+α 唐突なタイムリープ

「ほら、陽太、何時までも寝てるんじゃないよ、起きな!」


 俺を眠りから覚ましたのは、お袋の声だった。

 こうやって起こされるのは、中学、高校生の時以来か、と思うとなんとも懐かしいものを感じる。

 要らぬ気を利かせて、数日は留守にする、と言っていた筈だが……

 アクシデントか何かで、予定よりも早めに切り上げて、帰って来ていたのだろうか。

 というか、まだ休みなんだから寝かせておいてくれよ。


「さっさと起きて、朝飯食べて、学校行きな。

毎朝、瀬奈ちゃんが迎えに来てくれてるんだから、待たせたら申し訳ないでしょ!

まったく、あんな可愛い子に手間かけさせて、あんたって子は……」


 ……はあ、学校?


 素っ頓狂な単語に目を開き、上体を起こして周りを見ると……そこは、実家の自室だった。

 確か、リビングで寝ていた筈だが、誰が俺をベットの上まで運んだんだ?

 それも、幾らか様子がおかしい。

 部屋の模様が、幾らか違うというか。

 あの本棚のある漫画の単行本……

 大学に進学が決まった時、引っ越し先に持っていけないからって、泣く泣く処分したんじゃなかったっけ?


 目の前で、お冠になっているお袋は、つい昨日顔を合わせた時よりも、何というか……幾分か若々しい。

 白髪の混じっていた筈の髪の毛は、黒々としているし、心なしか、顔に刻まれた皺が少ない気がする。


 ……それに、それにだ。

 幾らか眠気は残っているものの……俺の身体に満ちている、この、活力は、なんなんだ?

 仕事柄、デスクワークで患っていた肩こりや腰痛もすっかり消えて、身体が、軽い。

 手のひらを見つめると、やはり記憶していたそれよりも大分小さく、なんというか、肌の張りが違うような。

 無意識に顎を撫でると、無精髭一つない、つるりとした、若い肌の感触。


 慌てて自室を飛び出て、駆け込んだ洗面所の鏡を覗き込むと――

 そこに映っていたのは、見覚えのある、三十路手前のくたびれたおっさん、ではなかった。

 記憶にある面影と言うか、ところどころ共通するパーツはあるものの、十代の偉く若々しい子供のそれ。


 いや、まさか、そんな?

 フィクションでは、最早使い古されたシチュエーションではあるが……そんな事が、現実に起こりうるのか?

 恐る恐る、丁度真横の壁に貼られていたカレンダーに目を向けると、そこに記された年号は、十数年前のもの。

 正に、俺がまだ中学生だったころのものだった。

 

 意識せず、爪を手のひらに立てていた。食い込む痛みが、これが夢ではなく……

 紛れもない、現実で起きている事だと突き付けて来る。


 どうやら、俺は……意識だけが、過去に戻ってしまったようだ。

 俗に言うところの、タイムリープ、とかいうやつだろうか。


 いや、なぜこんなことが起きたのは、さっぱりわからないのだが。

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