第15話 大魔王、無駄無駄する





「なあ、アリアさんや」


「なんだ?」


「俺は今日、帝都で有名なアイスクリーム屋さんに行くつもりだったんだ。学園が休みだからな。配下に内緒で食べるアイスクリームは、絶対に美味いと思うんだ。それなのに、なんで休日に呼び出されたんだ?」


「今日は部活の日だと前々から言っておいただろう!!」



 休日返上とはこのことか。


 名前だけ置いて幽霊部員なるつもりだったが、まさかアイスクリーム屋さんへ向かう途中で捕まってしまうとは。


 くぅ、明日こそは!! 明日こそはアイスクリームを食べよう!!



「で、これ何を待ってんの?」



 アリアは今、駅前で完全武装し、誰かを待っているようだった。


 どうやらアリアはすでに冒険者ギルドにて依頼を受注してきたようで、その手に依頼書が一枚握られている。


 行こうと思えばいつでも行けるはずだが……。



「パーティーメンバーだ。今回は私と貴殿の他に二人来る」


「なるほど。じゃあ、美少女モードになりますね」


「……切り替えが早いな」


「普段から魔王っぽい演技してますから」



 常日頃から一人称を『我』みたいな、痛々しい感じにしてるんだ。

 ちょっと丁寧な女の子っぽい口調に変えるなんて朝飯前である。



「す、すみません、遅れました!!」


「いや、時間通りだぞ、メルト」



 慌てて駅前まで走ってきたのは、青い髪と瞳の魔法使いの少女であった。


 先日の配信で、俺がうっかりバッサリとやってしまったあの子である。


 ふむ、後遺症は……無さそうだな。良かった良かった。


 俺の回復魔法は上手くないからな。

 完璧に治しはしたが、ずっと心配していたのである。



「初めまして、メルトさん」


「え? あ、えっと、はい、初めまして。って、角と尻尾? デーモン? あ、もしかして貴女は……」


「私はシュウ。魔王シュトラール様の配下です」


「ど、どうも、メルトです。アリア様のパーティーメンバーです」



 俺が笑顔で話しかけると、メルトは微かな警戒を見せる。


 そりゃ、自分をうっかり殺しかけた相手の手下なんて警戒するわな。ホントにごめん。



「メルトさん、主に代わって謝罪致します」


「え? しゃ、謝罪?」


「はい。主は貴女の背中をうっかりやっちゃったことを随分と気にしていたようでして。傷跡が残るようであれば、エリクサーも用意すると――」


「「エリクサー!?」」



 驚いた反応を見せたのはメルトだけではなく、アリアもであった。



「エリクサーって、不治の病ですら癒やすという、あの?」


「はい。自慢ですが、魔王シュトラール様はもの作りが得意でして。エリクサーの生成にも成功しているのですよ。これを飲めば、いかな古傷でも元通りになるはずです」


「あ、い、いえ!! 傷は大丈夫です!! で、ですが、そのエリクサーをお譲りいただきたいです!! 研究したいので!!」


「メルト!?」


「いいですよ」


「良いのか!?」



 ド直球なおねだりは嫌いじゃない。


 特に、傷はもう治っているから、と正直に言ったところが好ましい。気に入った。


 アリアが再び驚愕するが、俺は気に入った相手には甘いからな。

 エリクサーの1リットルや2リットル、ただで譲ってやろう。


 俺はメルトに後日エリクサーを贈る約束をして、残る一人のパーティーメンバーを待った。



「……遅いですね」



 メルトが時間通りに来てから30分。しかし、一向にもう一人が来ない。


 俺の咎めるような声音に、アリアが眉を寄せた。



「……時間にルーズな奴でな。困ったものだ」


「あ、あの、アリア様」


「ん? なんだ?」


「その、大丈夫なんですか? シュウさんはデーモンですよ? エレシアちゃんが来たら……」


「大丈夫だろう。多分」


「た、多分って……。シュウさんに何かあったら、私がエリクサー貰えないじゃないですか!!」



 正直者は嫌いじゃないが、そこまでハッキリ言うのか。

 普通に尊敬したくなるレベルだぞ。


 しかし、残りの一人はどういう人間なんだ?


 まるで俺と残りの一人が喧嘩するかも知れないみたいな言い回しだ。


 ふっ。俺を誰だと思っているのか。


 我、悠久の時を生きる大魔王ぞ? 人間のガキンチョと喧嘩するわけがなかろうて。



「……おはよう……アリア……メルト……」



 そんなことを考えているうちに、その残りの一人がやってきた。


 眠たそうな半眼は鮮やかな赤色で、髪は雪のように真っ白な美しい少女だ。

 シスター服を身に纏っており、余程眠たいのかふらふらしている。



「遅いぞ、エレシア!!」


「……んぅ……怒鳴らないで……」


「まったく。シュウ殿、彼女はエレシア。女神教の神官だ」



 ああ、なるほど。


 メルトが心配していたのは、エレシアは女神教の神官だから、魔王の配下である俺とは反りが合わないかも知れないことだったのか。


 見たところ、エレシアはそこまで苛烈な子には見えないけど……。


 つい先日もレルゲン司祭という、珍しく魔族に普通の接し方をする人物と会ったから俺がそう思うだけだろうか。



「初めまして、エレシアさん。シュウです」


「……ん? デーモン? 魔族?」


「はい。留学生としてアビスゲイト国から来ました」



 その次の瞬間。


 エレシアは地面が陥没する程の爆発的な勢いで俺に向かって突進し、己の拳を振り抜いた。



「ぬお!?」


「魔族は死ねえええええッ!!!!」



 咄嗟に首を捻って回避する。しかし、エレシアの猛攻は止まらない。


 左手の連続ジャブで牽制の一撃、俺が体勢を崩したタイミングで大砲のような右手の鉄拳ストレートを放つ。


 しかし、魔王たる俺にただの物理攻撃ではダメージを与えられない。


 その、はずだったが……。



「ごふっ」



 みぞおちに入った拳が、俺に小さくない痛みを感じさせた。


 な、なんだ? 今のは? 防御無視攻撃?



「死ねッ!! 魔族は地獄に落ちろッ!! 畜生共は皆殺しだッ!! 汚物は消毒してやるッ!!」


「やだ怖い!!」



 鬼気迫る表情というか、殺意を微塵も隠さない姿は少しビビった。


 それよりも驚いたのが、防御無視攻撃だ。


 いや、正確には防御貫通攻撃だろうか。

 打撃による痛みはないのだが、内臓に響く衝撃波が痛い。


 しかし、原理は最初の一発で分かったぞ!!



「オラァ!! ――な!?」


「ふっ。今、何かしましたか?」



 エレシアは殴る瞬間、魔力を拳の先で爆発させていた。

 衝撃波の正体はその爆ぜた魔力だ。


 普通の魔法ではないために見抜くのは難しいが、魔王を舐めてもらっちゃ困る。


 俺は攻撃を受ける瞬間、その場所でエレシアの拳と同じように魔力を爆発させた。

 これにより、防御貫通攻撃の貫通効果を無効、ダメージは通らない。


 しかし、エレシアは諦めなかった。



「この、死ね!!」


「無駄ですよ、もう効かないです」


「くっ、オラァ!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!」



 おっと。


 そんな風にラッシュされたら、前世は平凡な人間として漫画やアニメを嗜んでいた俺は、こう返さなくちゃいけないじゃないか。



「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!!」



 まあ、流石に反撃はしないが。


 それでもすべての攻撃を受け止めて、エレシアのスタミナが切れるのを待つ。



「はあ、はあ、な、何故……」


「ふむ。途中でこっちの防御の仕組みに気付いたみたいですが、基礎魔力に差があり過ぎましたね」



 エレシアはラッシュの途中、威力を意図的に弱めたり、逆に強めたりしていた。


 上手く相殺しないとダメージが通るため、集中力と魔力を削られたが、それでも最終的には魔力の総量という決定的な違いがあった。


 エレシアの攻撃は、完全な不意打ちなら俺も手痛いダメージを負うだろう。


 逆に言えば、不意を突けなければ無意味。


 惜しかったな。



「はい、エレシア。そこまで」


「……アリア……なんで、魔族がいるの?」


「その人物は危険ではない」


「そんな保証がどこにある!?」



 最初の眠たそうな姿はどこへやら。

 俺を憎しみが籠もった目で睨みつけてくるエレシア。


 この反応は見たことがある。


 親しい人を魔族に殺された遺族の反応だ。



「魔族は害獣!! 殺さなきゃ、殺される!!」


「それは……」


「証明できるならやってみろ!! できないだろう!?」



 証明、か。



「できますよ」


「は? どうやって――」



 俺は殺気を放った。あくまでも放つだけ。本当に殺すつもりは無い。


 ただ、殺すぞと脅す。



「「「――ッ!!!!」」」



 まず天候が変化した。


 快晴とまでは行かないが、そこそこ晴れていた空が暗雲に覆われる。


 同時に、殺気に敏感な者は身体を硬直させた。


 駅周辺だけではなく、広大な帝都全体が静寂に包まれる。

 ある者は呼吸できなくなり、またある者は心の臓が止まったかのような錯覚に陥る。



「と、こんな感じです」


「っ、はぁ、はぁ、い、今のは?」



 殺気を収めると、再び時が動き出す。



「ただの殺気ですよ。言っておきますが、私が本気で戦ったら帝都の人間を全員殺せます」


「っ、な、に?」


「でも、私はそれをやりません。それが私が無害な証明。そう嫌わないでください」



 俺は強いが、メンタルは結構繊細だ。


 相手から本気で怒りや憎悪といった感情を向けられるとビビる。



「……エレシア。シュウ殿は大丈夫だ」


「っ、怪しいことをしたら殺します!!」


「はい、分かりました」



 向こうが引いたので、コレ以上は何も言うまい。



「あ、あの、シュウさん?」


「なんですか、メルトさん」


「その、本当に下位のデーモンなんですか? 今の殺気はなんというか、上位デーモン以上というか……」


「内緒です」


「え?」


「内緒です。私は良い女ですので、秘密は多いのです」



 うっかりうっかり。


 そうだ。

 今の俺は魔王シュトラールではなく、下位デーモンのシュウ。


 平々凡々なフツメン魔王ではなく、美少女デーモンシュウなのだ!!


 俺はメルトがコレ以上は質問してこないように、にっこり笑顔を浮かべるのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

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