あたしが聖女じゃなくなったら国が滅びますけど、まあいいか

アソビのココロ

第1話

 ――――――――――次席聖女アドリアーナ・キャヴェンディッシュ公爵令嬢視点。


 メアリーなんて、俗な名なのですわ。

 でもその俗な名を持つ筆頭聖女のせいでわたくしが苦労しているのです。

 大体あの子は『判別の聖珠』を白く光らせることができなかったのでしょう?

 聖女ではないではありませんか!


 聖女とは混じりっけのない聖属性の魔力を持ち、少なくとも癒しの魔法を使える者のことを指します。

 メアリーは平民の出で、元々癒しの魔法を使えたことから聖女としてスカウトされてきたそうですわ。

 当然魔力の属性を見分ける魔道具『判別の聖珠』を白く光らせるだろうと思われていたのが、実際はそうではなかった。


 どうやらメアリーが聖属性の魔力を持っていることは間違いなくても、それ以外の属性の魔力も持っているのだろうという話です。

 変ですね?

 純粋な聖属性の魔力を持たなければ、属性干渉で癒しの魔法など使えないはずなのですが。


 聖女の適性者は少ないです。

 理由は不明でもメアリーが癒しの魔法を使えることは事実なので、仮聖女として採用されました。

 その時はわたくしも歓迎したのです。

 だって人員が増えれば一人当たりの聖女のお仕事の負担は減るのですから。


 魔力量だけは大きいメアリーはよく働きました。

 ええ、勤務姿勢だけは認めざるを得ません。

 いつもへらへらしてるような子ですが、毎日癒しの施しに精を出していましたから。

 あれには聖女全員が感謝していました。

 だって朝早くから魔法を使うのは疲れますもの。


 実力だって大したものです。

 馬車事故で聖務院に運ばれてきた虫の息の伯爵デール様を、一瞬で回復させましたからね。

 あれは実際に見たわたくしも信じられませんでした。

 魔力の密度を高めて力押ししただけですよ、などと相変わらずメアリーはへらへらしていました。

 理屈は正しいのでしょうけれど、普通はそんなに魔力の密度なんか上げられないわ!


 隣国と戦争になった時、メアリーは癒しの魔法の実力を買われて従軍していきました。

 そして勝利に多大な貢献をしたとして筆頭聖女になりました。

 ちょっと待って!

 従軍したら筆頭聖女になるなんて聞いてなかったです。

 筆頭聖女だったわたくしの立場は?


 王太子ファーディナンド殿下が一八歳になった時点で、年回りの近い聖女の内最も序列の高い者が婚約者になると決められていました。

 ほぼわたくしに内定していたようなものなのに、寸前で筆頭聖女になったメアリーが、婚約者の座をかっさらっていったのです。

 ファーディナンド殿下とわたくしは密かに愛を育んでいたというのに!


 愛を引き裂こうとする下賤の者、こんなことが許されましょうか?

 この恨み晴らさでおくべきか!

 ちょうどいい機会、戦勝パーティーがあります。

 わたくしはファーディナンド殿下と共謀してメアリーに薬を盛りました……。


          ◇


 ――――――――――筆頭聖女メアリー視点。


 バッチリ目が覚めた。

 全てを理解した。

 あたし文字通り覚醒した、やっほい!


 状況を整理しよう。

 新王宮の披露を兼ねた戦勝パーティーの最中だったでしょ?

 あたしが筆頭聖女になり、ファーディナンド王太子殿下の婚約者となったことが発表されて、乾杯の飲み物を口にした途端倒れた。


 今ならわかる。

 ……あれは聖女の力を失わせる秘薬だ。

 ファーディナンド殿下とアドリアーナ様の共謀か。

 あの二人相思相愛だったしな。

 王家公爵家ともなると、伝説レベルの薬が手に入っちゃうんだなあ。


 もっともあたしは聖女じゃないから効かないし、秘薬の効果はあたしの力を全部解放したに過ぎなかったけれど。

 アドリアーナ様も相談してくれればよかったのにな。

 あたしはべつに殿下のお嫁さんになりたかったわけじゃないんだから。

 平民だから辞退します、で済んだ気もするんだけど。


 さて、どう始末をつけるのが正解なんだろう?

 聖女の力を失いましたで身を引くのが人間関係的には良さそうだけど、そうするとこの国滅ぶかもしれないしな?

 これも今ならわかる。

 新王宮の位置が悪いから気が滞ってしまうのだ。


「メアリー様。気がつかれましたか?」

「はい、ありがとうございます。戦争が終わって、緊張が緩んでしまったみたいで」

「まあ、メアリー様でもそんなことがあるんですのね」


 修道女が笑うけど、そんなことないわ。

 おかしな薬を飲まされたからだわ。

 あたしの力を皆引き出してくれたファーディナンド殿下とアドリアーナ様には、むしろ感謝してもいいくらいだが。


「大神官猊下に至急お目にかかりたく存じます」

「猊下もメアリー様の身を案じておられましたから、面会予約はすぐ取れると思いますよ」


          ◇


 ――――――――――騎士ヒューゴー・ガーシュウィン視点。


 何がどうなったのだ?

 メアリー様が筆頭聖女並びに王太子殿下の婚約者になられたのは、つい五日前だった。

 現在メアリー様は王都追放処分を受けている。


 どういう事情かって?

 メアリー様は聖女の力を失ったのだそうだ。


 メアリー様は戦場で女神のごとき力を発揮しておられた。

 即死でなければすぐさま全快させることができるのだから、味方の士気は上がり、逆に敵軍の士気を阻喪させた。

 味方の犠牲者数を単純計算で一〇分の一以下に抑えただけでなく、戦争の早期決着に多大な貢献があったのだ。

 それはあの戦争に参加した者なら誰もが知っている。

 戦後メアリー様が報われたと知って皆が喜んだものだ。


 メアリー様が聖女の力を失うとは。

 残念なことではあるがあり得るのだと思う。

 何せあれほどの働きをしていたのだから。

 しかしだからと言って、その功績を無視するような処分は許せん。

 騎士兵士はほぼ全員が憤ったと思う。


『契約違反により、王太子ファーディナンドと元筆頭聖女メアリーの婚約は破棄し、メアリーを王都追放処分に処す』


 契約違反?

 これを聞いて戸惑った。

 どういうことだろう?


 何でも聖女はその力を奉仕する契約を国と結んでいるのだそう。

 癒しの魔法の使い手は貴重であるから国が囲っておきたいという考え方は理解できるし、また聖女にとっても高いステータスが保証されるとなれば当然ともいえる。

 メアリー様は力を失い聖女として働けなくなったから契約違反だということだ。

 ええ? 何それ。

 不可抗力じゃないか。


 それでも契約は契約なので、メアリー様のクビは免れ得ないのだそうだ。

 莫大な違約金は平民出身のメアリー様には払えないので、その代わりに王都追放処分と接近禁止令が出された。

 接近禁止令は変わっている。

 メアリー様に近付く者は、本来メアリー様に科されるはずだった違約金を払う意思ありと見做すということだ。

 これに関しては騎士団長が穿った見方をしていた。


『要するに王家も聖国教会もメアリー様の影響力を無視できないんだ。何たって救国のヒロインだものな。軍部や諸侯の不満が高まると不遇なメアリー様にスポットが当たり、クーデターの核になりかねない。だから接近禁止令を出したんだろう』

『単に聖女を解任し、戦功報酬で終生年金を支給するでよかったではないですか。どうしてわざわざ罪人に落とす必要が……』

『聖女の力を失っても、救国のヒロインならファーディナンド殿下の婚約者に相応しいだろう? ところが罪人なら婚約者失格だ。わかるな?』


 そういうことだったとは。

 ファーディナンド殿下の婚約者の座を狙う、高位貴族の令嬢がいるということか。

 メアリー様が不憫ではないか。


 俺は戦場で命を救ってもらった者として、メアリー様をお助けせねばならん。

 来た。


「そこな女人!」


 ひっそりと王都北門から出てきたメアリー様に声をかける。

 明らかに慌てているようだが気にしない。


「ひ、ヒューゴー様。あたしに関わってはまずいですよ」

「ほう、貴女は俺の名を御存知か」

「……有名な騎士様でいらっしゃいますので」


 ふむ、俺がメアリー様を知らない女性として扱う意図に気付いてもらえたようだ。


「俺は騎士団を辞めてきたのだ」

「えっ!」

「故郷の辺境伯領に帰る予定でな」

「そうだったのですか……ありがとうございます」


 伝わった。

 俺がメアリー様を王都から遠い辺境伯領にお連れ申し上げようとしていることを。


「貴女の名前を伺ってもよいだろうか」

「名前、そうですね。ではメイリーで」

「ハハッ、メイリー嬢ね」


 メアリー、メイリー。

 ほとんど変わってないような気がするが、言い逃れできればいいのだ。


「では、まいろうか」

「いいんですか? 今のあたしは力も寄る辺もない、無一文の女の子ですよ?」

「……そんなことで恩は消えない。俺の忠誠は揺るがんのです」


 本音が溢れてしまった。

 しかしメアリー様……メイリー嬢は嬉しそうだ。

 よかった。


「道中いろんな話ができそうですな。楽しみです」


          ◇


 ――――――――――メイリーこと失格聖女メアリー視点。


 ヒューゴー様が騎士団を辞めて、あたしをガーシュウィン辺境伯領へ連れていってくださるようだ。

 辺境伯の嫡子のヒューゴー様が便宜を図ってくれるなんて、行くところがなかったから本当にありがたい。

 『王都から出るなら北門へ』という匿名の手紙を信じて本当に良かった。


「……というわけなんです」

「うんうん。当然大神官猊下に相談するわなあ」


 ヒューゴー様と随分隔意なく話せるようになって嬉しい。

 快活で義理堅くていい人だなあ。

 戦争の時、ちょっとちぎれかけた腕を繋いだってだけの縁なのに。


「でもメイリー嬢は戦争の大功労者だぞ? いきなりクビはひどくないか?」

「あたしも予想外ではありましたね」

「そうだろう?」

「うーん、でもあたしが聖女の力を持ってないことは本当ですから」


 判別の聖珠を光らせないように細工した。

 これで円満にお役御免になると考えていたのだ。

 そして密かに時々王宮を浄化すればいいと思ってた。

 甘かった。


「ファーディナンド殿下とアドリアーナ様がいい仲なのも事実なんですよ」

「アドリアーナ嬢。ああ、キャヴェンディッシュ公爵家の」

「あたしの前の筆頭聖女でしたから、普通だったらファーディナンド殿下と結ばれるはずだったんです。あたしが邪魔しちゃったみたいな格好になって」

「前の筆頭聖女? そうだったのか。印象になかったな」


 えっ? 聖女の活動って思ってたほど認知されてない?

 結構ショックだ。


「いや、従軍もだが、どこへ行ってもメイ……メアリー様が出張っていらしてただろう? メアリー様が筆頭聖女だと思い込んでたな」


 あたしの働きが認められたみたいで、じんわり嬉しいですね。


「俺でそういう意識なのだ。大衆はアドリアーナ嬢が聖女であることなんかほとんど知らんと思うぞ?」

「かもしれませんねえ。アドリアーナ様は癒しの施しに出てくることもほとんどありませんでしたから」

「バカな話だが、メアリー様が筆頭聖女となったがために、ファーディナンド殿下の婚約者に決定してしまったのだろう?」

「らしいですね」

「だから婚約者の座から引きずり落とすために、メアリー様が罪に落とされたという説があるのだ」


 あたしもそんな気はしていた。

 だから辞退しようと思ってたのになあ。


「あたし、正式な聖女じゃなかったんですよ」

「む? どういうことだ?」

「仮契約だったんです。見習い扱いで、だからお給料もあんまりもらってなくて。ですが正式採用じゃないから、違約金の話もなかったはずなんですけどねえ」


 何と、あれだけの働きをしていたメアリー様が見習いだった?

 あり得ない!


「ところが筆頭聖女に昇進したかと思ったら、すぐクビで契約違反でしょう? 詐欺に遭った気分です」

「聖国教会は何をやっているんだ!」

「いや、大神官猊下もあたしがずっと見習い扱いだったことは知らなくて、良かれと思って筆頭聖女にしてくださったんですよ。王家にもあたしに対する処分を取り消せって言ってくれたんですけど、法と契約は曲げられないからということで却下されて」

「ひど過ぎる」


 あたしもそう思わなくもないけれど。


「でもいいこともありましたから」

「例えば?」

「あたしは孤児でしたが、聖女見習いになったおかげで市民権を得られて皆さんに優しくされましたし、こうしてヒューゴー様と知り合うこともできました」

「無実の罪に落とされたではないか」

「それも王都を出て『メアリー』の名を使わなければすむ、軽いものですよ」


 ヒューゴー様に聞いて、戦場の女神である『メアリー』の名が大き過ぎるため、騒乱の元となる可能性を知った。

 あたしも揉めたくはないから、『メアリー』の名を捨て『メイリー』として生きていくことに何の文句もないですとも。


 バササッ!

 ヒューゴー様が庇ってくれたが、一体何?


「盗賊トンビだな」


 比較的人里近くにも現れ、人の荷物を盗もうとする弱い鳥の魔物だ。

 ヒューゴー様が殴りつけて倒してくれた。


「あっ、ケガを……」

「ハハッ、かすり傷だ」

「癒します」

「癒すって……えっ?」


 瞬時に消えた傷に驚くヒューゴー様。

 ……ヒューゴー様には話しておいてもいいだろう。


「どういうことだ? 聖女の力は失ってしまったのだろう?」

「あたしは元々聖女の力なんて持ってなかったんですよ」

「わ、わからない」

「持っていたのは現人神の力でありまして」


 あたしが全属性持ちだったこと。

 にも拘らず癒しの魔法を使えたこと。

 だからこそ仮契約の聖女だったこと。

 おそらくは記憶と能力を封じられていて、限定的に回復魔法を使えたこと。

 その封印が解け、今では現人神の力を十全に使えること。

 力をセーブして聖女の力を失ったと誤魔化したこと。


「ふうむ、現人神の力とは何ができるのだ?」

「大体何でも」

「例えば空を飛ぶとか」

「お安い御用です……そのまま飛ぶと目立ちますかね。姿を消して飛びましょうか」


 ひゅーんと飛んで一回り。

 納得していただけた。

 めでたし。


「ここまで明かしたからには、辺境伯の嫡男たるヒューゴー様に協力していただきたいことがあるんですよ」

「何なりと」

「我が国は内乱になります。王家は保ちません」


 さすがにヒューゴー様も驚いたようだ。

 未来は定まっているわけではないから、あたしでも完全な予知は不可能。

 が、大雑把な運命の流れはわかる。

 もうちょい正確な予知ができれば、聖女をクビにならずにやりようはあったと思う。


「根拠は?」

「新王宮の位置がよろしくないのです」


 炎の気、水の気、風の気、岩の気、命の気の集中する素晴らしい位置に王都はある。

 しかし新王宮が完成すると、気の流れを阻害してしまうのだ。

 おそらくは瘴気が発生する。


「あたしも気付いたのは現人神の封印が解けてからなのです」

「そうだったか。陥れられてからでは何を言っても信用されるはずがないと」

「はい」

「わかった。緊急用件として父上に相談しよう」

「お願いいたします」


 内乱が長引いてしまうと多くの人々が苦しんでしまう。

 諸侯でも一、二の武力を誇る辺境伯がこの件を知っていれば、動きようもあるだろう。


「俺もメイリー嬢に頼みがあるのだ」

「何なりと」

「結婚してくれ」

「わかりました。ありがとうございます」


 予知?

 そんなんではない。

 単にヒューゴー様の好き好きオーラがダダ漏れだから。


「嬉しいぞ、メイリー」


 ぎゅっと抱きしめられる。

 聖女をクビになって本当に良かった。


          ◇


 ――――――――――筆頭聖女アドリアーナ視点。


 うまくいかない。

 どうしてなの?

 メアリーを追い出して筆頭聖女に返り咲き、ファーディナンド殿下の婚約者になれた時は絶頂でした。

 それが何故……。


「聖女部隊! 瘴気の除去を……」

「今やってますわっ!」


 聖女部隊と言っても、瘴気を除去できるほどの実力を持つ者はわたくしを含めて三人だけ。

 全く人手が足りてませんわ。

 ああ、こんな時こそ魔力の豊富なあの子が必要なのに!

 自分の過去の行動を呪います。

 メアリーを罪に落としたことで、大神官猊下はじめ有能な方々が幾人も聖国教会を去ってしまいましたし。


 聖国教会だけの話ではありません。

 瘴気のせいで人の心は荒み治安が悪くなり、疫病も発生しています。

 怨嗟の声が満ち、多くの人々が王都から脱出しているのです。


 初めは王家の救援要請に応じてくれた諸侯も、今は無反応です。

 それどころかガーシュウィン辺境伯家が聖女メアリーを押し立てて王都に進撃してくるというではありませんか。

 騎士兵士に人気のあるあの子を担ぎ出すのはズルいです!

 どんどん兵力が膨れ上がっていると聞きます。

 あの子に聖女の力なんて、もうありはしませんのに。


 ああ、もう末期です。

 今の王都に守備力なんてなきに等しいです。

 鎧袖一触に王都守備兵は打ち破られてしまうでしょう。

 王太子ファーディナンド殿下の婚約者たる私は救われようが……。


          ◇


 ――――――――――『王都の解放者』の婚約者メアリー視点。


 王都の門は内側から開かれた。

 王都入城とともに食料の配給を行ったら、ヒューゴー様が解放者として熱狂的に歓迎されてたわ。

 おっと、ヒューゴー様が帰ってきたようだ。


「メアリー、新王宮はどうだった?」

「一応浄化してきましたが、一ヶ月も経てばまた瘴気が溜まり始めると思います。ちょっとやそっとの改造じゃどうにもならないですね。やはり新王宮の完全破壊が必要です」

「そうか」


 王都入場前に王族は全員殺害されたか、ないしは自死した。

 一人も王都を逃げ出すことがなかったのは、いっそ潔いと言ってもいい。

 そして王族の悪徳の象徴と見られている新王宮を破壊することに、反対は起きないだろうな。


「破壊は急いだ方がいいんだな?」

「いえ、そちらはあたしが承ります」

「は?」

「魔法で砂にしてしまいます。よろしいでしょうか?」

「何と……」


 ヒューゴー様の目が点になってるけど、現人神の魔法ならどうってことない。

 人員を割かず安全に王宮を壊せるので、ここはお任せくださいな。

 『王都の解放者』の持つ力のデモンストレーションにもなる。

 今後の統治には必要だ。


「では任せた」

「はい。ヒューゴー様は流通と物価の安定の方をよろしくお願いいたします」

「うむ」

「……アドリアーナ様は」

「毒を飲んで自ら命を絶ったそうだ」

「やはり……」

「思うところがあるかい?」

「聖国教会の立て直しも必要なんですよ」


 王都が自壊したのは、宗教指導者達が逃げ出し信仰の拠りどころを失ったからということもあるんじゃないかな。

 社会の平穏のためには、やっぱり聖国教会は必要だ。

 でも……。


「アドリアーナ様は力のある聖女でしたから、力を貸していただければありがたかったです」

「王太子の婚約者だぞ? さすがに王都を混乱させた罪を問わずにはおれない」

「わかっていますとも。あくまで聖国教会復興の都合では、ですよ」

「聖国教会はどうしてもメアリーの手が必要になるな」


 あたしの出番か。

 でもあたしは聖女じゃないから気が引けるんだよな。


「メアリーの名で野に下った聖国教会の幹部を集めてくれ」

「了解です。聖女不足は仕方ありませんね」

「初期だけでもメアリーが現役に復帰するかい?」

「いえ、あたしは聖女じゃありませんから」


 あたしが王都を去ったすぐ後、大神官猊下も辞任したらしい。

 統率力も人情味もあるいい方なんだよなあ。

 大神官猊下を引っ張り出せれば、聖国教会は大丈夫だ。


「メアリー」

「あら、何ですか?」


 軽くハグ、からの口づけ。

 御馳走様です。


「すまんね。俺にも癒しが必要だった」

「うふふ、いいんですのよ」

「愛している」

「私もです」


 新王となるヒューゴー様の父辺境伯が、王都に上ってきて即位するまでまだ間がある。

 『王都の解放者』と『救国のヒロイン』が仲睦まじくすることも求心力の内だな、うん。

 これも仕事と心に言い訳しつつ、ヒューゴー様の背中に回した腕に力を込めた。

 あたしは幸せ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

あたしが聖女じゃなくなったら国が滅びますけど、まあいいか アソビのココロ @asobigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る