第3話 大魔王、本音を知られる
まえがき
昨日、予約設定を間違えて先に4話を投稿してしまいました。一旦記憶を消してください。お願いします。
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あり得ない出来事が起こった。
あろうことか、魔王が勇者とその仲間たちの治療を始めたのだ。
「ど、どうなっておるのだ、なぜ、魔王が回復魔法を使える……?」
「わ、私に訊かれましても……」
ヴェインが側近たちに訊ねるも、当然答えられる者はいない。
彼らが何に驚愕しているのか。
それは、魔王が回復魔法を使えることと、それを躊躇無く自らの命を狙ってきたアリアに使ったことの二つに対してのものだった。
そもそも、回復魔法は神官やそれに類する職業の者しか使うことができない。
他者を慈しむ心が必要になってくるからだ。
冷酷無慈悲であるはずの魔王が、ましてや勇者を相手に回復魔法をかける。
それは、本来ならあり得ない出来事であった。
空を見上げ、ライブ映像を眺めていた者たちの心を代弁するかのように、魔王の側に立つメイド服の美女が不満そうに言う。
『……必要ですか? 大魔王様の命を狙った下等生物共ですよ?』
そう。それが魔族の普通の反応だ。
しかし、魔王は勇者たちの治療を続けながら、メイドに向かって言う。
『バッカお前!! バーカバーカ!! 俺は人なんか殺したくないんだよ!!』
またも衝撃が人類を襲う。
人類の敵である魔王が、まさかの人類殺したくない発言だ。
「な、何を勝手なことを……ッ!! 貴様ら魔族が、今までどれだけ我らの同胞をッ!!」
「……ふむ」
魔王の発言に対して憤る者が多い中、ヴェインだけは冷静に上空の映像を見つめていた。
『あとな、クラウディア。人間を見下すな。人間は怖いぞ。頭が良くて数も多い』
「……あの魔王は、人間を理解しておるのだな」
思わず呟いてしまうヴェイン。
人間と魔族は本来、精神性が大きく異なる。
人間にとっての常識が、魔族にとっては異常であり、魔族にとっての常識が人間にとっての異常なのだ。
ヴェインは皇帝として、一人の統治者として純粋に魔王と対話してみたくなった。
しかし、その次の瞬間。
『でも弱いじゃないですか。今、
全世界が恐怖した。
本能が、理性が、魂が、心が、己の死を予感させる。
皇帝たるヴェインは、胆力には自信があった。
しかし、そのヴェインですら身体を震わせてしまう程の絶対的君臨者に対する恐怖。
『クラウディア』
ズンッと空気が重くなる。
ヴェインの側近たちの中にはあまりのプレッシャーに耐えられず、その場で朝食を吐き出してしまう者も出る。
戦いに身を置く武官ですら例外ではなかったのだ。
国の至るところから泣き叫ぶ子供の声と吐き気を催す大人たちの声が聞こえてくる。
誰もが直感した。
あのメイド魔族は、魔王の触れてはならない逆鱗に触れてしまったのだと。
『我らのダンジョン? お前はいつから愚物に成り下がった? ここは
魔王のその瞳には、殺意も悪意もこもっていない。
ただ、怒っている。その威圧感は、ドラゴンですら裸足で逃げ出す程だろう。
勇者アリアと戦っていた時の魔王は、ちっとも本気を出していなかったのだと、世界中の誰もが理解する。
『も、申し訳ありません!! ど、どうか、お許しを!!』
『……二度は無い』
顔面蒼白となって謝罪の言葉を口にすると、魔王はあっさりとそれを受け入れた。
『クラウディア。俺は人間と本当は戦いたくないんだ。ぶっちゃけあの一人称が『我』のクソダサ魔王ムーブもしたくない』
魔王が溜め息混じりに言う。
人類の誰もが思った。
――魔王が、本当は人間と戦いたくないだって?
信じられない発言だった。
魔王は、魔族は歴史上人類と何度も戦争を繰り広げている。
とてもではないが、信じる者はいなかった。
ただ一人、ヴェインを除いて。
「……ふむ。そうか、だからあのダンジョンは一度もスタンピードを起こしていないのか……」
スタンピードというのは、ダンジョンの魔物たちによる侵攻のことだ。
皇帝という立場上、ヴェインは国内で起こった大きな出来事は全て頭に入っている。
しかし、『深淵の扉』がスタンピードを起こしたという記録はどこにもなかった。
つまり、魔王シュトラールは本気で人間と争いたくないと考えている可能性が高い。
そんなヴェインの考えを肯定するように、魔王はメイド魔族に向かって真剣な面持ちで言葉をかける。
『とにもかくにも、俺は人間と戦いたくない。争いたくない。だから配下の魔物をダンジョンの外に出す気は無いし、人間と戦争なんて以っての外だ』
『……戦いたくないのであれば、魔王様は何故勇者を毎度迎え討つのです? 他の者に任せればいいのでは?』
『む』
それはヴェインも気になった。すると、魔王は言いにくそうに口を開く。
『だってお前ら、加減しないじゃん』
『え?』
『一回でも相手を殺せば、止まらないんだよ。負の連鎖ってのかな? だから俺が直接出て、勇者を死なない程度にボコって近くの街に魔法で転送する。また来たらまたボコす。自慢じゃないが、俺はそこら辺の加減バッチリだからな』
言われてみれば、メイド魔族は今にもアリアとその仲間たちを射殺さんばかりに睨みつけている。
たしかに、相手が魔王ではなく、あのメイドであったなら、勇者パーティーのうち誰かが死んでいたかも知れない。
そう考えると、娘を殺さないよう手加減してくれた魔王にヴェインは好感を抱いた。
『そういうわけだから、俺は人間を殺したくないし、殺さない。お前らを守りたいからな。一番の理由は自分の命が惜しいからだが』
ガクッと、魔王の本音に思わず転びそうになるヴェイン。
それから地面に転がっていたカメラが見つかってしまい、カメラと共に勇者パーティーは最寄りの街へと転移魔法で飛ばされた。
怒涛の連続展開で、もはや超高度な転移魔法を魔王が使うことに驚かなくなってしまう程だ。
「……あの魔王は、カメラのことを知っておったな」
「? それがどうしたのです、陛下」
「もしかすると、かの魔王は我々が思っている以上に人間のことを知っておるのではないかと思ってな。……交渉の余地はある」
「な!?」
皇帝としてのヴェインの発言に、周囲が腰を抜かす。
「あ、相手は魔王ですぞ!? いったいどれ程の人々が魔物の犠牲になったか陛下とご存知でしょう!!」
「あの魔王も言っておったではないか。殺せば負の連鎖だと。そもそも相手に戦う意志が無いのに、こちらが喧嘩を売っては元も子もあるまい」
「し、しかし!!」
「そもそも、そなたの考え方が違うな」
「え?」
ヴェインは空を見上げ、己の考え方を口にする。
「ダンジョンは一種の国なのだろうよ」
「国、ですか?」
「うむ。かの魔王は配下、つまり国民を傷つけたくないが故に前に立ち、勇者と戦っている。我々という侵略者から守るためにな」
「し、侵略者!? 我々が!?」
「実際そうであろう。余も今自覚したが、彼らにとっては自らの領土であるダンジョンに押し入ってくる勇者や冒険者は強盗のようなもの。先程そなたは多くの仲間が魔物の犠牲になったと言ったが、それは別のダンジョンの魔物だろう?」
「そ、それは……」
「つまり、我らは関係のない第三の国に戦争を仕掛けておるようなもの。……これは、ちと不味いな」
「こ、この一連の出来事がやらせという可能性は?」
「現状で勇者よりも強い魔王が勇者を殺さず、わざわざやらせをする理由が無かろう」
言葉にしながら考えをまとめたのか、ヴェインが眉を寄せる。
「よし、『深淵の扉』の魔王に使者を送ろう」
「はい!?」
「よい返事だな、細かい調整は任せるぞ」
「いや、今の『はい』は違うのですが!?」
「余はできる部下を持って幸せだのぅ」
「陛下ーッ!!」
魔王にシュトラールの住まうダンジョン『深淵の扉』へ使者が送られたのは、それから二週間後の出来事であった。
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あとがき
「面白い!!」「執筆頑張れ!!」「続きが気になる!!」と思った方は、作者のやる気に繋がるので感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします!!
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