第22話 大魔王、暴走する





 ユージーンが撃った弾丸は、下位デーモンに化けていた魔王シュトラールに致命傷を与えた。


 当然、普通の銃弾ではない。


 聖なる魔力を込めた、銀の弾丸だ。

 それは魔族の強靭な肉体を容易く貫いて、ダメージを与える。


 ただの一発で魔法を付与した超高価な武具に匹敵する代物だが、その威力はお墨付き。


 文字通り、特別製の弾丸だ。


 しかし。



「どう、なっている? 何故、何故倒れない!?」



 魔王シュトラールは、全身をその弾丸に貫かれている。


 普通なら、普通の魔族なら致命傷。


 ましてや脳を貫いた以上、如何なる生物であっても死に至るはずだ。



「あ……ああ!! あああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


「っ、な、なんだ!?」



 シュトラールが絶叫する。


 ただの叫び声だが、その声には絶大な魔力が込められており、爆発のような衝撃波が生じた。



「ぐっ!!」


「油断!! ああ、油断!! 怠慢!! 己の肉体を傷付けるものなど無いという傲慢!! それこそが最も忌むべきもの!! だというのに!! だというのにいっ!! ああっ!!」



 明らかに、正気ではない。


 シュトラールが銃弾の当たった傷口に自らの指を突っ込み、ぐりぐりと抉り始めた。


 見ているだけのユージーンですら、顔を顰める不気味な光景だ。



「痛み!! 痛みこそ最たる学習!! 油断はしてはならない!! 教訓!! 学べ!! それこそがヒトの叡智!! 猿を人間たらしめ、進化を促す至高の手段!!」


「っ、やれ!!」



 何かおぞましいものを感じたユージーンが、グルムンドを通して魔物たちに命令を下す。


 魔物たちが撃鉄を起こし、引き金を引いた。


 銃口から飛び出した魔族殺しの弾丸は、先程と同じように魔王シュトラールの全身を貫こうとして――


 全てが弾かれた。


 魔法で防いだわけでも、特に何かをしたわけでもない。

 ただ、シュトラールの皮膚が弾いた。



「な!? も、もう一度撃て!!」



 さっきまで通じたはずの攻撃が、効かなくなってしまったのだ。


 ユージーンは激しく動揺する。


 対するシュトラールは、未だに自傷行為を続けている。

 しかし、微かな変化が生じた。


 漆黒の髪が、老人のような白髪へと変化したのだ。



「キヒッ、キヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!! ああ、効かぬ!! もう効かぬ!! 我が権能、我が力!! 素晴らしきかな!!」


「馬鹿、な……。何がどうなって……」


「ああ!! ああ、憐れ!! 同じ攻撃は通じない!! それこそが我が権能なれば!!」



 シュトラールがユージーンを見る。


 ただ見ただけ。


 それだけなのに、ユージーンは竜に睨まれた蛙の如く動けなくなってしまった。


 そんなユージーンを見て、シュトラールが――



――魔王が、ニヤリと嗤った。



 件の放送事故で、配下を叱責した時ですら見せなかった邪悪な笑み。


 何よりも魔王らしい、凶悪な笑顔であった。



「我が名はシュトラール。権能は【人】。【人】の魔王、シュトラール」



 人間は、他の生き物と比べて異質な生き物だ。



「人は戦争を繰り返し、文明を発展させる。敵から学び、対策を立て、模倣し、理解して、更に文明を発展させて力を得る。敵もまた同様」



 同族同士で縄張りを奪い合うことは如何なる生物でもあることだ。


 しかし、そのために武具を開発し、策を弄して罠に嵌め、敵を貶めるのはこの地上で人間にしかできないと言っても過言ではない。



「戦争だけではない。人はあらゆる病を自らの技術で克服し、利用する。神が定めた天寿に抗い、醜くも美しく生き足掻こうとする」



 普通の生き物は病にかかったら諦めるものだ。


 しかし、人間は病に効く薬を探し出し、効果的な使い方を見つけ出す。



「あらゆる攻撃に対する適応、その模倣と応用。それこそが我が権能。如何に強力でも、同じ攻撃は我に二度通じぬ」


「っ」



 ユージーンが再び引き金を引く。


 三度放たれた弾丸はシュトラールの脳天目掛けて直進した。


 しかし、一度は効いたはずの魔族殺しの聖なる弾丸が通じない。



「効かぬと言うておろうに。愚かな。しかし、その愚かさこそが人間の良さ。さあ、どう足掻く? 人間よ、我に見せてみよ」


「くっ、グルムンド!! その魔王を殺せ!!」



 傀儡魔法を使い、グルムンドに命令を出す。


 ユージーンの命令に従い、倒れていたグルムンドは起き上がって魔法を発動――しようとして。


 シュトラールが即座に動いた。


 魔力を拳にまとわせた、エレシアという神官が使っていた防御貫通攻撃である。

 その一撃で骨を粉砕され、グルムンドはバラバラになってしまった。



「何をやっているグルムンド!! 魔王なら、魔王らしくしろぉ!!」


「……魔王とは」


「っ、な、なんだ!?」


「魔王とは。本来人が抗い切れぬ程の邪悪。それを御しようとするのは、不可能だ」



 グルムンドとシュトラールは、同じ魔王でもその力に歴然の差があった。


 当然だ。

 グルムンドは千年前に死に、シュトラールは生きている。

 エルフを始めとした長命な生物は、生きた時間がそのまま力に直結しているのだ。


 とどのつまり、グルムンドでシュトラールを倒すことはできない。



「さあ、人間よ。我を前にどうする? 絶望するか? 抗うか? その両方か。我はどちらでも構わぬぞ」


「ひっ」



 ユージーンの喉奥から、情けない声が出た。


 そのことに最も驚いていたのは、ユージーン本人である。



(ぼ、僕が、震えている? あの時と、同じように? 母上を死なせた、あの時のように?)



 ユージーンの脳裏をフラッシュバックするのは、母の姿であった。


 十年前、政務で忙しい父に代わって、ユージーンは母と共にベリアール領へ視察に向かった。

 ロクに街道が整備されていない辺鄙な山間の奥にある、ド田舎だ。


 帝都からベリアール領へと向かう道中。

 その当時はまだ移動に便利な自動車が無く、馬車という原始的な手段を用いていた。


 当然、幾人もの護衛がユージーンとその母には付いていた。


 しかし、悲劇は起こった 起こってしまった。


 腕利きの護衛すらたったの一撃で肉塊にしてしまうような魔族が姿を現したのだ。


 後から聞いた話によると、勇者アリアが逃がしてしまった魔王の配下の残党だったらしい。



『死ね、人間!!』



 魔族にとっては、勇者アリアに負けた腹いせだったのだろう。


 その凶刃はユージーンを殺そうとして――


 ユージーンを庇った母親が死んだ。



『貴方の正しいと思う道を行きなさい』



 母の遺言は、ただそれだけ。


 正しさなど、十歳に満たない少年に分かるはずもない。

 母の子を思う言葉は呪いとなって、少年をある妄執に取り憑かせた。


 即ち。



――魔物を、魔族を、魔王を殺さなければ。



 それこそが、彼を彼たらしめるもの。


 誰にも譲れない、憎しみと怒りを鎮めるための唯一の方法。



(僕は、僕はもうあの時とは違う!! 怯えているだけの無能とは違う!!)



 覚悟を決めて、ユージーンが銃を構える。


 もう通じないと分かっていても、抗うことを辞めるつもりは無かった。


 魔王に恐怖で屈するなど、彼の自尊心が許さない。

 母の亡骸の前で復讐を誓った、幼い頃の彼が許さない。



「キヒャ!! いい!! いいぞ!! その絶望しながらも諦めぬ瞳!! ああ、ああ!! その顔を更なる絶望で染めてやりたい!!」


「来るなら来い、魔王シュトラール!! 僕は、死んでもお前に屈さない!!」



 魔王シュトラールがユージーンを更なる絶望に染めようと、前へ一歩踏み出した。


 そして、上から降ってきたメイドに踏み潰される。



「ごぺっ!?」


「……え?」



 何が起こったのか、ユージーンは混乱する。


 上を見ると、大きな穴が空いていた。メイドが突き破って来たのだろうか。



「き、貴様は!!」


「……人間と問答する気はありません」



 よく見ると、謎のメイドは魔族であった。


 件の放送事故で魔王シュトラールに叱責されていた、あの絶世の美女である。


 ユージーンは焦る。


 魔王一人でも勝ち目が無いのに、更なる敵の増援。

 もはや勝算など無かったが、これでユージーンの敗北は必須となった。



「……魔王様」



 そのメイド――クラウディアはユージーンに興味を示さず、ただ彼女の主を真っ直ぐ見つめていた。



「ああ? なんだ、クラウディアか。今、我は良いところなのだ。邪魔を――」



 邪魔をするな、と言うつもりだったのだろう。


 次の瞬間、クラウディアは強烈な右ストレートで魔王シュトラールの顔面を打ち抜いた。


 ズドゴッ!! という凄い音がした。



(ふぁ?)



 あまりにも意味不明な出来事に、ユージーンは硬直する。



「魔王様、いい加減正気に戻ってくださいませ。今の貴方は、貴方らしくない」


「な、何を……」


「その人間を見なさい、シュトラール」



 名前を呼ばれ、魔王がビクッと身体を震わせてユージーンを見つめる。



「その人間は怯えながらも、武器を持って戦おうとしています。彼我の実力差に絶望しながらも、諦めておりません。その人間は、貴方にとって勇者と呼ぶに相応しいのではありませんか?」


「ゆう、しゃ……」


「勇者と相対する貴方は、もっと貴方らしい貴方でありなさい。本能に任せて暴走するのは程々になさい」


「……」



 配下が王を叱責する。


 普通なら、有り得ないことだ。

 しかし、魔王シュトラールは急に不気味な笑みを引っ込めてユージーンを真っ直ぐ見つめる。


 そして、何を思ってか頭を抱えた。



「あー、ちくしょうめ。俺としたことが……ブツブツ……」



 魔王が何かを呟いて、立ち上がった。



「クソ、本当に自分が嫌になる。脳を潰されただけですぐ本能に流されるのはどうにかならんもんかねえ」


「な、何を、言ってるんだ?」


「ここからは真面目に相手してやるって話だよ。その前に宰相の息子(笑)、一つ聞かせろ」


「その呼び方はやめろ!! ……なんだ?」



 魔王はただ一言。



「お前は、覚悟が出来ているんだな?」


「……」



 大義名分のため、ヴェインを、無関係の人々を傷付ける覚悟があるのかという問い。


 ユージーンはそれを理解して静かに頷いた。



「僕には、魔族以下の下衆になる覚悟がある」


「……そうか。なら相手をしてやるよ、勇者ユージーン」



 初めて魔王シュトラールが、ユージーンの名を呼んだ。


 



――――――――――――――――――――――

あとがき

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