第11話 大魔王、ひったくりを捕まえる





 文明の発展は素晴らしい。


 人で溢れる帝都を見ていると、俺は素直にそう思ってしまう。


 俺がこの世界に魔王として転生した当初、人類はそこそこ発展していた。

 魔法の恩恵が大きいのだろう。同じような文明レベルでも、妙に便利だったりする時があった。


 そして、帝都は栄華を極めていると言っても過言ではない。


 圧倒的な人口と整備された道、建物も華やかなものが多く、何より鉄道が街と街を繋いで走っている点が素晴らしい。


 魔力機関(蒸気機関に近いものらしいが、原理は知らん)による列車は大量の人と物を運ぶことが出来るため、各地から美味しい食材が集まってくるからな。


 とどのつまり……。



「んまぁい!!」



 俺は帝都の一画にある料理店で舌鼓を打っていた。

 今、食べているのは、ギガントシュリンプというエビを塩茹でにしたものだ。


 もうね、身がぶりんぶりんなのよ。超うまい。


 鉄道で漁村から直接食材を仕入れている影響もあるのか、新鮮で素材の味が良い。



「ごちそうさまでした」


「お客さん、良い食いっぷりだったね!! こっちとしても喜んでもらえて嬉しいよ!! また来てくれ!!」



 お店のおっちゃんが満面の笑みで言うので、俺も笑顔で代金を払った。


 ああ、ちなみに今の俺は変装している。


 変身状態で変装ってなんだよって言いたくなるけど、こればっかりは仕方がない。


 街の住人にとって、魔族は未だに危険な存在だからな。

 いくら下位のデーモンに変身していても、見つかったら大騒ぎである。


 だから翼や尻尾、角は収納しているため、今の俺はどこからどう見ても人間の美少女だ。


 まあ? 勇者とか聖職者に見られたら一発で看破されるんだけどね。

 あいつら魔族狩りのプロだから。



「んー、デザートは何にしようかなー。あっちにあったアイスクリーム屋も気になるし、クレープ屋も捨てがたい。くぅ、悩むぜ」



 クラウディアたちも変な意地を張ったりしないで遊びに来たら良いのに。


 あいつ、甘い物が大の好物なんだから。


 でも魔族ってナチュラルに人間見下してるし、来たら来たでトラブルの元になりそう。

 どうして皆、俺みたいに平和主義者になれないのかねー。


 ま、そこは魔族的な本能なんだろうけど。



「きゃー!! ひったくりよー!!」



 帝都の中央通りを歩いていると、不意に大きな声が響いた。


 どうやらおばあさんの鞄を誰かがひったくったらしい。

 まあ、人が多い分、全体数が増えるとどうしても犯罪を犯す人間が増えるんだろうな。


 そんなことを考えながら、俺はひったくり犯の前に立つ。



「邪魔だどけぇ!! 殺すぞ!!」



 ひったくり犯がナイフを構える。


 おお、怖い怖い。



「やれるものならやってみるといいですよ」


「なら死ねえっ!! ――え?」



 ひったくり犯のナイフが振るい、俺の胴体にナイフが突き刺さる――ことはなかった。


 皮膚で弾いている。


 ひったくり犯は何度も俺にナイフを刺そうとするが、その度にガキンッという金属っぽい音が辺り一帯に木霊した。


 ふっ、魔法の武器や聖剣ならいざ知らず。


 ただのナイフごときで魔王の肉体に傷を付けられると思ったら大間違いである!!



「な、なん!? 服の下に鎧でも着てんのか!?」


「はいはい、そうですねー。人から盗ったものは返しましょー」


「うわ、お、おい、離せ!!」



 俺はそのままひったくり犯を取り押さえ、おばあさんに盗まれた鞄を返す。



「ありがとう、お嬢さん。なんてお礼を言ったらいいか……」


「お礼なんて大丈夫だよ、おばあさん。長生きしてねー」


「この!! 離せっ!!」


「うわっと。あ、やべ」



 おばあさんと話していると、取り押さえていたひったくり犯が目に向けてナイフを刺そうとしてきやがった。


 別に眼球でも普通のナイフなら平気だが、そこは元人間としてビックリする。


 思わずひったくり犯を手放してしまった。



「ごめん、おばあさん!! ちょっとひったくり犯捕まえ直してくる!!」


「あぁ、気を付けて!!」


「はーい」



 路地裏に入ったひったくり犯を追う。


 手慣れているのか、ひったくり犯は複雑な道を器用に走り回りながら俺を撒こうとするが……。


 残念!! 魔王からは勇者ですら逃げられないのだよ!!


 俺は風魔法の応用で宙を舞い、壁を蹴ってひったくり犯の前に躍り出る。



「なっ!?」


「ふはは。しかし、まわりこまれてしまった!!」



 ところがどっこい、まだまだ諦めないひったくり犯!!

 いいねいいね。秩序を乱す犯罪者は嫌いだが、しぶとい奴は嫌いじゃない。


 路地裏の更に小さな道へ入ったひったくり犯を追いかけて角を曲がろうとした、その時。



「うわああああああっ!!!!」



 ひったくり犯の悲鳴が聞こえた。


 尋常ではない悲鳴だったので、流石に心配して様子を窺う。



――ゴブリンがいた。



 ゴブリン。

 知らない者はいない、スライムと並ぶモンスター代表と言っても過言ではない魔物だ。


 子供くらいの身長と緑色の肌、腰巻きという最低限の服。

 魔族と呼ぶには低過ぎる知能のせいで魔物扱いされている種族。


 ここが仮に森やダンジョンだったなら、別に遭遇しても俺は驚かなかった。


 しかし、ここは帝都である。

 警備が万全であり、魔物が入ってくる隙などあるわけがない。


 そんなゴブリンが三匹。



「ギャギャ!!」


「ひいっ、た、助けてくれえ!!」


「ちょっとうるさい。寝てろ」


「あぶっ!?」



 ひったくり犯を一撃で沈めて、俺はゴブリンとの対話を試みる。


 魔王は魔物の言葉を話せるからな。ゴブリンでも例外ではない。

 ……端から見れば、ギャーギャー言ってるだけに見えるだろうが。



「あー、あー、おはよう。良い天気だな」


「コロス!! 人間コロス!! ニンゲン、敵!!」


「ニンゲン、死ネ゙!!」


「オンナ!! 犯ス!! コロス!!」


「……ふむ。うちのゴブリンと違って野蛮だな」



 まあ、うちのゴブリンは頭が良いからな。比べるのは良くない。



「対話は無理っぽいし、こうなったら――」



 俺は魔王の生まれながらの力、魔物を従わせる能力でゴブリンを支配下に置こうとした。


 しかし、ここで異常に気付く。



「っ、おいおい、まじかよ」



 従わせられなかった。


 こういう時の原因は一つ。対象がすでに他の魔王の支配下にある場合だ。


 つまり、このゴブリンは他の魔王の配下。



「死ネ゙!!」


「コロス!! ニンゲンコロス!!」


「人間、死ネ゙!!」


「ちっ、悪く思うなよ」



 俺は魔法でゴブリンたちの首を刎ねた。


 ここでゴブリンたちを取り逃がしたら、街に被害が出る。

 そうなった場合、せっかくの帝国との条約が無為になってしまう。


 本当に悪いと思うが、俺は魔王。


 俺のわがままが俺の最優先事項なので、野良のゴブリンには死んでもらった。



「……うーん。でもやっぱり、同族を殺すのは良い気分がしないなぁ……」



 俺を不快にさせた。


 ゴブリンを支配していたのは間違いなく魔王だろう。


 ……詳しく調べてみる必要がありそうだな。


 俺はひったくり犯を憲兵に引き渡した後、食べ歩きは一旦中止して自らのダンジョンへと戻るのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

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