第9話 大魔王、狙われる





「クソッ!! 薄汚い魔族め!!」



 訓練所を出た宰相の息子、ユージーンは悪態を吐いていた。

 普段は冷静な態度を崩さないユージーンだが、苛立ちを抑えられないでいる。


 というのも、全てはアビスゲイト国から来た少女が原因だ。



「あの女、僕を馬鹿にしやがって!!」



 ユージーンは最初、シュウと名乗る少女を完全に下に見ていた。


 魔族と言っても所詮は下位のデーモン。

 訓練を施した兵士数名で十分に対処可能な、魔族の中では雑魚である。


 その雑魚が、大陸最強たるフレイベル帝国の宰相の息子であるユージーンに楯突いた。


 気に食わない。魔族の分際で。



「おい、そこにいるな」


「はっ。何用でしょう、ユージーン様」



 ユージーンが何も無い場所に語りかけると、黒い影が姿を現す。


 彼、あるいは彼女は、帝国を影から支える暗部の人間だ。

 その中でも皇帝であるヴェインではなく、宰相に付き従う者たちである。



「あの魔族を殺せ」


「……良いのですか? 国際問題に発展するのでは……」


「お前は薄汚い魔族に国際法が適用できると思っているのか? いいからやれ」


「しかし、もし魔王の怒りに触れたらどうなるか……」



 世界中で放送されていた魔王シュトラールと勇者アリアの戦いは、暗部の人間たちも知っている。


 それ故に『もしあの魔王の怒りを買ったら』という思考に陥ってしまう。



「ふん、問題ない。こちらには切り札があるからな」


「……御意」



 影が姿を消し、その場に一人残るユージーン。



「魔族は殺さなければ。一匹残らず、駆除しなければ」



 ユージーンは憎しみの宿った目で、この場にはいない魔族の少女を思い浮かべる。


 魔族は皆殺し。例外はない。


 ただ一つ、彼に誤算があったとするならば。ターゲットである少女が本当は魔王であることだろうか。











「部活見学ぅ?」


「オイ、嫌そうな顔をするな」



 学校の授業が終わり、いざ帝都の観光へ!!


 と思った矢先に、俺はアリアに呼び止められてしまった。

 すでに他の生徒の姿は無く、美少女を演じる必要が無いので、お互いに素で話す。



「学園の生徒には、部活動に所属する義務があるのだ。留学生である以上、魔王と言えどもルールには従ってもらわねばならない」


「うーん、面倒だけど、郷に入っては郷に従えって言うしなあ。分かった」



 部活なんて前世の中学以来だろうか。


 たしか高校では帰宅部だったし、今ではどんな部活に所属していたのかも思い出せないが。


 俺が頷いていると、アリアはしかめっ面でこちらを睨む。



「なんだ? 俺の顔に何か付いているか?」


「……貴殿は、どの顔が本物なのだ?」


「ん?」



 質問の意図が分からず、俺は首を傾げた。



「ダンジョンで私と対峙していた貴殿、配下を叱責した貴殿、やたらとお父様に馴れ馴れしい貴殿、少女を演じる貴殿。どれが、本当の貴殿なのだ?」


「……ああ、そういう……」



 俺があまりにも色々な顔を持っているせいで、反応に困っているのだろう。


 そうだな、敢えて言うならば……。



「俺は俺だよ。味方に繁栄を、敵には死を。どちらでもないなら仲良くしたいってだけ」



 今も昔も変わらない。俺は俺である。



「そう、か」


「で? 部活って言っても何があるんだ?」


「……付いてきてくれ。私が案内する」



 そうして始まったのが、部活見学だった。



「まずはここだな」


「……魔導具研究部?」


「入るぞ、メルト!!」



 ノックも無しにアリアが入った部室の扉には『魔導具研究部』という文字が刻まれていた。


 中に入ると同時に目に入ったのは――



「汚ったねぇっ!!」


「ま、前よりも足の踏み場が無くなっている……」



 ゴミ屋敷、ではなくゴミ部室であった。


 地面には何らかの素材や道具が転がっており、大量に物が積まれていて窓から差し込む光を遮っている。


 埃が宙を舞い、息を吸うのもしんどいくなる凄まじい汚部屋であった。



「メルト!! いるか、メルト!!」



 アリアが叫ぶ。


 メルトってたしか、俺が生配信でうっかりバッサリいっちゃった女の子だよな。 


 傷一つ残らないよう治療したけど、一応謝っておいた方がいいかな……。


 と、思ったのだが。



「メルトならいないぞ、アリア」


「む、キシリカか。――って、服を着ろぉ!!」



 山積みとなった用途不明の道具の中から姿を現したのは、なんと裸の少女だった。

 本当に、下着すら身に着けておらず、生まれたままのすっぽんぽんである。


 綺麗な銀髪がボサボサになっていて、一目見てこの部屋の惨状の元凶だと分かる。



「別にいいじゃないか。この場には女しか……おや? そっちの少女はもしや、噂の留学生か?」


「あ、ああ、うん。シュウだ。よろしくね」


「ああ、私はキシリカだ。よろしく。うちに来たということは、入部希望者ということでいいのか? 歓迎するぞ。デーモンは人間より頑丈だから、多少無茶な実験もできそうだ。ククク」



 魔王よりも邪悪な笑みを浮かべるキシリカ。


 俺はアリアに向かって首を振る。



「……アリア、この部活やだ。怖い」


「い、いつもはここまでではないのだ。きっと、魔導具か何かを作って徹夜していたに違いない。いつもはもう少しマシだ」


「二人して失礼だな。私はマッド魔導具師ではないのだよ」



 そう言って、キシリカがテーブルに置いてあった指輪のようなものを投げて寄越す。



「それはここ最近で一番出来が良い代物だ。魔法使いにとって重要な魔力と知力を強化することができる。金貨20枚は下らないだろう」


「ま、また凄まじいものを……」



 アリアが隣で絶句するが、俺は別に驚かなかった。



「おや、シュウは感動して声も出ないかな?」


「え? あ、いや、別に」


「……何かね? 言いたいことがあるならハッキリ言いたまえ」



 いや、これハッキリ言ったら怒るやつやん。


 正直な話、このくらいの性能の魔導具なら掃いて捨てるほど持っている。


 まあ、人間が作ったにしてはよく出来ているとは思うが、所詮は人間。


 俺が趣味で作っている魔導具には遠く及ばない。



「その、ぶっちゃけ作れそうかなって」


「……ほう? この私が一ヶ月かけて制作した魔導具を、作れそうだと? クックックッ、面白い。なら是非ともやってもらおうじゃないか!!」



 ほら、やっぱり怒った。


 キシリカは俺に、魔導具の素材となる鉱石を投げ渡してきた。


 おいこら、人に向かって石を投げるな!! 魔王だけど!!



「これは、ミスリル鉱石か」


「その指輪の材料だ。設備は揃っている。早く作業を始めて――」


「いや、必要ない」



 設備があると魔導具作りは捗るが、それよりも遥かに効率の良い方法がある。



「錬成魔法・抽出」



 錬成魔法は、俺が趣味のゴーレム作りをする際に編み出した魔法の一つ。

 あらゆる素材から物質を抽出したり、合成したりする魔法だ。


 俺はミスリル鉱石から純粋なミスリルを抽出し、小さなインゴットとして成形する。



「錬成魔法・加工」



 抽出した次は素材の加工だ。


 これは簡単で、明確に素材をどのような形にするかイメージすれば良い。


 今回は指輪。


 どうせなら装飾にもこだわって、カッコいいドラゴンの意匠でも施すか。ほい、完成っと。



「錬成魔法・付与」



 最後は特殊効果の付与だ。ちなみに、この付与に関しては運と言っていい。


 狙った特殊効果を付与するのは難しいし、魔力をありったけ込めて指輪の耐久値限界ギリギリまで攻める。



「ふぅ、完成だ」


「み、見せてくれ!!」


「うわ!?」



 キシリカが俺から指輪を奪い取り、その効果を鑑定する。



「な、なん、だと!? 全身体能力の向上効果!? いや、それどころか魔法詠唱時間の短縮だって!?」


「キシリカ、それは本当か?」



 アリアも驚いている様子。キシリカに至っては全身を震わせていた。


 や、やべ、本格的に怒らせたか?



「お、おい!! シュウ!! いや、シュウ様!!」


「んえ? 様?」


「わ、私を!! 私を弟子にしてくれ!!」


「え、い、嫌です」


「そこをなんとか!! こんな素晴らしい魔導具を私は見たことがない!! 頼む!! どうか弟子に!!」



 血走った目で俺に迫るキシリカ。


 その様子は誰が見ても正気ではなかった。



「えっと、じゃ、じゃあ俺たちは部活見学の続きがあるので!! アリア!! 早く行こう!!」


「あ、ああ、そうだな」


「待て!! 待ってくれ!! 後生だ!! せめて先程の錬成魔法とやらについて詳しく――どわあ!?」



 逃げる俺たちを追いかけようとするキシリカだったが、足元のゴミ山に躓いて盛大に転ぶ。

 その隙に、俺はアリアと共に魔導具研究部の部室を後にするのであった。


 それから数日、俺はキシリカに弟子にしてくれと付け狙われるようになったのだが……。


 まあ、それはいずれ語るとしよう。







――――――――――――――――――――――

あとがき

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