第12話 大魔王、対策を練る





「主殿、逆さまで何をなさっているので?」


「逆さだと頭に血が行くだろ? そしたら、こう、考え事も捗ると思って」



 マイダンジョン改め、アビスゲイト国の最奥に戻ってきた俺は、浮遊魔法で逆さになっていた。


 その光景を不壊竜ベネルペンデことベネさんが怪しいものを見るような目で見てくる。



「何か悩み事でも?」


「ああ。魔王の生き残りがいるかも知れない」


「……なんですと?」


「帝都で遊び歩いてたら、ゴブリンに遭遇してな。街中だし、魔王の支配を受けていたし、分からんことだらけでさ。何か意見ないか?」


「……ふむ」



 ベネさんも頭を抱える。



「ゴブリン、ですか。思いつく魔王は小鬼王ゴブルーガですな」


「でもあれは俺が殺した」



 最初に思い浮かべたのは、まだ俺がこの世界に転生したばかりの頃。

 俺を服従させようとゴブルーガという魔王が攻めてきたことがあった。


 俺だって魔王なので、配下を守るためにも徹底抗戦しましたとも。


 魔王だって一枚岩ではない。


 二、三人で同盟を組むことはあったが、ゴブルーガのように他の魔王を服従させようとする魔王も少なからずいた。


 もし魔王が一丸となることが出来たなら、魔王連合でも作って人類は今頃絶滅してるだろうしね。



「流石に街中で自然発生したってことはないだろうしなあ」



 魔物にはざっくり分けて二つの種類がある。


 ダンジョンで生まれる場合と、それ以外の場所で生まれた場合だ。


 そもそも魔物とは、大気中に漂う魔力が原因で発生する怪物。

 俺のダンジョンには俺の魔力で満ちていて、その魔力から発生する魔物は最初から俺の支配下にある。


 対してダンジョン以外の場所で発生した魔物は完全ランダムというか、不規則というか……。


 そこら辺は分からん。


 もしもあの帝都の路地裏に魔力が何らかの要因で溜まってしまったせいで、ゴブリンが発生したならまだ良い。


 でも、あのゴブリンたちはたしかに魔王の支配を受けていた。間違いはない。



「万が一、俺と帝国の仲を裂こうって腹ならゴブリン三匹では不十分だ。となると、何らかの目的があってゴブリンを放った?」


「主殿、それがしの手の者に調べさせましょうか?」


「ダメダメ。ベネさんとこの子は目立つ!!」



 こういっちゃあアレだが、ベネさんの配下は基本的に見た目がドラゴンだ。


 見つかったら大騒ぎである。



「うーん、あー。駄目だ、分からん。脳が糖分を欲している」



 こんなことなら帝都でアイスクリームでも食べておけば良かった。


 どうしようかな。


 しばらく考え込んでいると、不意に会議室はゴブリンが駆け込んできた。



「ベネルペンデ様!! って、シュトラール様!?」


「お、ゴブリン棟梁じゃん。おひさー」



 ダンジョンの修繕を担うゴブリンたちのリーダー、通称ゴブリン棟梁。


 本名はゴブ……ゴブなんとかだった気がする。


 覚えていないからゴブリン棟梁と皆して呼んでいる。



「急用なら行って良いぞ、ベネさん」


「む。では、お言葉に甘えて失礼します」


「失礼シマス」



 やっぱうちのゴブリンは賢いなあ。


 目に知性があるというか、安易に殺すとか言わない辺りが理性的というか。


 これはあれかな? 親馬鹿ならぬ魔王馬鹿かな?


 ん?



「そうだ……。あのゴブリン、随分と理性を失っていたな」



 略奪民族のような生き方をするゴブリンが、人間を殺そうと息巻くことは珍しくない。


 しかし、あそこまで正気を失うのは流石におかしい気がする。



「となると、あのゴブリンを支配下に置いた魔王が人間への憎しみを増幅させている? いや、そんな権能を持つ魔王は聞いたこともない。じゃあ、何らかの要因で魔王自身が暴走、連鎖的にその配下であるゴブリンも暴走したと考えるのが妥当か」



 それなら、ゴブリンが少数であそこに現れたことも説明できる。

 暴走が過ぎて、魔王がゴブリンのコントロールを失ったのかも知れない。


 そうなるとやはり、今回の相手は普通の相手ではないな。



「クラウディア、いるか?」


「ここに」



 すっ、と背後に現れるクラウディア。


 呼べば三秒以内に来るから流石だ。



「念のため、全軍いつでも出撃できるようにしておけ」


「人間どもを滅ぼすのですか!?」



 満面の笑みで喜々として訊いてくるクラウディア。


 こいつ、どんだけ人間が嫌いなんだ。



「ちゃうわい。……よその魔王とドンパチする予定で準備しろ」


「っ、御意!!」



 よその魔王とドンパチ。全面戦争ってことだ。


 うちも何度か経験しているが、ここ最近はずっとダンジョンにこもっていたので、配下たちの腕もなまっているだろう。


 ……久しぶりに、模擬戦でもしようかな。



「クラウディア。俺も暴れたいから、四天王は全員集めさせといてくれ。あと医療班の手配も忘れるなよ?」


「か、かしこまりました」



 俺もやると聞いて、クラウディアがビクッと身体を震わせる。


 前にやった時は盛り上がっちゃって加減を間違えた結果、大惨事になったからな。

 流石に今回は大丈夫だ。多分きっと、絶対に。















「くそっ!! くそがっ!!」



 帝都。その一画にある屋敷の奥で悪態をつく少年がいた。

 フレイベル帝国の宰相、その息子であるユージーンである。


 彼は苛立っていた。


 下位デーモンの抹殺を暗部に任せたは良いものの、その結果は返り討ちである。



「下位のデーモンが蘇生魔法なんて高度な魔法を使うだと? ふざけやがって!!」



 感情を高ぶったことで、ユージーンの魔力が周囲に奔流となって溢れ出す。


 ユージーンは人間の中では実力者だ。

 その怒りによって溢れた魔力は、並大抵の者では耐えられないだろう。


 このまま感情任せに暴れ出しそうな勢いだったが、途端にユージーンが落ち着きを見せる。



「……いや、アレの準備は整っている。魔族を皆殺しにする日も、遠くはない。今は慎重にことを進めねば」



 苛立っているだけでは何事も進まない。


 ユージーンは誰に気取られることもなく、着々と己の野望のために動くのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

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