第17話 大魔王、グリフォンの事情を聞く





 昔、俺は弟子を取っていた時期がある。


 それも、人間の少年だった。


 どこかの国の王族だったらしいが、権力争いに敗れて俺のダンジョンに放り込まれたらしい。


 当時のダンジョンは今のように一階層で封鎖しておらず、運が良ければ最奥まで辿り着けるものだった。

 しかし、その道中には凶悪な魔族たちがいる。


 俺の命令で殺すことはないが、死ぬような思いはしたはずだった。


 その少年は俺の元まで辿り着き、言ったのだ。



『僕を弟子にしてくれ!!』



 理由は単純なもので、自分を殺そうとした兄弟たちへの復讐だった。


 正直、人の復讐に手を貸すのは嫌だ。


 自分の手を汚すならともかく、誰かが手を汚すことに協力したくはなかったから。


 しかし、当時の配下は野蛮も野蛮だった。俺が弟子にしなければ、間違いなく配下の誰かが殺していただろう。


 俺は少年を守るために、少年を一時的に弟子にしたのだ。


 最初は簡単な魔法を教えて終わるつもりだった。


 だが、俺は人との会話に飢えていた。

 その時の俺は転生したばかりで、感覚が魔王よりも人間に近かったからだ。


 俺は少年に親愛の念を抱き、一人の友人として対等な関係を築いた。


 それが何年も、何十年も続いて……。


 少年は、老衰で死んだ。


 復讐すると息巻いていた少年は、結局ダンジョンから一度も出ることはなく、そのまま死んでしまった。


 その時の少年が何を思ったのか分からない。


 ただ、その少年だった老人の顔はは安らかで、まるで眠っているようだった。


 老衰で死んだ人間は魔法で生き返らせられない。

 すでに魂が摩耗し、消えてしまっているから。


 俺はそこで気付いた。


 俺は人間としての感覚を持っているが、生物としては人間ではない、と。


 寿命が違うのだ。


 この世界にはエルフもいる。しかし、エルフとて完全な不老ではない。


 いつかは、必ず死んでしまう。


 対する俺は、寿命が存在しない。この世界が、惑星が消滅するまで……。

 いや、下手したら惑星が消滅しても、この体は死を許さないかも知れない。


 生きる時間が、概念そのものが違うのだ。



「だから俺は、弟子は取らないし、取りたくない」



 カタカタと揺れる馬車の荷台。


 俺はメルトと二人で静かに雑談していた。

 その雑談の内容は、俺が弟子を取りたくない理由である。


 ちなみにアリアは御者台に座っていて、エレシアはその隣なので、俺たちの会話は聞こえていない。


 エレシアが御者台にいる理由は、俺と同じ空間にいたくないかららしい。

 随分と嫌われてしまったものである。



「……そう、ですか。私も、昔飼っていた犬が死んでしまった時は悲しかったです」


「おいコラ。俺の年々薄れ行く大切な思い出の少年を犬扱いするな」



 まあ、たしかに感覚的には似ているだろうが。



「だから悪いけど、弟子の件はナシで」


「いえ、駄目で元々。最初からあわよくばというつもりだったので大丈夫です。っと、そろそろ目的地の村ですね」


「あれ? 意外と近いんだな」



 馬車が止まり、アリアが御者台からこちらを覗く。



「メルト、村長と話をしてくる。馬の番を頼みたい」


「分かりました」


「それとシュウ殿は……うーむ、冷静に考えてみたら、魔物の被害に遭っている村へ連れてきたのは不味かったか?」


「本当に今更ですね」



 てっきり気にしてないだけかと思ったが、どうやら最初から勘定に入れていなかったらしい。


 行き当たりばったりなところは嫌いじゃないが。



「村人を刺激しても良くないですし、角と尻尾は隠します」


「ああ、頼む。エレシアは動画撮影の準備を頼む」


「……分かった……」



 やはり俺以外には眠たげな態度で接するエレシアが、ガサガサと道具袋を漁り、機材の準備をし始めた。


 動画撮影……。


 ああ、動画を撮るのか。そう言えば、ダンジョン攻略や魔物の討伐する映像は結構な値で売れるんだったな。


 部活の運営費もそれで賄っているんだから、アリアの人気具合が窺える。


 それから俺たちは村長に詳しい話を聞いて、早速グリフォンが棲み着いているという森に足を踏み入れた。


 ただ一つ、驚いたことがあった。



「まさかグリフォンが村の子供を攫っていたとはな」


「……やっぱり魔物は殺すべき。魔族も死ね」


「ま、まあまあ、エレシアちゃん。今は同じパーティーメンバーなんだから落ち着いて?」


「うーん、おかしいですねぇ。グリフォンは弱い者を食べたりはしないんですが」



 村長の話によると、村の近くの森に棲み着いたグリフォンが村の子供を攫ったらしい。


 んー、これは討伐されても文句は言えない。


 しかし、グリフォンが他者を襲うのは狩りをする時か縄張りを守る時だけだ。

 狩りで人間を狙ったとしても、食いでが無い子供は狙わないはず……。


 これは何かありそうだな。少し話を聞いてみたい。


 と思っていたその時。



「ん? こっちに来るな」


「む?」


「……は?」


「え?」



 突如として、辺りが暗くなった。


 否、暗くなったと錯覚してしまう程、太陽が大きな影で隠れたのだ。


 空を見上げれば、宙を舞う獅子の身体と鷲の頭の魔物が一匹。

 グリフォンである。



「な、全員構えろ!!」


「待った」


「シュト、シュウ殿!! 何を!?」


「敵意が無いですね。どうやら私達とお話がしたいようです。私に任せてもらっても?」


「……分かった。だが、襲ってきたら戦うぞ」


「十分です」



 俺は身構える三人を制し、一人前に出た。


 グリフォンの言葉が分かるのは魔王の俺だけだからな。



「おーい、グリフォン!! 少しお喋りをしよー!!」



 呼びかけてみると、グリフォンは高度を下げて地面に着地。

 そのまま俺の前で頭を垂れた。グリフォンの挨拶である。



『ボクはディミトリス。グリフォンの群れの長をしております』


「ほーん? 図体はデカイが、かなり若いな。二百歳くらいか?」


『今年で百八十になります』



 俺からすれば大して変わらないな。


 意外だったのは、思ったよりも理知的で丁寧な口調のグリフォンだったことか。


 ディミトリスと名乗ったグリフォンが言葉を続ける。



『ヒト、ではありませんね。魔族ですか。それも、ボクでは足元にも及ばぬ高貴なる魔族。何故ヒトと一緒に?』


「説明が面倒だからそこはカットで」


『……では、用件をお訊ねしても?』


「んー。端的に言うと、近くの村にいる人たちが君と君の仲間たちを恐れている。出て行ってくれるならそれで構わないけど、じゃなかったらガチバトルだな」


『それは御免被りたいですね。貴女と戦って勝てるイメージが、ボクにはできない』



 おそらく、本能的な部分で俺の強さを察知しているのだろう。

 理知的な言動でも、やはり魔物。勘が鋭いな。



「さて、一つ聞きたい。何があった? お前はそこそこ強そうなグリフォンだが、長というには少し実力不足な気もするが」


『ボクより強い者は死ぬか、操られてしまいました』


「……なんだと?」



 操られた、だって?



『何が起こったのか、ボクら自身も分かっていません。ただ、何者かに操られた群れの一部のグリフォンが暴れ出し、従わないグリフォンを殺し始めたのです。ボクは群れの長……父から戦う力を持たないメスや子供たちを連れて逃げるように言われて』


「……なるほどな。それにしても、胸糞の悪い力の使い方をする」



 グリフォンたちを操った何者かの正体は、間違いなく魔王だろう。

 そして、グリフォンたちは魔王の支配の力で暴れ出したに違いない。


 例のゴブリンを操っている奴と同一人物か?



「何者かって言ったな。そいつの性別は分かるか? あと身長は?」


『性別は……おそらくオスのヒトかと。体格が良かったので。身長は貴女様よりも少し高いくらいでしょうか。それ以上は何も……』


「そうか、分かった。あ、あと子供を攫ったというのは本当か?」


『あー、えっと、それは……その……』



 歯切れの悪いディミトリス。


 まさか、もう食べちゃった感じかな?



「はっきり言え」


『ひっ、ち、違うんです!! 攫ってません!! 森に迷い込んでいたので、村へ返してあげようと思ったのですが、妙に懐かれてしまって!!』


「は? 懐いた?」


『は、はい。うちの群れの者たちもその子を気に入ってしまい、すっかり群れの一員として認めて締まっていて……』



 まじかよ。


 魔物に好かれる体質の人間は稀にいるが、こんなところでお目にかかれるとは。


 俺もちょっと会ってみたい。



「よし、連れてけ」


『え? は、はい!?』


「良い返事だ」


『ちょ、今のは違うんですが!?』



 面食らっているディミトリスを無視して、森に足を踏み入れる。



「お、おい、シュウ殿!! 何をしておるのだ?」


「実はカクカクシカジカで……」



 道中でグリフォンから聞いたことを話し、森の更に奥へと進むのであった。

 


 




――――――――――――――――――――――

あとがき

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