第7話 大魔王、授業を受ける





 フレイベル帝国の歴史は長い。


 およそ千年前、当時の勇者が小国の姫と結婚したことが、建国の切っ掛けになったと言われている。



「では問題だ。勇者はある魔王を倒し、小国の王に姫との結婚を認めさせた。この魔王の名前が分かる奴はいるか? そうだな、アリア。言ってみろ」


「魔王グルムンド、です」


「正解だ。よく勉強しているな」



 転校初日。

 アビスゲイト国からの留学生として帝都の学園にやってきた俺は、歴史の授業を受けていた。


 本当はすぐにでもフレイベル帝国を観光したいところだが、生徒である以上、授業には出席しなければならない。


 放課後は遊びまくると決めて、俺は勉強に集中していた。


 と、言っても……。



「では、魔王グルムンドが倒れる際に放った言葉は分かるか?」


「ええと、それは……」


「『我が身の破滅のなんと美しきことか』、です」



 回答に詰まっている様子のアリアに代わって、俺は先生の問いに答える。



「ほう、流石は魔王の国から来ただけはあるな。なら少し意地悪な問題を出してやろう。魔王グルムンドは何を司る魔王だったか、分かるか?」



 魔王にはそれぞれ司る権能がある。


 仮に【炎】の権能を持つ魔王がいれば、その魔王は炎を自在に操れる、って感じに。


 魔王グルムンドの権能は――



「【死】」


「ふっ、残ね――」


「と言われていますが、実際には【命】です。触れた生物を殺しも生かしもする権能」


「……正解だ」



 歴史の先生が唇を尖らせる。


 ふっ、残念だったな。こちとら歴史の生き証人だぞ。

 ましてや俺はグルムンドとは旧知の仲だ。


 知らないわけがあるまいて。



「しかし、よくそんなこと知ってるな? 魔族ってのは歴史に詳しいのか?」


「エルフ程ではないですけど、長命な者が多いですから。何なら、グルムンドに仕えていた魔族の方もアビスゲイト国にはいますよ」


「ほう!! 是非一度会ってみたいな!! 教師としてではなく、研究者として!!」



 おお、凄い豪胆だな、この先生。


 普通は魔族がうじゃうじゃいるような場所に行きたがらないのに。



「……オイ」



 教壇に立つ先生とちょっとした雑談をしていると、不意にアリアが俺を睨み、こっそり耳打ちをしてきた。



「魔王殿、あまり目立つ真似をしないでくれ。万が一貴殿の正体がバレたらどうするんだ」


「その時は消すので大丈夫です」


「消!? じょ、冗談はやめろ」


「冗談じゃないですよ。まあ、消すのは記憶ですけど」



 実際、そういう魔法はある。


 苦手な魔法だから、うっかり頭がボンッてなる可能性もあるけど。


 なんて会話をしていると、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。



「じゃあ、今日の授業はここまで。来週は王国が帝国主義に移行する原因となった宝剣使い暗殺事件について授業するので、しっかり予習しておくように」


「「「はーい」」」



 歴史の先生が教室を出て行く。

 それと同時に、クラスメイトたちは各々のグループを作った。


 むう、転校生の辛いところだな。


 予め仲良しグループが出来上がっているところに入る勇気は無い。


 何かあった時のために俺のフォローをするようヴェインから頼まれているアリアも、休み時間はクラスメイトに囲まれるからな。



「アリア様!! 先程の授業で分からなかったところがあって……」


「ちょっと割り込まないでよ!! アリア様。今日の放課後、お茶しませんか?」


「貴方こそ割り込まないでください!! アリア様!! 今日は是非私と――」



 流石は六人の魔王を倒した、史上最も強い勇者。学校では人気者である。


 対する俺は……。



「お、おい。お前、シュウちゃんに話しかけてこいよ」


「や、やだよ。お前が行けよ」


「いや、お前が――」



 とまあ、ひそひそ囁かれている。


 おかしいなあ。

 今の俺は自分でも結構な美少女なのに、ここまで露骨に避けられるとは。


 俺はひそひそ話している男子グループの方へ視線を向けて、にっこり微笑む。


 俺、悪い魔族じゃないよー。



「「「!?」」」



 しかし、男の子たちは俺を見て慌てた様子でどこかへ逃げてしまった。


 ぐぬぬぬ。


 もしかして魔族は魔族でも、デーモンだから警戒されてるのか? もう少し別の種族に変身すれば良かったかな。



「おい、ま――シュウ殿。次の移動教室は訓練所だぞ」


「あ、うん。りょーかい」



 突然だが、フレイベル帝国の帝都は大陸で最も栄えているとされる。


 当然、そんな帝都にある学園は多くの知恵者が集まり、高度な教育が施される。

 それは学問のみならず、あらゆる武術に関しても言えることだった。


 要するに、帝国学園では敵と戦うための術を学ぶこともあるのだ。


 そのためか、学園の敷地内には訓練所が存在する。

 訓練用の武具も揃っており、魔物の大規模な襲撃を想定した避難誘導などの訓練も行っている。


 まあ、今日の授業は二人一組で剣を打ち合うだけのようだが。



「シュウ殿、貴殿は私とペアだ」


「ん? いいんですか? アリア殿と組みたそうな者は多そうですが」


「……貴殿からは目を離せんからな」



 どうやら勇者アリアは、俺が何か悪さをしないか見張るつもりらしい。


 うむうむ。常に魔王を警戒するのは良いことだ。


 まあ、警戒したところで何もするつもりはないんだけどね。



「では、行くぞ!!」



 アリアが剣を打ち込んでくる。


 訓練だからか、形を重視してスピードはあまり出ていない。

 しかし、基本を疎かにしていないという意味では満点の剣技だった。



「み、見ろよ、アリア様の剣を凌いでるぞ」


「す、凄いですわ。全て受け流しています!!」


「シュウちゃんって下位のデーモンだよな? あれで魔族の中で弱い方って……」



 周囲の生徒たちが俺とアリアの打ち合いに見惚れ、手を止める。


 そんなにじろじろ見られたら照れるじゃないか。



「貰った!! はぁ!!」



 周りの反応に気を取られた俺の隙を見逃さず、アリアが訓練用の木剣を一閃する。


 しかし、俺はそれを剣で受け止め、純粋な身体能力で押し返した。



「ぐっ!!」


「パワーはこっちの方が上ですね」



 ふははは!! 残念だったな、勇者!! 魔王に単騎で勝てると思うたか!!


 ここだけの話、勇者は単体ではあまり怖くない。


 勇者の厄介なところは、深い絆で繋がっている仲間同士の連携だ。

 時に彼らの連携は個として最強である魔王すらも凌駕する。


 まあ、例外はあるんだけどな。


 昔、ソロの勇者に知り合いの魔王が倒されたこととかあったし。


 でもアリアの場合、彼女は仲間との連携で才覚を発揮するタイプだ。

 一対一なら、俺に敗北はない。



「……参ったわ」



 アリアが敗北を認める。


 それと同時に、周囲の生徒たちは思い出したかのように息をし始めた。



「す、すげー!! アリア様に負けを認めさせるなんて!!」


「シュウさんが人間だったら、間違いなく英雄になってますね」


「顔も可愛くて強いとか、人間だったら嫁に来て欲しいくらいだよな」



 ん? 誰か嫁にしたいって言ったか? 悪いな、今は美少女だが、中身は男なんだ。男からの求婚はお断りだぜ。



「やれやれ、アリア。僕の婚約者ともあろう君が薄汚い魔族に負けては困るな」


「……ちっ。面倒なのが来たわね」



 それは、初めて見るアリアの心底嫌悪したような顔だった。


 俺と戦っている時ですら、こんな顔を見せたことはなかったんだが……。


 今絡んできた妙にキザったらしいこの男は誰だ?



「何を見ている、薄汚い魔族め。僕はフレイベル帝国宰相の息子、ユージーン・フォン・ベリアールだぞ!!」



 自己紹介ご苦労さん。


 でも偉そうな態度は気に食わないから、宰相の息子(笑)って呼ぶことにしよう。







――――――――――――――――――――――

あとがき

「面白い!!」「執筆頑張れ!!」「続きが気になる!!」と思った方は、作者のやる気に繋がるので感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る