第35話 よくやった(誉め言葉)

 約束の場所の喫茶店に到着すると、しばらくの間を置いてから、カランコロンと出入り口のベルが鳴った。

 俺と奏さんは緊張に顔をこわばらせて、そちらの方を見た。


「…よう」

「海斗」


 海斗と、それから、ばつの悪そうな顔をして、背を丸めた二人。

 皆、少し雰囲気が変わったような気がした。


 向かいの席に腰を下ろした三人と、俺達二人は、しばらくの間向かい合って、無言のままだった。

 一番先に口を開いたのは剛だった。


「…誰だよ、その女」

「私はこの人の現在のバディです」

「は?」


「美人局か?」あまりにも失礼な言葉が聞こえた。思わず怒鳴りそうになってから、ぐっとこらえる。


「そんなんじゃない」

「そうです。まぁ、別に信じてもらえなくてもいいんで」

「お前、なんで別の人間を連れて来たんだよ」

「一人で来いなんて指定されてなかったでしょう?」

「俺は仁に聞いてるんだ」


 口論になりかけたところで、海斗が口をはさんだ。


「違う。今はそんな話じゃなくて、本題があるだろ」


 無言の後に小さな舌打ちが聞こえる。腹が立った。

 俺が好き放題言われるのはまだ耐えられるが、奏さんを侮辱されるのは我慢ならなかった。

 恵美はずっと黙っていた。


「仁。俺達のパーティーに戻ってきてほしい」


 その言葉を聞いた。ずっと考えた。

 俺はどうすればいいのか?戻ったら、どうなるか。想像に易い。

 俺だって、コイツらが反省して、俺をいいように使わなくなる保証なんてどこにもないことを知っている。それが分からないバカじゃない。


「仁さん」


 ただ、一言がつっかえたように出てこなくて、黙って口をつぐんでいた。

 しかし、奏さんの言葉に、ようやく堰が切られた気分がした。


「俺は、」


 淡々と話す。


「戻らない」


 この三人は、俺が冒険者業を始めて間もないときに、「パーティーに入らないか」と誘ってくれた。思えばそれが全ての始まりだった。悪いことも良いこともあった、のだと思う。

 だから迷っていたのだろう。

 どこにも葛藤する必要なんてないと、そうやって自分でも思っていたけれど、やはり多少なりとも愛着はあったのだ。


 ――しかし俺は長いことこいつらに良いようにこき使われた。散々な目に遭った。騙された俺が、さっさとパーティーを抜けなかった俺が悪いともいえる。

 が、だからこそ、これからは自由に生きたい。もう戻らないと決めている。


「え…?」

「俺は戻らない」

「何言ってるんだよ仁。俺達、仲間だろ?」

「お前こそ、何言ってるんだ。いらないって言ったのは、そっちだろ」


 三人とも、言葉につまったらしかった。


「そもそも、俺はもう自分でやっていけるし、お前たちはもう仲間じゃない。あと、この人と組んでるから、そっちに戻る理由はどこにもない」


 自分でも、こうやってすっぱり言い切ることができたのかと思うと、意外さを感じる。昔からさして気が強くなくて、流されやすい性格だったのは認めていた。


「だから、俺は戻らない。それだけだ」

「待ってくれ、仁――」

「仁さん、行きましょう」

「ああ」


 話をしていられないと、先に注文していたコーヒーの代金を払って、俺達は外に出た。三人が追いかけてくる前に、さっさと車に乗り込んで、帰り道に出た。


「…連絡先消しとかないとな」

「そうだね」


 心に巣食っていた霞がきっちり晴れたような気がする。

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