第12話 聞いてない

「シャオートスネークだ」


 思考が巡るまでもなく呟いた。ずる、ずる、と重たげな音が響く。地面を這う音だった。


「おかしいと思ったんだよ」

「え、何が?」

「スレートスネークにしては糞が一か所に固まっていないし、地面についた跡が妙に太かった」


 スレートスネークは比較的温厚な蛇で、人里近くに住み着いたときこそ駆除依頼が出されるが、それ以外は割合放置しても被害が出ないモンスターだった。

 縄張り意識は弱く、たいてい糞をする場所を一か所に決めている。


 しかし、シャオートスネークとなれば話は違う。

 縄張り意識の強いモンスターは、糞尿をあちこちに散らしてマーキングする。今まで見てきた痕跡は明らかにスレートスネークにしては様子がおかしかった。


 やばいな。これは想定外の状況。どう転ぶか分かんないけど、なるべく冷静に対処せねば。


「奏さん」

「ど、どうしよう」

「大丈夫。俺がまず、注意を引き付けるから――奏さんはこれを投げつけて」

「なにこれ?」


 奏さんに野球ボール程度の玉を握らせる。シャオートスネークは今のところこちらに気づいているようだが、距離を取って様子見しているらしかった。

 背を向けて逃げ出しでもすれば、一瞬にして丸呑みされてしまうことだろう。なにせ、縄張り意識が極端に強いモンスターなのだ。自身のテリトリーに侵入した者を許すわけがない。


「バリアも張っておくから」

「わ、かった!」


 手に力を籠めるような形で、今やすっかり使用に慣れてしまった「魔法」を使う。

 体力を消耗するから、雑魚モンスターには使いたくなかったが、シャオートスネークは上級モンスターだ。今使わないでどうする。


 俺が小さい頃はこんなことなかったはずだけど、今まさにファンタジーみたいなスキルを手にしている。

 夢みたいな現実だった。


「おい、こっちだ!!」


 木陰から飛び出し、大声でシャオートスネークの注意を引き付ける。奇妙な斑点はカラフルで、目がちかちかする。威嚇のためだと考えられているらしいけど。


 尻尾が横なぎに飛んできた。とっさに、飛び跳ねて避ける。その次、首が迫ってきたかと思えば、目の前で牙が剥き出しにされた。


 俺は右手を振りかぶり、スプレーを顔面向かって噴射した。


 甲高い悲鳴のような、気味の悪い声が響く。


「奏さん、今だ!」


 掛け声と同時に、俺はバックステップで後ろに飛びのく。視界の外から赤い玉が地面に投げつけられて、今度は轟音と光が響き渡った。


 耳鳴りがする。視界が何度か点滅した後で、ようやく正常さを取り戻した。


「……やった?」


 散らばった肉片に近づき、一つ一つ確かめていく。内臓が完全に飛び出ていて、胴体と首も離れているから、おそらく既に死んでいることだろう。


「たぶん、死んでる」

「よかったぁ……」


 奏さんは胸を撫でおろしたようだった。


「あ、でも」

「うん?」

「あれ、爆発に巻き込まれちゃいましたね……」

「ああ…」


 先程解体したスレートスネークの肉は、場の爆発に巻き込まれてしまった。これではとても業者に卸せるような状態ではない。


「とりあえず、これを持って行くべきだろうな」

「うん」


 証拠品として、その場のシャオートスネークの肉を一つ一つ拾い上げ、無事だったビニール袋に詰めた。

 今回は、依頼内容になかったモンスターが乱入してきたわけだから、いくらか追加の報酬がもらえる。

 ただ、これを持って行かないと追加の手当てが出ないのだ。

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