第20話 大魔王、まおともと再会する







 不快だ。



「女神様万歳!! 女神様万歳!!」


「女神様が討ち漏らした魔物を食い止めろ!!」


「怯むな!! 迎え撃て!! 俺たちには女神様が付いてるぞ!!」



 我、魔王ぞ? 女神扱いは心外だ!!


 魔王にとって女神という単語は地雷である。

 心が海のようにおおらかな俺でも助走を付けて殴るレベルだ。



「……しかし、これは……」



 俺は上空から目下の魔物の軍勢を見下ろしながら、思考に耽る。


 突撃してきた魔物たちに致命傷を何度与えても瞬く間に再生してしまうのだ。


 治癒でも回復でも無い。



「考えられるのは、時操魔法か」



 俺も時々使う便利な魔法。


 時間を止めたり、加速させたり、逆に巻き戻したりすることができる。


 魔物の急速な再生は時操魔法の時戻しに似ているが……。



「んー、なんか違和感があるんだよなあ。どこかで見たことあるような……」



 長生きしている魔王の辛いところだ。


 あまりに昔のことだと忘れっぽくなるというか、印象的な出来事じゃないと記憶できないというか。



『魔王様、準備が整いました』



 不意に脳内へクラウディアの声が響く。離れていても話せる念話魔法だ。



「お、クラウディアか。なら早速こっちに来てくれ」


『御意』



 いくら潰しても再生する軍勢と正面からやり合うつもりは無い。


 最適解は頭を徹底的に叩くことだ。


 ただ、そのためには目の前の軍勢を足止めしておく必要がある。

 幸いなことに、俺が保有する即時投入可能な戦力は一万程度いるからな。


 配下たちに足止めを手伝ってもらおう。



「ところで、これって帝国の戦争に介入することになるのか? ……ま、細かいことはどうでもいいか」



 俺にとって大切なのは、帝都を守ること。


 まだ帝都全体の半分も観光していないのだ。今、帝都が消滅してしまっては俺が困る。


 その時、不意に俺の背後で空間が歪んだ。



「主殿。ベネルペンデ、参上致しました」



 やってきたのはベネさんだ。


 地上に彼が率いる軍団が同様に空間の歪みから現れて、帝都を守るように部隊を展開していた。



「おう、ご苦労さん。悪いが、あの魔物たちを足止めしておけ」


「承知しました。……多いですね。十万弱でしょうか」


「お前らなら余裕だろ?」



 俺がそう言うと、ベネさんは困ったように笑った。



「ええ、まあ。所詮は有象無象。日々鍛錬している我々には及ばないでしょう。しかし、犠牲がゼロというわけには行かないかと」


「弱気だなあ、おい。……しょうがない。半分くらい減らしてやるよ」



 あまり使いたくはないが、他所様の魔物よりうちの子が可愛いのは必然。

 俺だって配下に犠牲を出すくらいなら、敵を皆殺しにした方が良いと思うしな。


 俺は魔力を練り、詠唱する。


 普通なら詠唱はしないが、この魔法ばかりは詠唱しないと使えない。


 文字通りの、俺の奥の手の一つ。



「――深淵魔法・天獄門」



 刹那、空が割れる。空間を裂くように。


 開かれた門の向こう側から、無数の巨大な腕が伸びてくる。

 普通の人間には見えない、漆黒の腕。


 その腕が魔物たちを掴み、門の向こう側へと引き摺り込む。


 人間たちには魔物が宙に浮いて消えているように見えることだろう。

 ともすれば神の奇跡にも見えるかも知れない。


 ……実態はかなりエグいというか、不気味なんだが。


 向こう側へ行ってしまった魔物たちがどうなるのか、それは俺にも分からない。

 ただ分かるのは、あの門に取り込まれた者は二度とこちら側に戻ってこない。



「ふぅ。魔力を半分も使っちまった」


「感謝いたします」


「あー、別に礼は要らん。ただ、俺にここまでさせたんだ。一人でも犠牲を出したら……分かっているな?」


「命を懸けてでも、誰一人失わせませぬ」



 俺の目を真っ直ぐ見て言うベネさん。



「ならいい。俺は黒幕を探す」


「黒幕、ですか? それは――」



 その時だった。帝都の中央、つまりはフレイベル城で爆発が起こった。



「……なるほどな、あっちが本命か。ベネルペンデ」


「は!!」


「俺は行く。後は任せた」


「御意!!」



 俺は転移魔法で帝城の方へ移動する。


 そして、城がどうなっているのか適当な人間を捕まえて聞こうとしたが、人の気配が無かった。



「……ふむ。人がいないな」



 気配を探りながら歩くが、どこを探しても誰もいない。

 ヴェインは勿論、その他の城勤めの役人や騎士の姿がどこにも無かった。



「ん? この魔力は……こっちか」



 ふと、懐かしい魔力を感知した。


 誰だったか。思い出せないが、知っている魔力が辺りに漂っている。


 漂う魔力を頼りにその持ち主を探すと、俺は謁見の間へ来てしまった。


 ここに、誰かがいる。



「邪魔するぞー」



 重厚な扉をぶっ壊して、中に押し入る。


 一度ヴェインと会うために入ったことのある部屋だが、今はおどろおどろしい雰囲気と強大な魔力に包まれていた。


 そして、その最奥。


 本来であれば皇帝であるヴェインが座るはずの場所に、その存在は座っていた。


 一見すると、ただの骸骨。それが黒い布をまとっているだけに見える。

 しかし、魔王である俺にはそいつが何者なのか分かった。



「あー、思い出した。あれは時操魔法じゃなくて、お前の権能か。グルムンド」


「……」



 【命】の魔王グルムンド。


 かつての俺と同盟を結んでいた魔王。友人と言っても過言ではない。まおともだ。


 彼の権能なら、致命傷を負うような攻撃でも魔物たちが大丈夫だったのも納得である。


 しかし、彼は俺以上の平和主義者だったはず。


 なのだが……。



「というかお前、生きてたのかよ。てっきり千年前に死んだと思ってたぞ」


「……」


「で? 平和主義者のお前がどういう風の吹き回しだ? なんで人間を襲う?」


「……」


「……はあ、大体分かった。本当に胸糞の悪いことをするな」



 反応が無いグルムンド。


 当然だ。何故なら彼は死んでいる。


 目の前のグルムンドは、ただの死体だ。

 どうやってか、その権能や魔王としての支配能力が使えるだけのただの死体。


 となると、彼の力を操っている黒幕が別にいると考えるのが妥当だろう。



「そこにいるお前、いつまで隠れているつもりだ」


「……バレていたか」



 グルムンドが座る玉座の後ろ側から、一人の男が姿を現す。



「……ふん。下位デーモンのくせに、鋭いじゃないか」


「あー、え? えっと、ごめん。会ったことあったか?」


「え?」


「え?」



 姿を現したのは、アリアとそう変わらない年齢の青年であった。


 中々の美丈夫で、結構モテそう。



「私だ!! ユージーン・フォン・ベリアールだ!! 前に名乗っただろう!?」


「え? えーと、ごめんマジで覚えてない」


「な、こ、この、下位デーモンの分際で!! 私は帝国の宰相の息子だぞ!!」


「ああ!! 宰相の息子(笑)か!!」



 思い出した。


 基本的に名前を覚える価値がないと思った相手は適当に付けたあだ名で覚えるから、思い出せないんだよな。



「くっ、まあいい。貴様はたしか、魔王シュトラールの配下だったな。貴様の首を魔王への手土産にしてやる!! やれ、グルムンド!!」


「……ふむ、傀儡魔法か」



 魔物を操っていたグルムンド、その彼を操っていたのは、宰相の息子(笑)だったらしい。


 傀儡魔法は難しい魔法だが、まさか人間が使うとはな。


 なんて考えている場合じゃない。


 グルムンドは魔王。それも俺と同じ頃に誕生した、同格。


 殺す気で、やらなければ。






――――――――――――――――――――――

あとがき

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