第7話 異変

「おい、なんでまだ生きてるんだよ!!こっち来るだろ?!」

「知らないわよ!足止めしてないのが悪いんじゃないの!?」

「クソ、ともかく一旦引くぞ!」


 ポイズントードの舌から分泌される液体は猛毒だ。海斗がやられて解毒薬は使い切ってしまった。このままではあまりにも分が悪い。

 両生類のような気味の悪い目がこちらを向いている。カエルの鳴き声を何百倍にも増幅したようなそれが洞窟全体に響いていた。






 冒険者ギルドの治療所で各々が回復してから、話は始まった。


「……最近、おかしくないか」

「おかしいって、何が?」

「だから、クエストに立て続けに失敗したり、パーティーの資金がカツカツだったり、ってことだよ」

「はぁ!?」


 恵美があからさまに怒る。


「それって一番先にダウンする私が悪いってこと!?」

「んなこと誰も言ってねぇだろ!!」

「落ち着けよお前ら…そんな言い合いしてたって何の足しにもならねぇぞ」

「海斗、…お前の言うとおりだな」


 一番重傷だった海斗が顔をしかめて言った。療養所の個室は声がよく響く。きっと外にも聞こえていることだろう。


「まずはなんでこんなことになったかの分析だよねえ」


 漣の言葉に、皆が眉をひそめた。


「そりゃ、お互いがお互いに足引っ張り合ってるからだろ…」

「ほんとうにそうだっけ?」

「あ?それ以外にあんのか?」

「思い出してみてよ」


 漣は淡々と告げた。この中でもっとも落ち着いて冷静に判断しているのは漣だ。それは皆理解していた。


「思い出すっつったって、何を」

「ちょっと前、彼はパーティーを抜けたでしょ」

「彼…あいつのことか」


 パーティーメンバーの全員にとっての認識は、少なくとも、「役立たず」だったと剛は思っている。防御壁を張るくらいしか能のない人間で、そのうえ攻撃するたびに金を食う。道具は値が張るのだ。


「うん。今の僕らって配信してる余裕もないだろ?」

「何が言いたい……!」

「だからさ、つまりは『彼』がこのパーティーになくてはならない存在だったってことだよ」


 飄々と言ってのけた漣に対し、他の三名は認めることができなかった。それはそうだ。

 仁は役立たずで、無能で、わざわざパーティーに「入れてやっている」ような存在だった。そのはずだ。

 そうでないと、困る。


「だって、いつもパーティーの財布を管理してたのは誰?後で生配信の動画を編集してアップロードしてたのは?買出しに行ってた人、許可申請を取ってた人。誰だと思う?」


 皆が沈黙していた。答えは分かっている。分かっているが、認めたくなかっただけだ。


 仁の働きについては、皆が知っているような、知らなかったような、曖昧なものだった。彼はよく働いた。間違いなくパーティーにとって都合のいい人間だった。


 ただ、三人とも、彼のことが気に食わなかった。それだけだ。

 それだけで、命綱を手離してしまった。


「まぁいいや。君らが分かっていようが分かっていなかろうが僕は今日きりでこのパーティーを抜けさせてもらうよ。あ、手切れ金はパーティーの資金からもう持ってってあるからね」

「はぁ!?何言ってんの!!?」

「だってもう未来がないんだもん。あと、このパーティーはあの人を使い潰して成り立ってたんだから、そう長くないことは分かってたし、そこそこ給料がもらえたらとんずらするつもりだったし」


 整然と言い放った漣には非難轟轟の声が浴びせられているが、本人はどこ吹く風だ。


「僕なんかに財布を握らせたのが運の尽きだったね。あー、彼ってすごいこのパーティーに都合のいい存在だったのに。手離すような愚行は僕だったら絶対にしなかったよ」

「じゃあテメェがあの時そう言えばよかっただろ!?」

「え、やだよ。だってあの人を庇ったところで君ら三人に責められるし僕の信用が目減りするだけだろ?それに最終的にはどうせパーティーを抜けてただろうし、潮時だってことだよ。まあ、そこそこ長い間ありがとう。うまいこと楽に働いて結構なお金が手に入ったよ」


 僕が抜けたら君ら三人で頑張ってね、と言い、唖然としている全員をよそに、彼はにっこりと笑い、言い放って、診療所を後にした。

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