ある男の話 ~結婚の理想と現実~

東雲さき

ある男の話 ~結婚の理想と現実~

私の名前は健次郎。

三カ月ほど前に結婚したばかりの新婚だ。

愛する妻のため、将来授かる子供のために今日も私は仕事に家庭に全てにおいて奮闘する。

しかし、今になって私の選択は正しかったのだろうかと思い悩む時がある。

勢いに流されすぎたのではないか。

もっとじっくり結婚相手を見極めるべきだったのではないか。

将来失敗したなんて思いたくないから、少しでも良くなるようにと日々を過ごしている。


私の実家は会社を経営しており、兄は30代で若くして跡を継いだ。

結婚して子供もすでに二人おり、今が一番可愛い時期なのだろう。兄家族を見ているうちに私も早く幸せな家庭を持ちたいと思うようになり婚活を始めた。

会社での地位も上のため年収も良く、顔もそれなりに整っていると自負している。婚活市場では人気も高いだろうと当時の私は思っていた。

実際、後の妻となるリョウコと出会うまで幾人かの女性からアプローチを受け、共に食事をしたり交際することになった人はいた。しかし、どうやら私は女性に求める理想が高いらしい。なかなか彼女たちに満足することができなかった。


婚活を始めてわりとすぐにメグミと出会った。

彼女は声優として活動している働く女性だった。

べつに隠していたわけではないが、私は彼女のファンなのだ。アニメが好きで声優についてもそれなりに知っているため、彼女と見合いが決まった時は同姓同名の他人かと思った。だが期待しなかったわけじゃない。

ファンであることを彼女に告げたら交際をお断りされた。

結婚相手は声優として活動している自分を知らない相手が良い、と。仕事が終わってから唯一寛げる家でまで仕事の話をしたくない、ファンならばなおさら、と言われた。

ショックだった。

私はぜひ気の置けない仲となって仕事のことをたくさん聞かせてほしかったから。


自分が断ることはあってもまさか断られることはないと今まで生きてきた私の落ち込みは酷かった。ましてや憧れていた声優のメグミさん。

当分立ち直れそうもなかったが、すでに予定していた見合いのスケジュールは待ってはくれない。無理やり笑顔を作り女性たちに会った。


そんな中出会ったユリコ。

彼女もまた働く都会の女性だった。

お互い仕事をしているが、話も合ったので試しに付き合うことになった。

しかし、徐々にすれ違いが多くなり会う時間もなかなか取れなくなってしまった。

半年ほど付き合ったが結局別れてしまった。


いくら女性と会っても運命だと思えるような人とは出会うことがなかった。

数々の見合いに疲れ、しばらくは見合いも控えようと過ごしていたところ、地方から出てきたというカナに出会った。

彼女は今まで目にしてきた女性たちとは正反対の素朴な女性だった。

今まで関わった女性がブランド物を身に着けネイルを施し化粧も完璧なキャリアウーマンだとすると、カナは化粧も濃くなくネイルもしていないふんわりとした印象の人だった。料理をするためネイルはしないし、濃い化粧にも慣れていないためにナチュラルメイクが落ち着くんだそうだ。

お茶をしたその流れでそのまま食事に誘ってみたのだが、とにかく彼女の反応が可愛いのだ。しかも恥ずかしがり屋らしく、目が合うたびにいちいち照れる。

久しぶりに胸がときめいた。

こういう人もアリかと思い連絡先を交換してカナとのやり取りが始まった。


しばらくした頃、地方をドライブデートすることになった。

カナと過ごすのは気がラクで、服装も見栄を張らずにいられたので随分と開放的に過ごせたと思う。

都会で育ち日々多くの人に囲まれて仕事をしている自分が、まさかこんなにゆっくりとした時間を過ごせるなんて。

彼女と一緒にいるととても穏やかに過ごすことができる。

結婚を前提に交際を申し込もうかと考えたが、まだ早い、じっくり行こうと思い直しその日のデートは終わった。

照れるカナをギュッと抱きしめて別れたとても健全なデートだった。


そしてまた仕事で忙しい日々に戻る。

新しい女性と会うことも止めなければと思うが、自分にはもっと良い人がいるのではないかと思うと会うことを止められなかった。


ドライブデートのほんの3日後、ついに運命だと思われる人に出会ってしまった。

とても美しくスタイルも完璧、私と同じく仕事にも手を抜かない、私の趣味にも理解のあるとても理想的な人。

私がリョウコにのめり込んでしまうのはあっという間だった。

それになかなか会えないカナより、気軽に会える距離にいるリョウコを選んでしまったのも決め手の一つであったことだろう。

早急にカナには次のデートの断りをしなければ。幸いなことにカナとは付き合っているわけではない、ただの友人のような関係だ。


翌日朝早くにメッセージを送った。

気になる人がいること。

そんな気持ちを持ったままカナとは会えないこと。

自分は誠実でありたいことを切々と訴えた。

カナからの返事は何てことない淡々とした短い文章だった。

「好きでした」の言葉が目に入った。

そうだろうと薄々気付いていたが。

もっと必死に縋りつくような言葉はないのかと理不尽にもそう思ってしまった。

しかしこれなら揉めることなく関係を切ることができる。そう思った私は、「カナは素敵な女性だから良い出会いがきっとある。幸せになって下さい。」と願うメッセージを送った。

こうして私とカナの関係は終わった。


後ろめたさをなくした私はリョウコと付き合うことになり、わずか半年で婚約するに至った。二人とも早く結婚したいと婚活をしていたくらいなので挙式は3か月後を予定している。


全てが順調だった。


婚約期間を過ごし、結婚式を挙げ、二人で選んだ新居での暮らしが始まった。

幸せだったが早々に壁にぶち当たった。

私は朝食は自宅でしっかりと済ませたいが、リョウコは食べないかもしくはカフェのモーニングで済ませることが多い。

身だしなみに時間をかけるので朝食を取らないことに慣れてしまいそのままなのだそうだ。

私としては二人でゆっくりと食べたいのだが未だにそのような時間は取れていない。

昼食だってそうだ。

理想は愛する妻の作った弁当、もしくは自分が作ったものを妻に持たせて食べてもらうことを夢見ていた。しかし現実は違う。妻は同僚とランチ。私は自分で作った弁当又は社食だ。


何かが違う。


そして夜ベッドの中で彼女は言った。

「私仕事辞めるつもりないから。子供は一人で十分。育休が終わったら復帰するからよろしくね」

まだ妊娠すらしていないのに育休後の話。しかも子供は一人。

何かが崩れ去っていく。

分かっている。私が理想としている夫婦像と大きくかけ離れているということくらい。これが現実なんだろう。どこの夫婦も理想ばかりで成り立っているわけではないことくらい分かっているつもりだ。どこかで折り合いをつけるか、そのうち妻の考えが変わりたくさん子供が欲しいと言うようになるかもしれない。

未来のことは分からないのだから希望を持とう。悲観に暮れることはない。私たちはまだ結婚したばかりなのだから。


ある日、話があると兄の自宅に呼ばれた。

そこには兄夫婦と両親が神妙な顔で待っていた。

いったい何の話が始まるのかと身構えていると、なんと兄たちが離婚することになったという報告だった。

離婚する原因となったのが兄の浮気らしい。

私は以前から兄に夫婦仲の相談をされていた。

子供が二人もいるから兄嫁は母・妻として過ごしたいこと。夜の行為は控えてほしいと言われたこと。妻のことを愛している兄が不憫だとは思ったが、適切な言葉をかけることができなかった。愛する妻に触れられない寂しさを埋めるため、つい浮気してしまったということだった。

兄は別れたくないと縋ったらしいが、浮気する男の言うことなんて信じられないと突き放されたらしい。


兄たちの話を聞き帰路についた私は物思いに耽った。

あれほど幸せそうにしていた二人が別れを決めたこと。

自分は将来大丈夫なのだろうか。

今でさえ些細な不満がある。想像していた結婚生活とはあまりにも違い過ぎる。

朝は二人で朝食を食べたい。

休日は二人で映画を見たりしてだらだらと過ごすのも良いだろう。

妻の料理を食べ、たまには私が作った料理を食べてもらう。

子供は三人は欲しい。妻が妊娠したらお腹を擦ってあげて二人で名付けに頭を悩ませるのだ。

そして二人で育児をする。

妻と共にやっていけるだろうか。


その時ふと過去出会った人のことを思い出した。

思えばリョウコはユリコと同じく仕事人間と言えるほどだ。

あの時はすれ違いの生活となってしまったが、まさかせっかく結婚したのに今度もすれ違いの生活となってしまうのだろうか。

リョウコと出会う前に結婚を意識したカナ。

カナは仕事をしてその上で毎日しっかりした食事を作るなんて器用なことは難しくてできそうもないと言っていた。自分一人の食事だから独身の間なら何とでもなるが、結婚して子供を産んだ後は家庭に入りたいとも。

そして子供と一緒にいろいろな場所へ遊びに行くのだと。

彼女を選んでいれば何か違ったのだろうか。

少なくとも彼女と接していた頃のような穏やかな気持ちで過ごすことができていたのかも

しれないとひっそりと溜息を吐いた。


自宅マンションに着き、玄関へと向かう中今後のことを考える。

念願叶って結婚したのだ。まだまだやれることはたくさんある。まずは妻に朝食を共にとれないかだけでも聞いてみよう。それから夜は子供ができたら何をしたいか語り合おう。あのように言ってはいたが、話しているうちに気持ちも変化するだろう。

だんだんと気持ちも上向きになったところでドアへと辿り着いた。

何事も気持ちの持ちようだと奮起しながら鍵を開け扉を開いたところで私の身体は固まった。

扉の中は明かりが点いていない。

妻はまだ帰宅していなかった。

もう22時を過ぎているというのに。

このような有り様で話はできるのだろうか。

言いようのない不安が胸の中でその存在が大きくなった。

これからの生活に夢を見られるほど甘くはないと現実を突きつけられた気がした。


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