第17話 共食い不可

 六階層目からがアトラクション性が消えた本番のダンジョン、というわけなのだが、それでも初心者向けのダンジョンだ。出てくるモンスターは高が知れている。


「わ、スライム!」

「奏さん、落ち着いて」


 緑色の、半固形状の塊――スライムだった。知性がなく、基本的に地面に落ちているものや草、土などを体内に取り込み、エネルギーに変換する。

 しかしその消化液だけは触ってはいけない。ほとんどの物体を液状に溶かす性質を持っているためだ。


 もちろん、手の肉や骨も例外なく溶ける。


「そ、そうだったね!たしか、スライムにはこれをまけばいいんだっけ?」

「そうそう」


 サイドポケットの中から白い粉末を取り出し、奏さんは袋の封を切った。


 さらさらと音を立てて、スライムが徐々に溶けていく。粘性がなくなり、融解するようにどろりと地面に沁み込んでいった。


「うわ、本当に溶けた…!」

「すごいだろ?」

「すごいですねえ、このスライムパウダーって!」


 それから、もう一つ、スライムには特異な性質がある。


 スライムの粘液及び体液で、別のスライムが溶けるということだ。


 これは別に液体に限った話ではなく、粉末にしても同様の効果が望める。理由はいまだに解明されていない。

 スライムパウダーは水分を吸わなければ人の皮膚に触れても殆ど害はないので、こういう簡易な包装で売り出されているわけだ。ホームセンターで10袋入りが500円。

 品種改良が重ねられた養殖スライムを使用しているので、普通のスライムをパウダーにするよりも強力なものができあがる。


 まぁまぁお財布に優しいお値打ち価格だな。



 それにしても、ダンジョン関連のことがらって解き明かされてないのが多いな。


 …いや、人類って結構進歩してると思うけど、全然世界の構造とか解き明かせてないし、ダンジョン関連の代物は俺の子供の頃からしたら、ただのファンタジーの産物だったから、仕方のないことだろう。


 無邪気にはしゃぐ奏さんを尻目に、周囲を見回していた。


「なにしてるの?」

「いや、ちょっと変なモンスターがいないかどうかチェックしてて」

「どうやって?というか、変なモンスター?」

「ああ、まぁ」


 掲示板での噂程度の話だった。が、このダンジョンの上層部で見知らぬモンスターを目撃したとの情報があった。


 そんな奴はこの下層に降りてこないだろうが、バッタみたく、一体のモンスターが周囲に多大な影響を及ぼす例はままある。


 それを奏さんに語ると、目を丸くされた。


「たとえばどんな?」

「宰丙ダンジョンって知ってる?」

「あそこ?私行ったことあるよ」


 宰丙ダンジョンは、地方にあるダンジョンだ。洞窟がダンジョンになっているので、このビルの窓からうっすら差し込む明かりのような光源すらない。最初に踏破した人はすごいと思う。尊敬する。


「あそこでさ、キングビーが発生したことがあったんだ」

「あ、それケーブビー…の一種?」

「そう。よく知ってるな」

「戦ったこと…というか、見たことあるんだ。洞窟の高いところに大きい巣があったの、覚えてるよ」


 ケーブビーはその名の通り洞窟に生息するハチのようなモンスターを指す。もう少し仔細に分類すると亜種なども居るのだが、それはおいておき。


 ケーブビーはハチと同じように高度な社会性を持った生き物で、生態はほとんどミツバチそのものだ。洞窟に巣を作るという点が少々異なっている点だろうか。



 その中で頂点に立つのはクインビーと呼ばれる――つまり、女王バチだ。

 だが、稀に交尾で死なないオスのハチが現れる。それが女王バチと番い、しばらく生き残って力を蓄えた場合、「キングビー」と呼ばれるハチが発生することがある。


「あれ、たしか6、7名だっけ?が亡くなったらしいんだよ」

「そうなの!?知らなかった…」

「あんまり知名度高くないもんなあ。冒険者の間の話だし」


 冒険者の死が大々的にニュースなどで取り上げられないのは、公然の秘密だ。

 職業柄、死ぬ危険性は高いし、特に配信者を兼業している冒険者が亡くなったときはネットで騒ぎになるものだが、それだけだ。


 あと、黎明期とは違って、今や民衆は冒険者の死に慣れてしまっている。


 だからモンスターの毒で数名が亡くなったところで、すぐに忘れられていくのが世の常だろう。


「なんか、私、やっぱりなんにも知らなかったんだなあ」

「そんなことはないと思うけど」

「いや、仁さんは詳しいよ。すごく。いろんなことに。だからさ、私、もっと仁さんの役に立てるようになるよ!」


 今まで助けてもらってきたぶん、と付け加えられ、俺は少し返答しあぐねた。

 なんか、嬉しいやら照れるやら、複雑な感情だ。

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