幼馴染は尻軽女 今更の再会と、拒絶

「……そいつ、本当に酷かったんだよ、幾人とも浮気してたのバレたら、開き直るしー。

で、お断りだってきっちりフッてやったら、あたしのこと、別れ際に手のひら返してボロクソに言ってきてさあ……

ねえぇ、聞いてるー、陽太?」


「さっきも聞いたよ、その話は」


 鬱陶しいアル中が、と舌打ちしてから……心底、うんざりした気持ちで、目の前の女に対して返す。

 こいつは、綾野あやの 瀬奈せな

 しばらくぶりに再会した、所謂幼馴染というやつだ。


 高校時代まで、リボンで纏めた黒髪のポニーテールだった髪型は、肩の長さまで切りそろえた茶髪のセミロングに。

 陸上部所属で、化粧っ気がなく、うっすらと小麦色に焼けていた肌は、色白になり、下品になりすぎない程度のメイクが施され……

 更には、飾り気のないラフなファッションを好んで着ていた頃とは打って変わって、垢ぬけた装いに。


 ただ、酒をかっくらって管を巻いているせいで、それらも台無しだ。

 後数年で、三十代に差し掛かる年齢としの筈だが、それ相応の落ち着きと言うものが、まるで見られない。

 まるで中学時代の時の様な、がさつで、遠慮のない振る舞いだ。


 というか、息が酒臭いから、余り近寄らないで欲しいんだが。


 何故こんなことになっているのか、と言えば――まあ、巡り合わせが悪かったというやつだ。


 久方振りにまとまった休暇を取る事が出来、親から顔を出せとせっつかれていた実家へ里帰りした、まではよかったのだが。

 そこで鉢合わせてしまったのが、こいつときたもんだ。

 思わず、うげ、と漏らしてしまったこちらに一切構うことなく――

 それこそ昔の様に、やたら馴れ馴れしく絡んでくるのだから、たまったものではない。


 おまけに、俺の親父やお袋も、瀬奈のおじさんもおばさんも、示し合わせたかのように用事で数日家を空ける事になった、と出かけて行って……


 俺は嗜む程度で、大して酒を飲めないから、とはっきりと断ったにもにも拘わらず、半ば押し掛ける形で、留守を預かる事になった俺の実家に、宅飲みにやってきた挙句、今に至る。


「……あのさ」


「何だよ」


 ぐだぐだとしょうもない愚痴を垂れ流すのに飽きたのか、瀬奈は、空になったグラスをテーブルへ乱暴にどん、と置いて

 視線をこちらに合わせる形で、向き直ってくる。


「陽太って、今……誰かと、付き合ってたりとか、する?

結婚を前提にとか、考えてる人とか……

それか、いいな、って思ってる人とか」


「どっちもいねえよ別に……それがどうした」


 言外に、それがお前と何の関係があるんだ、と言ったつもりだったのだが……

 瀬奈は、じゃあさ、と身を乗り出して、食い付いて来た。


 ……だから、近づくなって。酒臭えんだよ、お前。


「――あたしと、付き合わない?」


「……はあ?」


 いや、いきなり何を言ってるんだ、こいつは。

 少なくとも、お前とは、そういう話はとっくの昔に、終わった筈だろうが。


「あれから、大学入ってからも、結局、上っ面だけのろくでもない奴ばっかり寄ってきてさ。

かなり危ない目にも合ったんだよね。

一歩間違えたら、途中で退学して、引き籠りになってたかもしれない」


「へえ」


「社会人になってからだって、そう。

さっき言ったみたいに、何人か、声をかけて来た奴はいたんだけどね。

皆あたしの身体だけしかみてなくて、適当に遊んでから、捨てる気なのが見え見えでさ」


「ふうん」


 話に区切りがついて、こちらのリアクションを待っているらしい瀬奈に……

 かきり、と首の骨を鳴らしてから、ため息をつく。


「……で?」


 いや――だから、何だってんだよ。

 結局、お前の男を見る目が、無かったってだけの話だろうがよ。


「結局さ、あたし、何にもわかってなかったし、見えてなかったんだなって。

あの時……あいつの告白なんて受けないで、素直になって、陽太と、付き合ってたらって――」


「いや……あれから何年経ったと思ってるんだ?

今更、何言ってるんだよお前。……バカか?」


「……うん、バカだね。本当に、バカだったと思う」


 泣き笑いにも似た表情を浮かべて、縋りつくように俺の腕を掴む瀬奈。


 それに呆れて、更に言葉を重ねて返そうとした、次の瞬間――己の唇に生暖かい感触が重なるのを感じた。

 視界いっぱいに広がる瀬奈の顔に、遅れて、唇を奪われたのだと理解して、反射的に身を引く。


 ――再会した幼馴染とのキスは、発泡酒の味、ってか。


 ああ畜生。酒臭えし、本っっっ当に……最悪だ。

 手の甲で唇を拭ってから、相手を睨みつけて、悪態を吐く。


「……おい、本当にお前、何考えてるんだ」


「ごめん、でも、本気だから」


 潤んだ瞳で、こちらの視線を受け止める形で、見つめて返してくる瀬奈。

 この調子でいろんな男を渡り歩いて来たのかと思うと、改めて、変われば変わるものだ、と思う。


 ……無論、悪い方向に、だが。


「……はっきり言わないとわからないようだから、言うけどな。

散々他の男と遊びまわった癖に、何を清純ぶってるんだよ、お前は」


 要は、一番若さと魅力が溢れていた時期を、他のイケメンやらハイスぺに股を開いて浪費しつくした、行き遅れ予備軍を、俺に引き取れってか。


 ……まったく、冗談じゃない。


「……その、駄目、かな」


「その台詞をあの時に聞けてりゃ、まだ違った未来はあったのかもな。

だがもう、何回も言うようだが……今更、なんだよ。

わざわざ俺の親父やお袋にまで根回ししてまで、ご苦労なこった」


 その言葉に顔を目を見開いて驚き、なんで、と漏らした瀬奈に、ため息をつく。

 そりゃ、どんな馬鹿でも気付くだろうよ。

 久しぶりに再会した、初恋の幼馴染と、二人きりで宅飲み、なんて……

 こんな都合のいい状況なんぞ、早々あるものじゃない。


 まあ、親父とお袋からすれば、瀬奈とは知らない仲ではないし……

 碌に浮いた話もない息子の為に世話を焼いてやった、くらいの気持ちなんだろうが。

 とんだ、有難迷惑……大きなお世話、という奴だ。


 中学時代のような距離感で接してきたのも、多分、雰囲気作りの一環ってやつなんだろう。

 少々露骨にすぎるが、こいつの見てくれは、今でもそれなりのものだ。


 もう少し頭の足りない奴であれば、懐かしさやらに流されて、そのまま手を出してしまっていたのもしれない。

 或いは、こいつの中で、俺は高校時代のまま……

 丁度いい、愚痴の捌け口に使えるような、都合のいい男として映ったままなのか。


 何ともまあ――怒る気にさえなれない、馬鹿馬鹿しい話だ。


「……そんなに、俺はお手頃な物件に見えたのか?

そりゃ、今のご時世にしちゃ、稼いでる方だろうけどな。

昔、自分の事が好きだったみたいだし、ちょっと品を作って、押せば、釣れるってか」


「ち、ちがっ……!

あたしは、あたしは、ただ、もう一度、陽太とやりなおせたら、って……!」


「何をやり直すんだよ、元々恋人でも何でもなかっただろ、俺等。

仲が良かったのだって、中学の時まで――お前があの、中坊の時の先輩と付き合うまでの話だろ」


 必死になって訴えかけてくる瀬奈にも、心が動くことは、なかった。

そうして――ただ徒労感だけが蓄積していって、再び、呆れから来る、今日何度目かわからない、ため息が漏れる。


 ……こいつ、本当にどうしようもねえな。


 俺だって、別に女を知らない訳じゃない。

稼ぎが上がってきてから寄ってきた奴らは、どいつもこいつも、かいしょうねんしゅうおごりと上から目線で求めて来るばかりでうんざりだ。

どうせ、今の瀬奈こいつもそんな魂胆で近づいて来たんだろう。


 嫌味の一つでもぶつけてやろうかと、過去の記憶を掘り起こそうとしたが――

あれ、中学時代にこいつと付き合ったというあの先輩。

名前、何て言ったっけ、頭から出て来ない。

 今となっては、碌に思い返すこともなかったので、すっかり忘れてしまったようだ。


 いや……まあ、どうでもいいか。


「――ま、どうしても相手が欲しいなら結婚相談所なり、マッチングアプリでも使って男漁りでもしろよ。

高望みしなければ、誰かしら相手は見つかるさ。

今までお前が付き合ってきた連中と同様、碌なもんじゃないだろうし、正直勧めはしないがね」


 俺が投げやり気味にそうアドバイスしてやると、瀬奈は泣き出しそうな顔で俯いてから、嗚咽を漏らすが……

 何というか、大した感慨も湧いてこない。


 涙は女の武器と言うものの、こうまで醒めた相手には、まるで意味がないって事かね。


 しばらくしてから、ようやく落ち着いたのか、泣き腫らした顔で立ち上がり

 とぼとぼと……本当にごめんなさい、とだけ呟いて出て行った彼女の背中をみても、やはり何も感じるものはなかった。


 独りきりになった、実家のリビングルームで、大の字になって寝っ転がる。

 天井のライトをじっと見つめていると、記憶の奥底が刺激されて、湧き上がってくる過去の想い出。


『よーた、いつか、おおきくなたら、ぜったい、けっこんしようね!』


 ガキの頃、指輪のかわりに、公園で拾ったビー玉を交換して、この部屋で交わした……取るに足らない、おままごとの約束。

 そういえば、昔そんな事もやったっけな、と思い出して今の自分たちとの落差に苦笑する。


 ……本当に、いや、まったく。


「――くっだらねえ」


 そう吐き捨ててから、目を閉じた。

 三日後には、今の住いであるアパートに帰ることになっているが、逆に言えば明日、明後日は、多少だらついていて問題ないという事だ。

 風呂にはまだ入っていないが……まあ、今日くらいはいいだろう。

 蓄積した精神的な疲労から訪れた眠気に身を委ねて、そのまま眠ってしまう事にした。


 ああ……、せめて……少し、くらい……マシな夢でも、見れたら、いいんだが。


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