第4話 珍しい組み合わせ その2
珍しい組み合わせは人目を引くものの、三人の間に割り込んでくる者はいない。
多少の居心地の悪さを感じながらも平穏無事に帰宅できそうな状況に、強い安堵を覚えていた……のに。
大河が投げ込んできた噂は、思いっきり爆弾発言だった。
「……大河はその話をどこで聞いたんだ?」
ここ最近の大河は休み時間すらバスケ部に費やしていたはずなのに。
生徒会室の内部がアレな状態になっているなんて、いったい情報源はどこなのか。
事と次第によっては対策を考えなければならない。
「そりゃ部活だよ。バスケ部」
曰く生徒会の一年生からクラスメートに『生徒会がヤバい』と話が広がって、同じクラスに所属しているバスケ部員からバスケ部に伝えられ、それが大河の耳に入ったと言う流れとのこと。
「それ、バスケ部以外にも広がっているな」
「だろうな」
一年の生徒会役員はふたり。
どちらが原因であるかを特定することは可能だろうが、締め上げても意味がない。
根も葉もない噂を吹聴して回るのは問題アリだとしても、その原因を作っているのは
自らを顧みることなく後輩に厳しく当たるのは人として問題があると言わざるを得ないし、そもそも会長が許さないだろう。
そして、肝心の梓がどのような反応を見せるかは、想像できなかった。
――とは言ってもなぁ……
あれ以来避けられ続けて意気消沈中の奈月には任せられない。
梓の敵意は衛にも向けられていることに疑う余地はないが……だからと言って他に適任者がいない。
もともと三人の間で始まったトラブルなのだ。
他人に丸投げするのは筋が通らないと思うし、衛としても納得がいかない。
「なんか原因に心当たりとかあるのか?」
「……ない」
何気なく尋ねてくる大河への返答に、一瞬の間があった。
親友に嘘をついてしまったことを心苦しく思う。
なお、視界の端で奈月の表情が強張っていた。
「ない、が……事情を聞くぐらいはできるはずだ。どうして怒っているのか、とかな」
本当にできるだろうか?
自分で言っていて確信が持てない。
梓が話し合いに応じてくれる保証はない……というか、一対一の状況になることを拒否される可能性の方が高いとさえ思った。
それでも、今この状況にあっては胸を張る以外の選択肢はない。
大河にも。
そして、奈月にも。
「衛さぁ……相変わらずだな、そういうところ」
「相変わらず? 何がだ?」
やれやれと肩を竦める大河。
衛は親友の意図を図りかねて眉根を寄せた。
とぼとぼ歩く奈月もきょとんとしたまま大河を見上げている。
バスケ部だけあって背が高い大河の顔に視線を向けるのは、女子としては身長が高めの奈月であっても角度的に苦しそうだった。
それでも顔を上げ続けているのは、彼女もまた大河の言葉の意味するところを知りたがっているからに違いない。
大河の口から語られる自分の評価を奈月に聞かれることに緊張を覚えた。
今からでも大河の口を塞いだ方がいいのではないか。
そんなことまで考えたが、実行に移すことはためらわれた。
「自覚がないのが衛らしいと言えばらしいんだよな」
「だから、何が?」
『相変わらず』『自覚がない』
いずれも聞き捨てならない単語だった。
自分が気づいていない欠点でもあるのだろうか?
これから梓と相対することになると(楽観的に)仮定しても、ウィークポイントになりそうなものは事前に潰しておきたい。
軽くこぶしを握り、固唾を飲んで次の言葉を待った。
「何て言えばいいのか……そう、自分から貧乏くじを引きに行こうとする感じ?」
「貧乏くじ?」
「ああ。だって『機嫌が悪い理由を教えろ』なんて言ったら、ただでさえ機嫌が悪い春日井さんの機嫌がもっと悪くなるに決まってるだろ。それをあえてやろうって言うの、貧乏くじじゃね?」
「……確かに、
「……」
大河の言わんとするところは理解できる。
『何でそんなに機嫌が悪いんだよ?』と傍目に見てもわかるほどに機嫌が悪い人間に尋ねれば、相手は苛立ちを加速させることは確実だ。
ただ、大河の状況把握は正確ではない。
親友の脳内では衛と梓との間にトラブルの類が存在しないことになっている。
生徒会長は衛が梓にフラれたとか何かやらかしたとか失礼な仮定を持ち出していたが、衛と付き合いの長い大河は違う。
告白する勇気もなければ、何かやらかすほどの甲斐性もないことを大河は熟知している。
だから『貧乏くじ』なんて言葉が出てくる。
実際は違う。
トラブルはあるし、衛と梓だけの問題ではない。
根本的な原因を作ったのはふたりに挟まれて歩いている奈月(まるで両サイドから引きずられる罪人みたいに見える)ではあるが、衛だって無関係ではない。
そして、奈月を矢面に立たせられない以上、梓に立ち向かうのは必然的に自分になる。
それだけの話であって、自己犠牲的な精神とは程遠い。
「岡野君、別に無理しなくても……」
奈月が気遣わしげに諫めてくる。
ふたりきりでないから女のふりモードのままだが……その表情にも言葉にも偽りはなさそうで、申し訳なさが割とあからさまに浮かんでいる。
隣を歩く大河がその顔を見て首をかしげていた。
――
大河の脳内では梓の変貌と奈月の憔悴が繋がっていないのだから。
気を遣われるのはともかく、申し訳なさが前に出てくるのは奇妙に見えるだろう。
付け加えるならば『黒瀬 奈月』は普段から凛々しいイメージがあるから、いっそう違和感が強くなる。
危険な兆候を感じた。
このまま放っておくと奈月がボロを出しかねない。
「別に無理なんてしていない。会長からも話を聞いてやってほしいと言われているから、そのついでだ」
「衛が? 会長の方がよくないか?」
「会長はもうすぐ引退だからなぁ。あとに残る俺たちが自分で何とか解決してほしいとか思ってるんだろう。春日井が抱えている悩みがどんなものであれ、先輩の立場から強引にカタをつけようとすると、なんだかんだでしこりが残ると懸念しているのかもしれん」
とっさの言い訳にしては上手くまとめられたと、声には出さずに自賛した。
何から何までウソを並べ立てているわけでもないところが、芸術的でポイントが高い。
「そういうもんか」
「……まぁ、ほとんど想像だがな」
「衛、俺にできることは何かあるか?」
「そうだな……後輩に噂を広げないよう口止めしてほしいところだが、大丈夫か?」
バスケ部内の大河の立場が危うくなるならば、何もしてくれなくていい。
身から出た錆なトラブルに巻き込むことは心苦しいし、真実を話していないことも辛い。
たとえ話せない事情があるにしても、親友を騙していることに罪悪感を感じていないわけではない。
「それぐらいなら問題ない。試合も近いし、くだらないネタを囃し立てて喜ぶような奴は部内の空気を悪くするだけだ。ちょっとドヤしてやれば口を閉じるだろうさ」
「……ほどほどにしておけよ」
「言われなくても」
ニヤリと笑う大河と、奈月の頭上で腕を打ち合わせた。
その一部始終を目にしていた奈月の唇が動く。
「なんかいいね、そういうの」
「黒瀬さんも興味ある?」
「どうかしら?」
奈月が薄い笑みを浮かべると、大河が目を逸らした。
――おお。
衛は知っている。
親友が見た目よりもずっとシャイな奴であることを。
顔立ちは整っているし、スポーツマンだし、性格だっていいのに……どうにも異性慣れしていないと言うか。
「もったいない」
「何が?」
「なんでもない。練習頑張れよ」
意味ありげな奈月の視線は無視することにした。
★
帰り道の会話でわかったこと。
それは、悠長に対策を練っている時間はないということ。
バスケ部は大河に任せておくにしても、他の部活には手の出しようがない。
伝手を辿ってひとつひとつ潰していく作戦も考えはしたが、余計な人間を巻き込めば巻き込むほどに予想外の反応を引き起こす可能性が高くなる。
これ以上のリスクを背負う愚を犯すつもりはなかった。
衛が勇気を出せば比較的容易に解決する(自分と梓の関係がどうなるかはともかく)ことは間違いなくて――そして、何よりも梓に誤解させている原因が自分にあることを否定できなかった。
だから――
「春日井、放課後、少し話がしたいんだが」
「そう、わかったわ」
翌日の昼休み。
教室でひとり食事をとっていた梓を呼び出してもらって、直接告げた。
もっと拒否されるかと思ったが……わりとあっさり了解されて少し拍子抜けした。
――相当深刻だな、これは。
梓のクラスを見回して、口を閉ざしたまま唸る。
喧騒渦巻く教室の中、梓の周りだけがポッカリと穴が空いていた。
誰もが彼女を恐れている……もとい遠慮していることは一目瞭然で、このまま状況を放置しておくことが誰のためにもならないことは明らかだった。
この問題を早急に解決しなければならない。
責任の重大さに負けないよう、衛は歯を食いしばって背筋を伸ばした。
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