第18話 大魔王、空を駆ける





「これが、グリフォンの巣だと? ただの洞窟ではないのか?」



 森の奥。

 俺たちはディミトリスの案内で、彼らが棲家にしている洞窟へとやってきた。


 アリアが想像していたものと違ったのか、少し驚いている。



「どんな巣を想像していたんだ?」



 こっそりアリアに耳打ちして訊ねてみる。



「いや、もっとこう、鳥の巣のような、枝や枯れ葉を集めたものを想像していた」


『時間があればそういうものを作りたかったのですが、今は雨風さえ凌げればそれでいいので』



 慌てて逃げてきたばかりで、急いで作った巣なのだろう。

 少し埃っぽくて汚いが、ディミトリスの巨大でも容易く収まる程で、雨風を凌ぐには十分な広さだった。


 洞窟へ足を踏み入れると同時に、奥の方から数匹のグリフォンが姿を現す。

 身体が小さく、メスや子供のグリフォンばかりでオスのグリフォンはいなかった。


 その中に混じる、更に小さな影が一つ。



「でぃーちゃん!! おかえり!!」



 女の子だった。年齢は十歳くらいだろうか。


 少し土埃で汚れているが、綺麗な銀色の髪と黄金の瞳を持った可愛らしい女の子である。


 ……でぃーちゃんってのはディミトリスのことか?

 だとしたら、グリフォンの言葉を理解している?


 ふーむ。

 魔物に好かれやすい体質の持ち主は稀にいるが、言葉まで分かるのは本当に珍しい。



「……生きてた……良かった……」


「きっと村の人たちも喜びますね!!」


「うむ、そうだな」



 エレシア、メルト、アリアが子供の無事に安堵して、笑顔を見せる。


 しかし、三人のその様子を見たディミトリスを除くグリフォンたちが一気に警戒心を強めた。

 女の子自身も何かを察して、ディミトリスたちの陰に隠れる。



「あ、あれ? えっと?」



 空気の変化を理解してか、あるいは魔力視の魔眼がグリフォンたちの戦う意志を見抜いたのか。


 メルトが息を飲む。


 俺はディミトリスに詳しい事情を聞くことにした。



「ディミトリス。ワケありか?」


『……おそらくは。ボクたちにとっては絶対に有り得ないことなのですが、あの子の話を聞いている限りは……虐待、かと。身体に痣やその跡があります』


「……なるほど。いや、どっちかと言うと迫害じゃないか?」



 魔物と仲良くなることができる存在。


 俗に言うモンスターテイマーの素質を持っている人間は、本当に極稀だ。


 しかし、魔物は人間にとっての天敵であり、分かり合うことなど不可能な存在。

 そのはずの魔物と仲良くできる子供を、凝り固まった価値観でしか物事を測れない人間の大人たちはどう思うだろうか。


 答えは、拒絶である。



「アリアさん、メルトさん、エレシアさん。お三方はそれ以上動かないでください」


「……お前の命令を聞く義理は無い」


「だったら動いていいですよ。お三方のうち誰かが動いたら、幼い子供の前でグリフォンたちとの殺し合いが始まるだけですので」


「っ」



 相変わらず噛みついてくるエレシアだが、今は我慢しろ。

 下手にグリフォンたちを刺激したくないからな。


 俺は一人前に出て、女の子の前で膝を折る。


 そして、他の誰にも聞こえない程の小さな声で話しかけた。



「よっ、お嬢ちゃん。君の名前を聞いても良いかな?」


「……ロロ」



 ディミトリスの身体にしがみつきながら、俺の質問に答えるロロ。


 俺は笑顔で話を続けた。



「ロロちゃんか。よろしくな。俺はシュトラール。こう見えても魔王なんだ」


「……まおう?」


「そう、魔王。魔物たちの王様だ」


「おうさま? すごい!!」



 お、おう。子供は素直で可愛いなあ。


 っと、じゃなくて!!



「ロロちゃん」


「なに、しゅーちゃん?」


「しゅ、しゅーちゃん? ま、まあ、良いか。ロロは村に……お父さんとお母さんのところに帰りたいか?」


「や!!」


「……おっけー、分かった」



 ロロ本人が嫌がっているなら仕方ない。


 俺は立ち上がって、アリアたちの方を見る。



「アリアさん。どうやらこの子は家に帰りたくないようです」


「なに? 何故だ?」


「迫害ですよ。この子にはモンスターテイマーの素質があるみたいです。そのせいですね」


「なっ、ほ、本当なのか!?」


「人間は理解できないものを忌み嫌うものですから。村に返してもこの子ためになりませんし、俺が連れ帰っても?」


「そ、それは、大丈夫なのか……?」


「はい、問題ないです」



 たしかに、普通の人間を連れて行こうものならどうなるか分からない。

 俺の配下たちは人間ぶっ殺したがる連中ばかりだからな。


 しかし、見たところ問題は無さそうだ。


 ロロは魔物を警戒させないというか、敵として見なされないというか……。

 言語化するのが少し難しい体質をしている。


 これなら俺の配下でもロロには敵意は抱かないだろう。


 ダンジョンに連れ帰っても大丈夫なはず。



「あ、そうだ。ついでにお前らも来るか?」


『え!? ぼ、ボクたちも?』


「おう。子供の一人もグリフォンの十数匹も変わらないからな。それに……ロロちゃんはグリフォンたちと別れたくないだろ?」


「ん!! でぃーちゃんとばいばいは嫌っ!!」


「ほらな」


『……では、お言葉に甘えさせていただきます。我々は貴方に忠誠を誓います』



 そう言って、ディミトリスたちグリフォン一同が俺にお辞儀してくる。

 そして、そのお辞儀を真似てロロもぺこりと頭を下げた。


 

「あー、お堅いのはナシナシ。ルールは一つ。俺の命令は絶対。そして、敵は殺せ。それ以外と味方には仲良く。これ破ったら羽をむしってハゲさすからな」


『いや、あの、それだとルールが三つでは? あとその罰は勘弁してください。ロロちゃんにむしられてただでさえ毛が少なくなっているのに……』


「でぃーちゃんの羽、ふわふわで気持ち良いもん!!」



 どうやらディミトリスはハゲを気にしているらしい。

 ……今度、毛を生やす魔法でも教えてやるか。



「というわけで、お三方。ロロちゃんとグリフォンたちは私が預かります」


「う、うむ。ただ、その子に関してはもう少し調べさせてくれ。本当に迫害されていたとしたら、親も村人もしょっぴく必要がある」



 へぇー、帝国ってそういう法律もあるのか。


 流石は世界最先端の国。

 倫理観というか、道徳的で良いね。ますます帝国が好きになりそうだ。


 アリアが他の二人に確認を取る。



「エレシアもメルトも、それで構わないか?」


「……異論は……無い……」


「は、はい!! でも、撮影の準備が無駄になっちゃいましたね」



 興味を失ったのか、どうでも良さそうなエレシアと困り笑いを浮かべるメルト。


 ……ふむ、そうだな。



「なら、ちょっとした動画ネタを提供しましょう」


「「「?」」」










 空。


 それは、人類が憧れる領域。


 ある世界では二人の兄弟が飛行機で空を飛び、文明は飛躍的な進化を遂げることとなった。


 その文明の進化は戦争の在り方を変えてしまう程だったが、同時に人々の国を跨いでの移動を可能とし、世界を広げた。


 まだこの世界には航空機が存在しない。


 当然と言えば当然だろう。

 空にはドラゴンを始めとした危険なモンスターが闊歩している。


 だが、もし空を飛べるとしたら飛びたいと思うのは人間の本能と言っても過言ではない。


 まあ、何が言いたいのかと言うと。



「ヒャッホゥー!! こりゃ良いな!!」


「でぃーちゃん、すごい!!」



 俺は今、自由自在に空を舞っている。ディミトリスの背に乗って。

 まあ、俺はその気になれば魔法で飛べるが、自力で飛んだら風情もクソもない。


 ちなみにロロは落っこちないように俺の腕の中にいるので安心安全だ。


 アリアたちは……。



「おお!! これは素晴らしいな!! はっはっはっはっはっ!!」


「ひぃいいい!! ちょ、アリア様!! スピード!! 速いですぅ!!」


「私に言うな!! あー!! 私は今、風になっているぞ!!」


「いやあああ!! 下ろしてください!! やっぱり怖いです!! せめてあっちに!! シュトラールさんの方に乗せて!!」


「遠慮しなくて良いぞ、メルト!!」


「うるせーですよ!! こっちは命の危険を感じてるんですよぉ!!」



 ……ま、大丈夫だろ。


 落ちて死んでも蘇生すれば良いしな。


 そうそう、エレシアはグリフォンには乗っていない。



『……魔物に乗るなんて、死んでも嫌』



 とか言ってたが、あれは単純に高いところが怖いだけだと思う。


 エレシアは村に事の顛末を説明した後、後日子供を迫害した件について捜査する旨を伝えて鉄道で帝都に向かった。


 多分、グリフォンの方が帝都に早く着くだろうけど。



「お、もう帝都が見えたな」


『シュトラール様、何やら様子がおかしいです』


「ん?」



 ディミトリスに言われて目を凝らすと、どうやら帝都のあちこちで火災が起こっているようだった。


 否、ただの火災ではない。


 まだ帝都までかなりの距離があるが、俺の視力はその火災の原因と思わしきものの姿を捉えていた。



「うわー、なんか魔物に襲撃されてんじゃん」



 帝都に攻め入ろうとしている無数の黒い影。


 どう見ても、帝都が魔物たちの襲撃を受けている。



「すまん、ディミトリス。ロロを頼んでも良いか?」


『え? そ、それは構いませんが……シュトラール様はどうなさるので?』


「ちょっとダッシュで救援に行ってくる。せっかくの友好国だからな。助けないと」



 街中に現れたゴブリン、帝都付近の村を襲ったゴブリン、ディミトリスの群れを操った謎の男。


 全て繋がっているような気がしてならないな。


 俺は若干胡散臭いものを感じながらも、ディミトリスから降りて帝都へ転移魔法で跳ぶのであった。






 

――――――――――――――――――――――

あとがき

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