密にしておくから」


「ぐぬぬ、貴方は悪魔デスカ!!」


「魔王だが?」


「ソウデスネ゙!! 分かりましたヨ!! この辺り一帯で死んだ人間を生き返らせればいいんデスネ!?」


「おう、よろしく」



 グルムンドが死生魔法を使い、帝都で命を落とした人間たちが息を吹き返す。


 例えぐちゃぐちゃだろうが、まるで時間が巻き戻るかのように。



「終わらせましたヨ!! これで文句はないデスネ!!」


「さんきゅー。さて、これでお前も止まれるな」


「……はは。魔王は、何でもありなのか」


「魔王だからな」



 乾いた笑みを浮かべるユージーン。


 その表情は安らかで、同時に何かを決意したようなものだった。



「……一応、礼を言っておく。まさか復讐は良くないと魔王に諭されるなんて思いもしなかったよ。お陰で、罪を償える」


「え? 別に死んだ奴ら生き返ったんだから良くね?」


「そういうわけにはいかない。僕のやったことは立派な国家反逆だ」



 ……ああ、ちくしょうめ。そういう顔をするなよ。


 元はと言えばユージーンの母親を殺した魔族が原因だってのに。


 こういう死を悟った顔をする奴は、どうしても放っておけなくなるんだよ。



「よし、決めた。グルムンド、一芝居打つぞ」


「え? 何をするつもりデ?」


「ちょっと待ってろ。そろそろ……」



 不意に、クラウディアが開けた穴から大きな影が城内に入ってきた。



「な、何があったのだ!?」


「うえっぷ、吐きそう……」


「お空飛ぶの楽しかった!!」


『な、何やらシュトラール殿と似た強大な存在がいるようですが……』



 やってきたのは勇者アリアと魔法使いメルト、モンスターテイマー(仮)のロロ、そしてグリフォンのディミトリスだった。


 俺はニヤリと笑う。

 


「ちょっとこれ借りるぞ」


「え? あ、ちょ、何を!?」


「今からちょっとした撮影をしようかなと」



 俺がメルトから借りたのは、動画撮影用のカメラであった。





――――――――――――――――――――――

あとがき

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