第1話 再開

―――『人は変わる』という言葉があるが、僕はこれは間違いだと、そう思う。


『いきなりどうした?』と言われるかもしれないが、ちょっとご静粛にして聞いといて欲しい。


人は変わらない。


変わるものがあるとすれば、それは身の周りの環境や、人間関係ばかり。


それらの影響によって左右され、表面的な人間の思想は改善、又は改悪される場合もあるが、これは人間そのものが変わったというよりも、『それらの考えを自分が抱く根本的価値に付け加えている』という表現の方が正しいと思う。


根本的、本質的に、その人が心の奥底に宿す価値観は、二度と再形成されることはない。


つまり、人間は成長することによって人格という幹に枝を付けることは出来るが、その幹自体の形を変えることは出来ないということだ。


―――では、その幹たる芯は、一体いつのタイミングで形作られるのだろうか。


物心がついた瞬間?母の胎内から脱し産声を上げたその時?それとも、この世界に自分という命の種が芽吹いた、その刹那なのだろうか。


恐らく、この問いに答えられる者は存在しない。

その答えを知る者は、僕の前には現れない。


……だって、この文字の羅列を理解できるのは、きっと僕と同じ人間だけなのだから。


「……はぁ。」


僕は小さくため息を吐く。


……まぁ、『人は変わる』云々について自論を展開したが、結局これも僕の感想であって、答えじゃない。


そもそも、『人間は根本から変わることはない。』という主張の絶対的な科学的根拠を提示した訳じゃないから、これはあくまで僕の仮説なのだ。


―――昔から、こんなふうに答えのない問いについて考えることが好きだった。


時間の無駄と言われればそれだけだが、自分の稚拙な思考力では到底答えに辿り着くことが出来ない問題というものは、想像心を刺激してくれるから。


いつも何かに思い耽って、常に周りからは近寄り難いとか言われていた。

『何を考えているのか分からないから怖い』とも誰かに言われた記憶がある。

学校でもこんなんだから、僕には友達なんていないし。


……昔は居たんだけど、な。


けれど世界は無情なもので、人は離れていってしまう。

気付けば僕の周りには誰も居なくなっていた。


……と、責任転嫁は良くないな。


思考の海の中、はたと僕が今抱いた認識がお門違いなことに気が付く。

僕の周りに人が居なくなってしまったのは、去っていくその人でも、この無情な世界のせいでもない。


……他でもない僕のせいだ。


結局僕は、大事な友達よりも自らの妄想と自惚れのような自論を肥大化させることを選んだ。


薄れゆく繋がりを、僕自身が切り離したのだ。


……後悔はある。


過ぎ去ってしまった時間は、もう帰っては来ない。

僕の友達だった人達も、もう二度と会うことは出来ない。


けれど、これらの悔やむような感情を心のしこりとしながらも、今もこうやって御託並べて傍観者気取り。


『人は変わらない。』なんて言い訳じみたことをつらつらと宣う僕を見ていれば、より僕の主張は確信を帯びるのではないだろうか。


―――残念ながら、人は変わらないんだ。


「……はぁ。」


嘆息というやつだろうか。

思わず口から漏れ出た息はそのまま行き場を見失い、沈みゆく夕焼けの空に消えた。


―――今日も、当たり障りのない至って普通の一日だった。


朝、普通に学校へ行って、

昼、適当に授業を聞き流して、

そして今、『放課後みんなで集まってカラオケ行かね?』とか教室でほざいていた陽キャの横を通り過ぎ、現在進行形で家までの帰路を辿っている。


「…………。」


……いや、何が『現在進行形で家までの帰路を辿っている。』(キリッ)だよ。


陽キャよ、何故僕を引き留めない。


『みんな』の枠中に僕は含まれないってか?


流石に泣いていいんじゃないか?


かえで】は帰れ!ってなアハハー。


先程までの真面目な思考を放棄し、脳内でそんなくだらん韻踏みを披露する僕、【紅葉もみじ かえで】は、学校の終わり、全くクラスに馴染めていないであろう自分の立場に打ちひしがれながら、トボトボ寂しく下校の道を辿っていた。


……ではここで一つ、突然だが僕に関することを話しておこう。


別に聞かれてもいないし誰も興味ないだろうが、言うなとも言われていないので話してしまう。


……僕は、つい先月に今の学校に転校してきたピチピチの16歳。


高校二年生の始業式は前の学校で迎えたものの、その一週間後には、新しい土地、新しい環境、新しい学校での生活が始まっていた。


本当ならば、新学年の新学期もこっちでお迎えしたかったところなのだが、如何いかんせん引っ越しの準備が長引いてしまったため、『色々と間に合わなかったのよー!ほんとごめんね!』という謝意の言葉を母方から受け取った。


しかしこれは、僕みたいな陰キャにとって、なかなかにハードな新学校生活の幕開けを意味している他なかったのだ。

ただでさえ、ぼっち極めし陰なる隠者だったというのに、誰一人として知り合いのいない集団にどのような術を用いて馴染みおおせるのか。


『転校生』という属性は、明確に勝ち確ルートと負け確ルートへのレールが敷かれており、前者は初日に沢山のクラスメイトに囲まれるというイベントを踏むことが出来ればほぼ確定となるのだが、後者の方は言わずもがな悲惨すぎて語る気も起きない。


そして、僕は完全に後者を引きました。

初日からクラスメイト全員に放置プレイくらいました。

GG、対戦ありがとうございました。


……という冗談はさておき(冗談じゃないけど)。


どうやら僕には、所謂『話しかけるなオーラ』と呼ばれる謎の雰囲気が、身体の内側から溢れ出ているらしい。(両親談)


僕自身にそんなつもりは全然ないし自覚もないのだが、とうとう誰にも話しかけられず、友達カウントが未だ0の数字から全く動いていない現状を見るに、その論はどうやら当たりを突いているようだ。


……と、言われてもなぁ。


正直困ったものである。


もちろん、全てにおいて待ちの姿勢でしか構えていなかった僕にも責任はあると思うが、知り合いでもない人の集団の中に紛れていくという行為が、どれだけ難しいことなのかを考えてみて欲しい。


しかも、大して望まれていない人間が、だ。


もちろん、僕だって独りなのは嫌だけど……


しかし、こうやってクラスに馴染めないことに悩むくらいなら、初めから孤独を享受している方がずっと気が楽なのではと考えてしまうのもまた事実なのだ。


「…………ん?」


その時だった。


一旦、思考の渦に終止符を打ち、ふと下向きの面を前方へと向けたところ、視界の端に小さく縮こまった人影を見つけた。


「…………。」


古びた公園の隅の方。


膝を抱えるように屈んで、何かをじっと見つめているその姿。


見たところ、うちの学校の制服を着ていることから、やつも下校中の民の一人であることが伺えた。


こちらに背を向けているので顔は見えないが、服装と髪の質感からして女子生徒であろう。


……あいつも僕と同類なのだろうか。


同類というのは、言ってしまえば『ぼっち仲間』という意味である。


「……にしても、あんなところで何を―――」


その様子を見つめ、浮かんだ疑問を口に出したが、言い終わる前に気付いた。


「……ニャーン。」


「あっ!今鳴いた!?にゃーん♡かわちいですねぇ〜。にゃーん♡」


「…………。」


……なるほど、どうやらあの女子生徒が屈み込むすぐ傍には、非常にかわちい野良猫がいるらしい。


「……ニャーン。」


「にゃーん、にゃん、にゃん、にゃーん♡」


……共鳴しとる。


随分と楽しそうな幸せ空間を展開しているその様子を遠目から眺めていると、それが微笑ましく感じる。

やはり、猫と少女のタッグは最高だと相場が決まっているのだ。


「…………。」


あの子の横顔が見える。

なんて無邪気な表情なのだろうか。

無垢な白い笑顔、西日に照らされた目がキラキラと輝いている。

にへらと口元を緩ませて笑うその顔はまるで、今日という日に猫とじゃれ合う為だけに生まれてきたのだと、そう豪語されても否定できないほど、幸の色に溢れていた。


「…………。」



―――僕はきっと、知りたかったんだ。


淀みないその眼の色を。


ただ今だけを生きている―――その命の形を。



まるで一目惚れのようだった。

たまたま見てしまっただけだったのに。

通り過ぎようとした足は止まっていて。

気付いた時には、僕の足は彼女の元へと向かっていた。


―――しゃがみ込んだ姿勢の彼女のすぐ傍に、僕は立っていた。


そして僕は口を開く。

彼女は、傍らにいる僕の存在に気が付き、ゆっくりと視線を僕の方へと。



―――目が合う。


視線が―――絡まる。



彼女が何かを言うよりも早く、僕は言葉を口にした。



―――生きているようで死んでいた、僕の『人生』という時間の歯車は、きっとこの日から再び動き始めた。


そして、最期の瞬間、思い出すのはきっと、夕焼けに照らされた茜色のこの空と。


―――夕焼けよりも朱に染まった、頬の熱を恥ずかしそうにする彼女の瞳の色なのだと、そう思った。
















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