第2話 大魔王、配信される





 その日は誰もが空を見上げていた。


 何故なら世界最強の勇者が、リアルタイムで魔王討伐を行うからだ。


 今から数十年前、ある魔導師が画期的なアイテムを作り出した。


 それが魔導撮影機。いわゆるカメラである。


 このカメラは発明者の方針によって、その設計図や構造を安価で入手できる。


 発明者が何を思って、本来は秘匿されるべき技術を公開したのかは分からない。

 しかし、その技術の公開が文明を飛躍的に進化させたのは事実であった。


 それから年月が経ち、およそ十年前。カメラは更なる進化を遂げた。


 映像を記録できるようになったのだ。


 このカメラの進化によって最も恩恵を受けたのは、他ならぬ冒険者だろう。


 冒険者は経験が物を言う職業だ。

 賢い者は先輩冒険者から経験談や自慢話を聞いて情報を集める。


 そして、ある時一人の冒険者が思いついた。



――ダンジョンに挑む動画でも売ったら、儲かるんじゃね?



 その予感は的中した。


 冒険者にとって、他の冒険者が冒険する様を知る機会は少ない。

 ましてや誇張でも嘘でもなく、ありのままの出来事を見ることができるのだ。


 高ランク冒険者がダンジョン攻略やクエスト中に撮影した映像は高値で取り引きされ、ある種の商売として成立してしまう程だった。


 また、民衆が娯楽に飢えていたこともこの商売が大成した理由だろう。


 冒険者のような危険な生き方をする人間は少なくはないが、多くもない。

 大抵の人間は退屈な日々に辟易しながらも、その日を過ごしている。


 そういう人々にとって、冒険者が命懸けで撮影してきた映像は笑いあり涙ありの娯楽となり得たのだ。



「いよいよですな、陛下」


「う、うむ。しかし、余は心配で仕方がない……」



 大陸の全土を統べる大国、そのフレイベル帝国の皇帝は不安そうに空を見上げていた。


 皇帝の名はヴェイン・フォン・フレイベル。


 人の良さそうな柔和な顔立ちをしているが、決断する時は決断する、いわばやる時はやるタイプの男である。


 そんな彼が何故不安そうにしているのか。


 それは誰でも見られるように上空に映し出された巨大なライブ映像にある。



「アリア様の心配ならば無用でしょう。あの御方は魔王を六人も倒しています。地上最後のダンジョン、『深淵の扉』を攻略するのも時間の問題かと」



 ヴェインの側に立つ壮年の男が、さも当然のように言ってのける。

 しかし、そんな男に対してヴェインは口を尖らせた。



「未婚のそなたには分かるまい。アリアは余の一人娘。本当は冒険者などという野蛮な真似をしてほしくはないのだ……」


「ははは、あのお転婆ぶりは天性のものでしょう。無理に止めさせればすぐにでも城を飛び出すくらいには」


「む、むぅ……」



 ヴェインには一人娘のアリアがいる。


 剣の才能に恵まれ、魔法の才能にも恵まれ、おまけに聖剣を扱うことができる勇者の印を持って生まれた、まさに神に選ばれし少女。


 しかし、決してその才覚に驕ることはなく、常に己を磨き、強さを求め続けている。


 何が彼女をそうさせるのか、それは本人ですら分からないだろう。

 ある時、彼女は着ていたドレスを破り捨て、父であるヴェインに向かってこう言った。



『お父様!! 私は冒険者になりたいです!!』



 こうしてアリアは冒険者となり、瞬く間に頭角を現した。

 十五歳という若さでありながら、仲間と共に六人の魔王を倒すくらいには。


 そして今日、地上最後の魔王を倒すためにダンジョンへ挑もうとしている。



「それにしても、わざわざ配信する必要などあるのか?」


「姫様曰く、『私の冒険をリアルタイムで見て欲しい!!』とのことなので、ただの思いつきでしょうな」


「うぅ、誰に似たのやら」



 胃の辺りをさするヴェインだが、そんな彼を気遣う者はいない。


 何故ならアリアの無鉄砲とも取れる勇敢さと奔放さは、若かりし頃のヴェインを彷彿とさせるからだ。


 間違いなく、アリアはヴェインの娘である。



「しかし、あまり心配する必要はないでしょう。原因は分かりませんが、何故かあのダンジョンは挑戦者が死なない。必ず生きて帰ってくる上に、目立った怪我もしないのですから」


「いや、アリアからの報告にあったであろう? 怪我はするが、気を失って目を覚ますと傷が無くなっていると」



 原因は分からない。しかし、今まで『深淵の扉』で人が死んだことはない。


 その代わり、魔王がクソほど強いことで有名だ。


 かつて何人もの勇者が挑んだが、その全てが返り討ちに遭うくらいには強い。



「おお、始まりましたぞ」


「女神クリシュよ、どうか我が娘に加護を」



 祈りを捧げるヴェインには構わず、待機映像が切り替わる。


 どうやら勇者アリアとその仲間たちは、すでにダンジョンの最奥まで辿り着いたらしい。


 『深淵の扉』はゴーレム以外に魔物が出ない上、トラップも少ないために最奥まで辿り着くのはそう難しくない。

 時には新人冒険者の演習に使われるくらいには簡単だ。


 もっとも、実はその最奥がダンジョンの入口付近ということを知る者はいないのだが。



『魔王!! 今日こそ貴様を倒す!!』


『ふははははははっ!!!! 寝言は寝てから言うが良い!! 我を倒すことなど叶わぬわあ!!』



 勇者アリアと魔王シュトラールの戦いが始まる。





 心のどこかで、ヴェインは娘が難なく勝利することを祈っていた。


 しかし、結果は悲惨そのものだった。


 アリア率いる勇者パーティーは事前に何度も『深淵の扉』へ挑み、ダンジョンの主である魔王シュトラールの魔法を念入りに研究して、対策もしていた。


 その甲斐もあってか、アリアは中盤まで善戦派したものの、結局は敗北してしまったのだ。



「アリアッ!! ああ、なんという……。これが魔王の力なのかッ!!」



 ヴェインは恐怖で身体が震える。


 映像越しに見ている彼ですらこの様なのだ。その場に立っているアリアには、どんな恐怖が降り掛かっているのか。


 ヴェインは気が気ではない。



『くっ、なんという剣技っ!! 魔王は剣も扱えたのか!?』


『間違えるな小娘ッ!! 我は大魔王ッ!! そんじょそこらの魔王と一緒にするなッ!!』


『ぐ、きゃあっ!!』


「ああ!! アリア!!」



 不意を突くように蹴りを繰り出し、アリアが体勢を崩す。


 その隙を見逃す筈はなく、魔王はアリアに剣を振るおうとした。


 しかし、その間に割って入る影が一つ。



『ぐっ、アリア様っ!! 危ないっ!!』


『メルト!?』



 勇者パーティーの一人、アリアの幼馴染みである魔法使いメルトが、魔王の凶剣からアリアを庇ったのだ。

 メルトの背中が袈裟斬りになる。


 ヴェインはメルトに爵位と領地を与えようと心に決めた。



「っ、まずい!! このままではアリアが!! 勇者パーティーが全滅してしまうぞ!!」


「……ふむ。もしかすると、これであのダンジョンだけ人が死なない理由が分かるかも知れませんな」


「何を悠長に言っておる!! は、早くアリアを助けねば――」



 その時だった。



『ちょ、峰打ちするつもりだったのに!!』



 焦ったような、誰かの声が世界中に響いた。


 その声の主は先程までの凶悪な顔とは似ても似つかない、顔面蒼白となった魔王シュトラールであった。


 しかし、その顔を見せたのは一瞬。すぐに先程と同じ冷酷残忍な表情となり、勇者アリアたちの意識を刈り取った。



「こ、殺さなかった? 何故……?」


「わ、分かりませぬ」



 ヴェインの疑問に答えられる者はいない。


 何故なら相手は魔王。


 人類の敵対者であり、その思考を理解できるのは同じ魔族だけ。

 根本的に人間とは異なる生き物なのだ。


 ……そのはずなのに。



『ふぃー。今日もなんとかなったか』



 気を抜いた魔王のその姿は、人間となんら変わらないものに見えた。

 まるで一仕事終えた後、肩の力でも抜くかのように魔王が言ったのだ。


 その顔は戦闘中に見せたものとは大きく異なり、普通の少年のようだった。



『お疲れ様です、魔王様』



 魔王シュトラールの背後に、メイド服を着た魔族が姿を現す。


 遅れて無数のゴブリンやオークたちがやってきた。



「ま、まさか、あの魔物たちにアリアを犯させるつもりでは――」


『皆さん、ダンジョンの修繕を始めてください』


『『『『『応ッ!!!!』』』』』



 ヴェインの予測は外れ、ゴブリンやオークたちはアリアをガン無視。

 道具を片手に持ってアリアとの戦闘の余波で壊れたダンジョンの修繕を始めた。



「ダンジョンって、全部魔物たちが直してるんですね」


「う、うむ。てっきり勝手に直るものかと思っておったわ」



 ゴブリンやオークは弱いが、厄介な魔物だ。


 そんな魔物達がダンジョンを一心不乱に修繕している。

 そのあまりにもシュールな光景に、思わずヴェインは毒気を抜かれてしまった。



『クラウディア。大を付けろ、大を。俺は地上で最後の魔王なんだぞ?』


『何百年も引きこもっていて、気付いたら他のダンジョンが攻略されていただけじゃないですか』


『ぐっ、痛いところを突いてくる……』



 やたらと人間味のある会話をする魔王とその配下を、ヴェインは思わず疑ってしまう。


 魔王シュトラールがカメラの存在に気付いているわけではないだろう。

 しかし、長年人類の敵対者だと思っていた魔族がこうも隙だらけな様子を見せると、妙に落ち着かない。


 だが、そんな感情は次に起こった出来事で吹き飛ぶ。



『っと、いかんいかん!! それより早く魔法使いちゃんを治療しないと!!』


「え?」


「な……」



 なんと、魔王であるはずの魔族が、怪我をした魔法使いメルトの治療を始めたのだ。



「ば、馬鹿な……」



 それは、世界が変わる瞬間であった。







――――――――――――――――――――――

あとがき

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