第8話 大魔王、国自慢する





 魔族は害悪である。


 実際、そういう認識をしている人間は多い。俺だってそう思う。


 魔族の中には人間を主食とするやばい種も多くいるし、この世界では古来から魔族は人類の敵対種としても有名だからな。


 もっとも、俺の配下たちは違う。


 人間を食うことを許していないし、ましてや見下すような言動は慎むよう常に言い聞かせている。

 まあ、後者に至っては何度言っても直らない配下が多いのだが……。


 とにもかくにも、俺自身は人間を下に見たことは一度もない。


 油断すればこちらが食われかねない、魔族の天敵として認識している。

 それでも、元人間である俺からすれば仲良くしたい相手なのだ。


 しかし。



「全く、皇帝陛下も酔狂なことをなさる。薄汚い魔族など早々に滅ぼしてしまえば良いものを。貴様も何か言ったらどうだ、薄汚い魔族め」



 こうまで敵意を向けてくる相手に対して寛容でいられる程、俺は優しくない。


 ぶっちゃけよう。マジギレ一歩手前だ。



「そこまでだ、ユージーン」



 宰相の息子(笑)を咎めるような声音で割って入ってきたのは、勇者であり、フレイベル帝国のお姫様。


 アリアであった。


 その表情は魔王である俺に向けるものより鋭く、心の底から宰相の息子(笑)を嫌っていることが窺える。



「アビスゲイト国からの留学生であるシュウ殿は、言わばかの国とフレイベル帝国の友好的な関係の証明。それを侮辱することは、国の損失になると理解していないのか」


「フッ、国の損失? たしかに魔王単体は脅威だろうね。でも、逆に言えば脅威は魔王のみ。帝国の総力を以ってすれば、魔族の殲滅など容易い」



 ……いや、不可能だな。


 ダンジョンはそれ自体が堅牢な街であり、城であり、国なのだ。


 この宰相の息子(笑)は理解していない。


 俺のダンジョンは、たった一つで食糧や武具の生産を賄うことができる。

 それはつまり、籠城に関しては最強ということになる。


 ましてや脅威が俺だけというのも間違っている。


 そうだな、俺の配下たちを馬鹿にされっぱなしというのも腹立たしいし、ここはちょっとした国自慢で言い返してやろう。



「宰相の息子(笑)さん」


「……貴様、息子の後に何か付けなかったか?」


「気のせいです。お言葉ですが、貴方はアビスゲイト国の戦力を正確に把握しているのでしょうか」


「フン。多少性能の良いゴーレムがいる程度ではないか」



 ああ、やっぱりそう思うよね。


 実際、世界中に向けて配信されていた動画には、俺が趣味で作った迎撃用のゴーレムしかダンジョンに配置していなかった。


 しかし、実際の防衛力は大きく異なる。


 勇者アリアとその仲間たちが攻め入ったのは、所詮ダンジョンの第1階層。

 その第1階層の奥で大魔王シュトラールが待ち構えているものだから、勘違いさせたのだろう。


 実は俺のダンジョン、第100階層まである。


 その階層全てに、多種多様な魔族が暮らしているのだ。


 俺とは別の魔王が敗北し、人間に生活圏ダンジョンを奪われて逃げてきた魔族も多い。

 人間風に言うと、難民ってヤツだな。


 なので俺のダンジョンの総戦力は、人類にとっては割と笑えない規模だったりする。


 それを、この宰相の息子(笑)は知らない。



「残念ですが、その認識は間違いですね。アレ等のゴーレムは魔王シュトラールが趣味で自作しているものですから」


「な、何?」


「あのダンジョンで暮らす魔族は、それなりの数がいるということです。そうですね、少なくとも数だけであればフレイベル帝国の帝都人口に匹敵するかと」



 俺の発言に、その場の誰もが凍りつく。


 最も反応したのは、アリアだった。



「それは、本当なのか?」


「ええ。信じるか信じないかは、この場にいる皆様次第ですが」


「そう、か……。いや、待て。それは魔族に限った話か?」



 お、流石は勇者。いいところに気付いたな。



「その通り。あくまでも魔族に限った話です。魔物を含めると……ふふっ、これ以上は内緒です」



 魔族は知性を持った魔物だ。


 そして、俺のダンジョンには知性を持たない魔物も多くいる。


 その気になれば、大陸全土を覆い尽くす程に。


 魔王はそれらの魔物を思うがままに操ることができるのだ。

 ちなみに、これは権能でも何でもない。


 魔王という生物が生まれながらに持っている力。


 人間風に言うと、立って歩くくらい当たり前にできることだ。


 想像してゾッとしたのは、おそらくアリアだけでは無いだろう。

 学生の中にも僅かだが、何人か青い顔をしている者がいる。


 宰相の息子(笑)も想像したのだろう。先程と比べて顔色が悪い。



「ふ、ふん、僕は騙されないぞ。魔族は常に嘘を吐く薄汚い生き物だ。どうせハッタリだろう」


「なら試してみればいいのでは? 試しにダンジョンへ軍隊を派遣すれば、フレイベル帝国の皇帝と魔王が結んだ不可侵友好条約は破棄になるわけですし」



 俺は宰相の息子(笑)にニッコリと微笑みかける。



「まあ、そうなったら魔王シュトラールは帝国を潰すでしょうが」


「っ、ふ、ふん!!」



 不機嫌そうに鼻を鳴らして、宰相の息子(笑)が訓練所を出て行く。


 そして、周囲の生徒たちがホッと胸を撫で下ろした。



「おい、ま――シュウ殿。今の話は本当なのか?」


「もちろん、全て真実ですよ。まあ、魔王シュトラール様は人間が好きなので、約束を違えない限りはそんなことしませんが」



 逆に言うと、違えたら潰すけどね。



「そ、そうか。まあ、我が国が約束を違えることはない」


「それは良いことを聞きました」



 不可侵友好条約は俺とヴェインがその場のノリと勢いで交わした、今はほぼ口約束のようなものだ。


 こういう約束は、時間が経てば経つほど有効に働く。

 もしも今後、仮に帝国が約束を破ったりしたら……。


 その時は、全力で潰す。


 こちとら元人間だが、とっくのとうに割り切ってるからな。


 即ち、敵には死を。友には繁栄を。


 帝国とはこれからも末永く、仲良くしていたいものである。







――――――――――――――――――――――

あとがき

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